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- ナノ -
短編
まだ春の鼓動を知らない
「……、くそ、やっぱり大きくすると反動はデケェな」

 仮免試験な終わり、傑物の生徒たちも課す試験ができた。
その一つの個性訓練という事で少しだけ危険な土地での合宿を行ったのだ。一人一人の個性に応じて作られた訓練施設での練習。多少なりとも危険な目に遭ったけれども最終日までつつがなく過ごすことは出来たはず。
 真堂が行っている場所は、標高数千メートルでの人工的に作られた崖っぷちの特訓だ。一応崖以外にもだだっ広い土砂で形成された場所もあったが、そこでは物足りなくなっていた。

「だけど、この場所なら遺憾無く個性を発揮できる。なんとか反動を抑える訓練をモノにしないと、な!」

 真堂が地面に手を置き、自らの個性を発動した瞬間だった、

「!?」

 触れた所で振動を起こし地面が割れた。が、その振動が自身の居た所にまで地響きが起き足元の地面が割れ始めたのだ。

「、やべ……!」

 急いで崩れていない場所へ向かうべく膝に力を入れるが、その刹那個性の反動が脳みそをダイレクトに襲い動くことが出来なかった。

「くそ!」

 ふわりと身体が浮く。命綱を繋いでいた所も余震で崩れ、真堂は土砂と共にそのまま宙へ投げ出される。
 先生すら居ない状況で、絶望的状況でサッと顔色が変わった。高さも相まって、このまま落下し地面に叩きつけられたら大怪我どころではすまさないだろう。様々な思考が駆け巡っていく中で、大きな騒音の中に聞き慣れたあの声が耳に入り込んだ。

「し、んどうくん!」
「!」

 金切り声に近い悲鳴にも似た声。土砂崩れで大きな音の中から自分を呼ぶ声に気付いた瞬間、時間が止まったかのようにぴたりと身体が宙に留まった。同時に周りを囲って居た土砂や岩石も動きを止めたようだ。

「は、……?」

 無重力空間を漂っているような感覚の中、こんがらがっていた頭はようやく落ち着き、自由に動かせるか確認した後にゆっくりと体を捻り声の聞こえた方を向いた。脳の揺れが落ち着いて、はっきりとモノを捉えるようになった視界に映ったのは、

「苗字……?」
「っ、大丈夫!?」

 崖っぷちから今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうなほど身を乗り出したクラスメイトがいた。
 視界に映るクラスメイトの顔は、青白く声色も震えていたように聞こえる。なぜ? いつの間に? 疑問符だけが頭の中をぐるぐると巡る中でも真堂が一番に吐き出した言葉はそれ以外だった。

「は、おま、……「物」と「人」同時に使えたのか…?」

 苗字名前の個性は、視界に捕らえた任意の「物」「者」を操ることが出来るものだ。だが、「物」と「人」を今の段階では同時に操作する事は出来なかったはずだ。だが今はそれが発動していた。それがなぜ急に使えるようになったのだろうか。

「い、いま……、引き上げる、から」

 彼女の個性は、使い過ぎると眼精疲労の影響で頭痛が起き同時に視力が落ちていくものだと以前聞いた。
 既に人と物体二つを操作している為か、負担がかなり大きく頭が割れるような痛みが彼女を襲いだす。だけど苗字はそんな事お構いなしに、真堂と瓦礫の二つを捕らえた瞳孔を動かし上へ引き上げていく。動かす度に、頭に鈍い痛みが襲いかかる。

「っ、ぃ……」
「苗字! もういい、このまま壁に手をやって登っていくから個性を止めろ!」

 真堂と苗字の距離はまだだいぶあった。彼女の身体に襲い掛かる負担を感じ取り真堂は慌てて苗字に呼び掛けるが彼女は個性を止める気配は見られなかった。いつもなら大声を出すだけで、気弱な彼女は怯むはずなのに、この時だけは聞き荒れようとしない。

「苗字! 言うことを聞け!」
「や、だ!」

 頭が、割れる。後ろから煉瓦で殴られているような、何度も何度も殴られているような。あまりの痛さと乾くような目の痛みに涙が溢れ、声が震える。苗字は痛みを逃すように凸凹の地面に爪を立てる。

「う、ぁ……ぐ」
「な、んで……お前……」

 顔を歪ませ、脂汗をかきながら自分を救う彼女が理解出来なかった。なぜ? 普段の彼女は、おっとりというよりもかなりの消極的で真堂の素の態度にビクつくほど気弱だ。逆に真堂の場合は、嫌われていないとは分かっているので敢えて話し掛けその反応を示している節もあるようだが。
 否、様々な思考がぐるぐると回る中、最後の力を振り絞ったのか、真堂を誰かと重ねたのか。

「やだ、真堂くんいなくなっちゃ嫌だよ!」
「!?」

 悲痛な心の叫びなのか、乾いた目を潤すかのごとく溢れた涙が上から降り、真堂の輪郭を伝って言った。そこで力が入ったのか苗字は瞳孔を思い切り見開くとぐん、と真堂の身体が先ほどとは比べようもない速さで浮き上がる。苗字の顔は今まで見たことが無い程気迫に迫っていた。

「絶対助ける! 今度こそ!」
「う、お、」

 瞳孔が下から上へ。その瞳孔に捕らえられていた真堂の身体は上へ上へと瓦礫を掻い潜って上がっていく。一方彼が通った後の瓦礫達は、今まで繋げられていた糸が切れたようにガラガラと音を立てて地面へと吸い込まれていった。

「真堂くん! 捕まって!」

 切羽詰まった、それでいて悲痛な色を孕んだ声。上へあがる真堂に向かって苗字が手を伸ばした。
 正直こんな状態でうまく掴めるのか、掴めたとしても引っ張る上げる事は出来るのか。余計な事がぐるぐると脳内に回る。

「苗字っ!」

 伸ばされたか細い手を掴むため、真堂も思い切り手を伸ばす。彼女の限界が近いのかまた動きが鈍くなり一瞬身体が落下しそうになったが、何とか持ち堪え、宙を彷徨ったが迷わずに、しっかりとその手を取る。普段とは考えられないほど、小さくとも力強い力を感じた。

「っえい!」

 瞬間個性の発動は切れた。がらがらと音を立てて落ちゆく瓦礫。苗字はぐん! と自らの腕を引き、真堂を引っ張りあげた。
 反動で大きく浮いた真堂だったが、しっかりと繋がれた手のおかげで後ろへ飛ばされることはなかった。が、幸か不幸かそのまま彼女の身体に身を落としてしまったのだ。

「って!?」
「ひぐっ!?」

 潰された苗字は苦しそうな声を出す。張り詰めていた緊張の糸が切れた二人は息を整え、大きく息を吐いた。だが下敷きになったのが心配になったのか何とか力を出して真堂は身体を持ち上げ苗字の顔を覗き込んだ。

「苗字!」
「う、……」
「おま、目が…」

 鼻先と鼻先が触れそうな程の距離。真堂の投げ掛けた言葉を聞いた苗字は瞼を震わせながら瞳を開けた。その時見た彼女の瞳は、目の周りが赤く充血し瞳孔が真っ白になっていた。目が見えていないのか瞳孔の動きがおかしい、さっと真堂の脳内に嫌な気配が駆け巡る。

「おい、苗字大丈夫か!? 俺のこと見えてるか!?」
「し、んどうくん、無事?」
「俺のことはいいから! 見えてるのか答えろ!」
「いっ、……、あ、良かった……」
「は?」

 目以外にも。頭が痛いのか小さく喘ぐ彼女。最悪な事態しかないのに俄然自分のことしか話さない彼女に苛立ちを覚えながらまた言葉を吠えようとすれば、くしゃりと後ろ髪を撫でられその存在を目で確認した後、ふにゃりと力の無い表情になる。

「良かったぁ……! 真堂くん、ちゃんとここにいる……」
「っ……!」

 頭を撫で、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた苗字の笑顔に心臓がドクンと音を立てた。このまま嬉し泣きでもしそうな顔、長年会えなかった恋人に会えたような笑顔。見たことがない顔に、身体が熱くなり戸惑いを覚える。

「苗字、」

 安堵した苗字は撫で付けていた真堂の髪から手を離し、ぱたりと床に落とした。

「ね、むい……」
「は……?」

ほぼ呂律が回らないながらも自身の状態を発した後、ゆっくりと瞼を下ろし、意識を手放す。
 なんだそりゃ、と力が抜けそうになったが静かに目を瞑った彼女が心配になるようだ。

「……呼吸は、してるな」

 顔を近づけ、呼吸を確認した。小さくとも聞こえる呼吸の音に安堵を覚えた瞬間に、自身にも今までの疲れが一気に襲ってきた。

「……んだよ……」

 ぱたりと彼女の顔の横に顔を擡げる。正直起き上がる気力がなく、潰してしまう形になるが助けてくれた張本人は特に苦しそうにもしてないから甘えてしまおう。
 ぼんやりと、未だ繋がれた手に力を込めてみる。先ほどとは違って、力強さを感じない、簡単に壊せてしまいそうな小さな手。この手に、身体に、何を背負っているのだろうか。

「(……今度こそ、か)」

 彼女は真堂を誰と重ねていたのだろう。そんなもの、真堂にとっては関係ない事のはなのにやけにか胸の奥に何かが突っかかる。なにを思って、あんな笑顔を見せたんだ。…その笑顔に込められた意味はなんなんだ?
 顔色が悪いのに安堵を見せた顔。伏せられた瞼を縁取るまつ毛の生え際まで見える距離。改めて顔を思い浮かべると、こんなにも可愛かったっけ。隙間なく密着している身体、心臓が、うるさい。

「あー……もう」

 苗字はただの友達。真堂は誰に聞かれているわけでもないのに必死に心の中で自分に言い聞かせる。暫しの安寧の時間が流れた時、一気に疲労が降りてきて急激な眠気に襲われた。

「……」

 あの時向けられた笑顔が脳裏に離れないまま、真堂はゆっくりと意識を彼女の上で手放した。

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夢主の個性名は「視界操作」です。
題名:星食様

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