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短編
剥離するモラル
 ヨコハマにあるヨコハマ署取調室には警察側の人間と項垂れるように机に突っ伏し時間を潰す少女がいた。
 室内がそんなことになっているとは露知らず、一人の長身の男性が速足で取調室へと向かい、叩くようなノックをした後扉を開ける。

「銃兎さんお疲れ様です」
「ああ、後は俺がやるから戻ってくれ」
「はい」

 銃兎と呼ばれる男の言葉を聞き入れ、入れ違いで部屋を出て行く同僚を見届けた後、変わらず机に突っ伏しうんともすんとも言わない少女を見下ろしし怪訝そうに顔を歪めたあとなんら違和感のない普通の声色で声を吐き出した。

「名前、出ますよ」
「……出ますよ。じゃないですよ。もっとこう、言うことあるでしょ!」

 男性の声を聞きいれた苗字名前はのそりと起き上がったかと、思えば今にも噛み付きそうな勢いで目の前の男、入間銃兎に悲痛の思いをぶつける。気色は無く疲労たっぷりの顔を滲ませているようだ。一方のぶつけられた方は聞いてないとでも言いたげに車のキーをポケットから取り出して殆どの話を右から左へと流していく。

「いいからさっさと荷物を纏めなさい。送ります」
「え、無視ぃ……? 私一時間半拘束されてたんですよ? 大学の講義かって話ですよ? まだ講義の方がマシですよ?」
「良かったですね。この前は三時間でしたっけ」
「良くない全然良くない……、なにこれ……」
「もう慣れてるでしょう。これで何回目だ」
「15回は超えましたねー……はぁ」

 はは。と乾いた笑いをしたのち、何かを諦めたようにため息を零す少女を一瞥する。ここで喚いても時間の無駄になるのと悟ったのか、はたまた一刻も早くこの空間から出たいのか、名前は自身の傍に置いてあったリュックを背負い、彼もまたそれを確認し取調室を後にする。ちらりと腕時計で時間を確認すると十七時を長針は示していた。

「お疲れ様です入間さん」
「……、」

 時折すれ違う人にややびくりとしながらも名前は微妙に歩幅を合わせてくれる入間に無言で付いていく。既に何十回と出入りしているから慣れれば良いものを……現にこちら側では彼女の事は噂になっている事だし。と口に出そうと思ったがすぐに余計な事だと思い喉へとその言葉を飲み込む。
 とは言え入間の方もこうして早いうちに退勤出来る故名前の存在はありがたいと思いつつ、全くの無関係であるただの目撃者を何度も何度も縛り付けるのは申し訳ないと思わない訳でも、ない。絶対に言わないけれど。

「ふわぁ……」
「……一応聞いておきますけど、本当に関与してませんよね」

 今までほぼ緊張しっぱなしで疲れていたのか、眠そうに欠伸をする姿を目に留めながら常套句のような質問を投げ掛けてみた。一方の方は聞くまでもないが、と声に込められた質問を耳に入れた瞬間目尻に溜まった涙を拭う手を止める。ぼんやりとしながらすぐさまその言葉を理解し困ったような何とも言えない表情で唇を開いた。

「してたら素直に白状してますよ。銃兎さんに黙秘権通じないですし」
「はっ、さすが死神の名は伊達じゃないって事か」
「死神?! 私死神って呼ばれてるんですか?!」
「なんだ、知らなかったのか」
「というか知りたくなかったんですけど」

 確かに出向く場所で八割方事件は起こるけどまだ死人は出してない……。死神って言い過ぎじゃない……? 一気に眉を潜め顎に手を添えぶつぶつと独り言を紡ぐ。死人は出ていないが行く先行く先で事件を起こすしあながち間違っていないだろう、と声に出してみればだけど死神は酷くないですか!? と帰ってくる。しかし、一体全体本当にどういう運のメカニズムをしているのだろうか。

「どちらにしろ、ここまで来るともはや因縁めいたものを感じるな」
「縁起でもない事言わないでくださいよ……。んん……私前世で業背負ってたの?」

 彼女が立ち入る場所では毎回毎回大なり小なり事件が起きる。そこに巡査部長である入間が出向いたり、取調室での尋問を行っていたのが、というよりも必ず事件が起きる度彼女を目にしていた。最初の数回は顔を合わせるたびに運が悪いやつだな、と軽い印象だったがさすがに5回を過ぎると通報目的や警察に対しての愉快犯なんじゃないかと疑われたのだ。
 結局彼女はただの目撃者でしかあらず数えきれないほど事情聴取をした結果運が悪い、事件を引き寄せる死神体質という理由でカタがつき「何かあったらすぐ連絡しろ」という理由で、なんとも不思議な関係が出来上がり今に至る。名刺を渡した時「こういうのって大丈夫なんですかね……」と恐る恐る聞いてきた彼女に当時はなんと返したのか、もうだいぶ前の事に感じる。
 
「乗れ」
「お邪魔します……」

 駐車場につき鍵を開け、入間は運転席、名前は慣れたように後部座席の扉を開けシートベルトをつける。

「はぁ……、あ?! やばい遅れるって連絡してない!」

 座席に身を沈めた瞬間、何かを思い出したのか名前は突然大きな声を出した。一方の入間は既に何らかの準備はしていたのか、キーを差し込みエンジンを付けハンドブレーキを操作しながらさも当然のように軽い声色で答える。

「ああ、それなら安心を。連絡は取ってあります」
「は? あれ、私訪問先言いましたっけ?」
「荷物検査時手帳を拝見しましてね」
「なにさらっととんでもない事してるんですか!? 個人情報保護法!」
「そんなもん俺に通じるわけねぇだろ」
「最低すぎる……」

 頭を抱え項垂れる名前をバックミラー越しに映し、入間はハンドルを握り車を走らせた。

「……」
「……」

 ここから彼女の目的の場所はそれほど遠くない、が信号が多いため少し時間は掛かるだろう。窓枠から流れるように変わりゆく外をぼうっと眺めていると、沈黙に多少なりとも退屈を感じたのか入間がハンドルを器用に回りながら声を発する。

「レポートの方はどうですか?進んでいます?」

 俗に言う大学三年生。普通ならば就活の事前準備で忙しい筈なのだが彼女の学科は今の時期実習に駆け回り本格的な物は来年かららしい。同時に卒業論文の講義も始まり今はそっちの方が忙しそうだ。研究内容はいわゆる「少年犯罪」というテーマなため少年院などに話を聞かせてもらうため出歩くことが多い。
 一方事件を引き寄せる体質なためにほぼ毎回ヨコハマ署を経由するが。入間に手助けをして貰っている名前としては有難い以外の言葉は無い。が、その気持ちとは裏腹に進捗のことはあんまり聞かれたくなかった。

「あー……はい。まあちょっとずつ進んでるっていう感じで」
「順調ではないと?」
「ぐ……」

 はっと鼻で嗤うように言い捨てれば座席シートがわずかに揺れた。考えるに頭をもたげたのだろう。肩に目を向ければ髪らしきものが見えた。会ったばかりの頃は殆ど目を合わせず俯き、車に乗せていた時も自分からは余計な事を話さずビクビクしていたのに、随分懐かれたものだ。

「私悪くない……四年ぶりに発売したシリーズのゲームが出たのが悪い……」
「私欲に負けたのか、バカか」
「あー! 仰る通りでございますー! ノルマ達成してないどうしましょう銃兎さん!」
「っ?! おい名前! 座席を揺らすんじゃねぇ! しょっぴかれてぇのか!」

 ぐわっと座席を引っ掴みガタガタ揺らしだす同乗者に入間は外にでも響くのでは無いかと疑わしくなる程の声量で怒鳴った。が、すぐに一通り叫んだあと満足したのか、ゆっくりと入間から離れるとそのまま座席のシートに身を沈める。

「……はー……、左馬刻さんに喝入れてもらおうかな」
「喝だけで済めばいいですけどね」
「ヤキ入れられそうですねやめとこ」
「貴女はクラゲですか。あっちにゆらゆらこっちにゆらゆらと」
「へへ……例え可愛いですね……」
「……はー、もう黙ってろ。こっちの知能が下がる」
「そんな人を動物みたいに……ああ、動物の方が賢いかな……」

 頭が痛くなるほど中身のない会話を繰り返しているうちに、名前が行くべき施設についたようだった。

「おら着いたぞ。さっさと行って情報盗んで来い」
「言い方……でも有難うございました、行ってきます!」

 車を急いで降りすぐに受付へと小走りで向かう。

「(しっかし年上で警察巡査長に訪問先の件をカバーしてもらい挙句その場所まで足に使うって……私大丈夫かな……)」

 著しくモラルというか、人として大切な部分が欠けて言っているような気がしてならないがそんな事を考えている時間はあまりないので急いで中へと入った。



「んー……、終わった」

 中に入って一時間ほど、予定していた時間よりも早かった。けれどそれでも時間は夕飯時、取調室の事やさっきまでの調査で身体は思っていたよりも疲弊しているのは間違いない。

「(電車の時間、調べないと……ご飯どっかで食べていこうかな)」

 さすがに廊下で携帯を出すのは不味いと思い速足で施設から出て少し離れた場所へ異動しようとしたら、誰もいないはずの背後から声が聞こえた。

「遅いぞさっさと乗れ」
「!?」

 聞き慣れ過ぎた声だったが完全に油断していたがために身体が大きく跳ねた。恐怖心を纏ったまま勢いで振り返れば、そこには壁に凭れかかり煙草をふかす一時間前も見た姿。
 本当に予想していなかった事態なので名前は声を漏らさずじい、と相手を見つめる事しか出来なかった。というわけにはいかず、頭が動かないまま首を傾げ間抜けな声で言葉を発した。

「え……なんでいるんですか?」
「理鶯と左馬刻に会う。ついでに飯も食わせてやるから来い」
「マジか。お腹すいたから喜んでついていきますけど」
「じゃあ行くぞ」
「あ、あの、ご飯作るのって……」
「……安心しろ、材料は左馬刻が買ったらしい」
「……そ、そうか、さすがに今日は食いきれる自信がなかったので……いや、まあ美味しいから良いんですけど」
「正直俺はなんやかんや受け入れるお前も信じられない」
「見なければ全然オッケーです」

 さすがに今日は彼の料理を食べる精神力は持ち合わせていない。まあ文字通りあまり視界に入れなければ全然美味しいから良いのだけれど、いや、今日は駄目だ。食材さえ良ければさらに良いものに仕上げてくれる理鶯の姿を思い浮かべ笑みを浮かべる。

「こっからどれくらいですかね」
「メーターぶっ放せば二十分もかからねぇだろ」
「……お手柔らかに」

 やっぱり少しずつ、モラルというか、一般人として大切な何かは削れていっているような気がする。

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