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- ナノ -
短編
デイドリーム・シネマ
※ヒプノシスマイクの個人解釈があります。

喧騒焦燥……、そんな厄介なモノばかりが身体から構成されちりちりと積もっていくのだ。

「……、頭いた……」

 後頭部を棒で強く押されているような、そんな痛みだ。早足でヨコハマの繁華街を縫うように歩いていくが、速めれば速めるだけ頭の痛みと心臓の鼓動が音を大きくする。
 まさかラップバトルに遭遇するなんて誰が考えたか、こんな夕日が地平線へと沈み始める時間帯に。
 痛みは増える。脳内を鷲掴みにされているようにぐわんぐわん揺れる頭とちかちかする目眩、胃からせり上がり喉を熱くする吐き気に耐えながら必死に一息つける場所を探すしかない。

「(まずい、……気持ち悪い頭痛い苦しい吐きそう……)」

 あの時のラップバトルだって咄嗟のことでリュックの奥底にしまったシャットイヤホンを取り出せなかった、すぐに逃げれば良かったのにまるで餌を見つけ出し群れあがる蟻のような野次馬に挟まれ動けなかっただけなのに。
 いつ何が起こるか分からないからすぐに取り出せる所に身につけて起きなさい。そう長身の、住む場所こそ遠いけれど頼りになるお医者さんに言われていたのが今更身に染みる。俄然続く体調の悪さに、そろそろ限界が訪れそうだ。

「(最悪そこらへんに座って、……あ)」

 どん、と強い衝撃で誰かにぶつかった。
やばい。

「わ、」

 突然の事で何も反応できず弱っていた私の身体は、足元が絡まり身体が傾いた。そのあとの事は視界が乱れてよく分からないが、投げ出された感覚だけは分かった。一回倒れたら起き上がれるかな。
 ぼやぼやと逆らえぬ衝動に身を任せば、今度はまた別の衝撃が身体に襲いかかったようだ。

「おい、大丈夫か?」
「へ、ぇ……?」

 とん、と優しい衝撃が出た。両肩を持たれ支えられたと思えばそのまま上に引っ張られるように姿勢を持ち直されたため、完全に力を抜いていたので思わず助けてくれた人の方に寄りかかってしまう。
 というか意外と力強いんだな、男の人かな、なんて思いながらもゆるゆると顔をあげた。

「す、みません。有難うございます」
「気ぃつけろよ」

 助けてくれた人を目に居れた瞬間、語尾が上擦った。いやそりゃあ上擦るだろ。

「(ひぇっ……こわっ……)」

 私よりも幾分背が高い(私自身が平均以下なので余計に)男の人、ぼんやりと橙色と繁華街のネオンの中で色を落とす銀髪、力強い赤目にアロハシャツ、ジャラジャラつけられたシルバーアクセサリー達……というか、絶対この人堅気じゃない。絶対的な確信は無いけどそう思った。
 あまりの出来事で体調の悪さが一瞬吹っ飛んだが、残念ながらそのまま消えてはくれなかったようだ。上手く思考回路が動かず脳内が揺れる感覚に冷や汗を垂らし呆然と顔を見つめていると、その男の人は不機嫌そうな顔をさらに歪め、こちらを覗き込んできた。

「あ? お前顔色悪りぃな、飯食ってんのか」
「あ、えっと……ちょっと体調悪いだけで」
「はぁ? ならこんな人混みなんかウロつくんじゃねぇよ」
「すみません……」

 まあ正論なんだけど。なんだけどさ、そこまで見ず知らずの他人に言われたくはない。元々ここだって学校の帰りちょっと息抜きで来ただけだし、そこで偶然ラップバトルに遭っただけだし。言いたいことは山ほどあれど、生憎舌は機能せずカラカラの喉からは掠れ気味に謝罪の言葉が出ただけ。
 目の前の人は怖いし、時間が経てば経つほどなぜか気分は悪くなる一方で未だ離れようとしない私とその顔色に何かを感じ取ったのかチッ、と舌を鳴らすと半ば担がれるように身体を持たれる。

「え」
「来い」
「え?!」

 咄嗟の事で全く分からないんだけれども、どうやら拉致されるようだ。まだ仕事場にいるであろう父さん、中王区にいる母さん、親孝行全く出来なくてごめんよ。
 覚悟を決め私はふらついた足取りのままヤクザについていった。任侠物の映画かよ。



「あ゛〜……生き返った……」
「おっさんみてぇな声出すんじゃねぇ」
「ほんと有難うございました。碧棺さん」

 ヨコハマ港に沈められることなんて全く無かった。ていうか私悪い事してないしな、あの場でぶちまけていたら真っ先に殺されてただろうけど。
 連れてこられた先は喫茶店、涼やかな室内と運ばれてきたお水を飲んだ事でだいぶ楽になった、座れた事もあるだろう。

「ほんとに食わなくていいのか、また倒れたらタダじゃおかねぇぞ」
「倒れません倒れません! 別にお腹空いてた訳じゃないですから!」

 碧棺左馬刻。それが彼の名前らしい、これっきりだろうから名前しか聞いていない。というか来た早々彼はダルそうに煙草吸いだすし救ってくれたのは有り難いけどどうしたら良いの。
 上手い言葉が紡げない、もう一度コップに入った水を口の中に含み、私は体調不良の原因を話してみる事にした。他人のこういった事情に興味が無さそうなら早々に切り上げよう。

「その、ラップバトルに遭遇してしまって……。終わる前に逃げ切ったんですけど」
「あぁ? んでそれで気分悪くなんだよ」
「えーと、あのですね、ヒプノシスマイクの精神干渉が必ず効く体質みたいで……」
「……は?」

 ああ呆気に取られた声だ。これは掴み良いかも知れない。必死に相手に分かり易いよう、頭の中で言葉を並べながら言葉を吐く。

「ヒプノシスマイクは認識した相手にのみ精神干渉を起こす。ってのが普通なんですが私にはそれが効かなくて、所有者の認識を無視してリリックを耳にすると必ず気分が悪くなるんです。ああ上手く説明できない」
「…………」
「だからいつラップバトルと出会っても良いようラップのリリックのみをシャットアウト出来るイヤホンを持っているんですけどそれをすぐに使えなくて……、あ、あはは、バカですよねー」

 対象のみにしか発生しないと豪語されているヒプノシスマイク の特徴は、相手も認識してない私に対して否応無くマイクの特徴の壁を突き抜け精神に干渉してくる。男性ほど衝撃は大きくないが、風邪と似たような頭痛目眩吐き気が来るから苦痛でしょうがないのだ。
 H歴? 武器製造禁止? についても勉強はしたけど、正直あんまり興味無かったから全く覚えてない。

「あはは、まあそんなわけで、休んだらだいぶ楽になったので私はこれで」
「待てや」
「ハイ」

 さっきからずっと黙っていた碧棺さん。手に持っていた煙草はちりちりと燃えていき灰が落ちそうなのを見計らって彼は煙草を灰皿に押し付けた。
 ぺらぺら喋り過ぎたかも知れない、下手に自分の弱点を晒してしまった事をやや後悔する。タイミングを見計らって会計をしてしまおうとしたけど、それは彼の声によって塞がれてしまった。
 静かだけどドスの利いた声に思わず背筋を伸ばしていると、彼はまた煙草を一本取り出し口いっぱいに煙を含み吐き出した。

「その体質っつーのはマイク全般に通じるのか?」
「え? あ、あぁ……どうでしょう。寂ら、お医者さんのマイクもダメだったので多分そうかと」
「違法マイク、プロトタイプ、まだまだヒプノシスマイクつったって種類はあんだろ。どうなんだよ」
「……」

 そうか、全然意識していなかった。ヒプノシスマイクと言えどマイク自体の性能が違う。とはいえ私は所有者じゃないからよく分からないけど。……違法マイクもプロトタイプと呼ばれるものも見たことが無いし実際にそれでリリックを聞いたことが無いからよく分からない。
 返す言葉が見つからず黙っていると、彼は何かを考えているのか私を暫く見つめた後再び紫煙を纏わりつかせおもむろに口を開く。

「知り合いにプロトタイプのマイクを持ってるやつがいる。会わせてやるよ」
「は?! な、なんで?」
「てめぇの体質に興味を持つであろう奴に心当たりがあんのと、単純に興味がわいた」
「はー……?」

 ここで以前読んだ漫画の「お前面白い奴だな」が真っ先に浮かんだ。というか興味という言葉で片付けられても困るんですけど。この前は警官と顔見知りになったと思ったら、今度はヤクザ(職業聞いてないから完全に先入観なのだけど)か……。

「……でも、今までこの体質を向き合おうと思ってなかったけど、色々試せば楽になりますかね」
「んなもんはお医者サンにでも相談しやがれ。こっちはただの気紛れだ」
「えぇ……」
「どうするかは勝手だ。おら、気が向いたらここに連絡しろ」
「あ、ど、どうも」

 色々勝手が過ぎるしこちらは処理に追い付けない、けど何だかこの人とは付き合いが長くなりそうな気がしてならないので私は名刺を受け取る。……名前凄いな。

「と、時間か。おい歩けんのか」
「大丈夫です!」
「じゃあ暗くなる前にさっさと帰れ。人待ってっから見送りはできねぇ」
「ああいえ大丈夫です。すみません、色々有難うございました」

 席を立ち一礼をすると、すっと片手をあげられた。それを相槌を解釈し、私は店を後にした。

「……長居しすぎた」

 既に陽は沈み始めているし通りがかる人もサラリーマンや見た目が派手な女の人ばかりだ。私は貰った名刺を握りしめたまま、帰るため駅へと向かう。
 本当に映画のような展開と、徐々に増えていく人脈に驚きが隠せない。

「(……連絡、どうしよう)」

 今日出会った碧棺左馬刻。そしてこの前出会った警察官の入間銃兎。……最後のメンバー、毒島メイソン理鶯と出会い、彼らがヨコハマ・ディビジョンの"MAD TRIGGER CREW"と知るのはもうすぐそこだ。

タイトル:星食様

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