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短編
日るあとの団師七第
 カンッ、コロロ。
何かが落ち、転がったような音が、人がほとんど出払った室内から小さく響いた音に鯉登は思わず足を止めた。

「……なんじゃ?」

 音の正体を確かめるべく暫く辺りを見回していると、窓から反射した光によって一瞬弾けたように足元が光るのを見逃さなかった。
 立ったまま視線を足元に向けると、軍靴へ吸い付くようにエー玉らしきものが転がっている。

「誰かの落し物か」

 それ以外考えられないだろう。踏まないように注意を払い足元に転がるエー玉を指先で拾い上げ、窓の光へ翳しじぃっと見つめた。
 日差しに当てられ、眩い光を反射するガラスで出来た球体を暫く見つめ、時折指先で転がしてみる、なにやら模様もついているがそれがなんなのかはよく分からない。エー玉なんてこの目に映したのは何年振りだろうか、幼い頃のおぼろげな記憶を思い返しつつそれを再び見つめる。

「懐かしいが、誰の持ち物……、ん?」

 一瞬、ぞくりと背中が冷えたような気が。転がしている時に見えた、瞳孔のようなものに動きを止める。
 いやいやいや、確かにエー玉にしては不自然に白いとは思っていたが、まさか、そんな。心当たりがありすぎる人物が頭の中に浮かび上がり必死で消すように頭をふる。
 嫌な予感しかしないので見ないようにここら辺に置いておこう。動悸かと疑うほど速くなる心臓の音を無視し、鯉登は何事も無かったかのように、窓枠に置こうと振り返ると、

「あ、鯉登少尉」
「キェエエエエエエエエエ!」
「!」

 高らかな声と、目玉がない人間の顔。気配すら出さずに出てきた人間に鯉登は耳がつんざくような猿叫を響かせ大きく後ろへ飛んだ。
 一方彼に声を掛けた人間は、目の前で行われる謎の奇行に訝しげどころか怪訝そうな顔で一歩後ろへ引くだけである。

「えぇ……」
「なっ、き、貴様! いきなり声を掛けるな! あああ左目を隠せ! 目はっ、眼帯はどうした!」
「えっと、洗おうと思って暇つぶしに転がしてたら落としたみたいで」
「暇つぶしに転がしてたらとはなんだ?! 貴様それでも第七師団の人間か苗字!」
「鯉登さんにだけは言われたくないんですけど」

 第七師団の軍医少尉、苗字名前。鯉登達に比べると入団した日数は浅いがれっきりとした軍人だ。詳しい経緯は分からないが、戦闘で傷付き再起不能になった目を自らの手で抉り出した事で鶴見中尉に気に入られそのまま入団という経歴を持つ。それ以外にも、今はいないあの尾形とほぼ互角の狙撃の腕を持つらしいが。
 鉄面皮で淡々とした喋り方、今のような決して理解できぬ奇行、その他多分鯉登にとっては目の余るであろう行為諸々……、いかんせん掴み所がない故対応にも困るところがある。

「それで見つかったのか」
「……多分鯉登さんが持ってるのが、」

 うるさいくらい鳴り響く心臓を落ち着かせながらも冷静を装って問い掛ければ、未だ目玉をハメていない苗字は無表情で鯉登の手に収められているエー玉のようなものを指す。

「dtdwpwmgbpj!」
「あ」

 言うや否や今度はいっとう人語とは思えない言葉を吐き出し目の前のエー玉が投げ出された。あまり落としすぎるとヒビが入ってしまうではないだろうか、なんて他人じみた考えを持ちながらも転がっていくエー玉を追い掛けようと足を踏み出せば、見慣れた人物が現れた。

「?」
「つ、月島ァ!」
「こんにちは月島さん。……はて、皆さん出払ってると思っていたんですが……」
「少尉、廊下で騒がないでください。苗字軍医こんにちは。それと、これを」

 自分の足元に転がったものを拾い上げ、それがなんなのかを確認した鯉登のお目付け役でもあり軍曹でもある月島は律儀に苗字の挨拶を返したあと義眼を渡した。
 一方の鯉登はこの状況が俄然整理できないのか面白いくらい後ろへ引きただただ紛糾する。

「すみませんありがとうございます。危うく鯉登さんに壊される所でした」
「おい月島なに平然と触って、苗字! どういう意味だだいたいお前が廊下で外さなければ!」

 ぐだぐだ喚くのを心底めんどくさいと言わんばかりの表情で聞き流していると再び月島が口を開いた。

「鯉登少尉落ち着いてください。慣れれば平気ですよ」
「そうですよ結構落としてますし慣れてくださいよ」
「なぜ私が悪い方向になっているんだ?! 貴様の管理能力が●☆♪〜」
「(分からん)」

 我を失ったのか自分の出自の方言である薩摩弁になった瞬間苗字はもはや聞く意味なしとでも言いたげに月島の方を向いて再び一礼をする。自身の出身地は方言らしい方言と言うものが無いから余計だろう。

「月島軍曹ありがとうございました。何かあったら……いえ、あまり医務室では会いたくないので、別のところでお会いしましょう」
「はい。失礼します」
「なっ、まて私を置いていくな! 月島、おい話はまだ終わってないぞ苗字!」

 何事も無かったかのように、義眼を掌に包み華麗に踵を返し歩き出した苗字は彼の言葉により気だるそうに振り返った。

「なんですか」
「キェエエ義眼をはめろおおお!!」
「(めんどくさい)」

 月島は、ただただ心の中でそう呟いた。

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