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- ナノ -
短編
お客さんから旦那様、店員から奥様へ
 カジノで全部スッた。いけると思っていたんだ、あそこでやめておけばよかった。……など後悔しかねぇが、いや、今更悔やんだって仕方ねぇか。それにしてもすっからんになっちまったな。ふらふらとした足取りで景品交換場で項垂れる。

「……百田くん? どした?」

 突如、後ろから声を掛けられた。なんとか力を振り絞って声の方を向けば、コインが大量に入ったケースを二つ持っている苗字がいた。

「よ、よお苗字。テメーも来てたんだな」
「うん。ちょっとだけやりに……百田くんも?」
「ま、まあな……」

 持っていたコイン全部スったとは言えなかった。なぜだか分からない、だが苗字にそんなみっともない姿見せたくねぇ自分がいるのは確かだ。

「……」

 オレの不自然な動きに気付いたのか分からねぇが、苗字はコインを近くに置くと少しだけ首を傾げたかと思ったらそのまま、コインが入っていたケースを一つ差し出した。

「は、」
「コインこんなにいらないんだ……。実は今日カジノに来たのもコインお裾分けしたのもあって……良かったら貰ってくれないかな」
「けど、それは苗字が稼いだ奴だろさすがに貰うわけには」
「うーん……。まあ、でもこのくらいならすぐ溜まるし」
「なんだと……!?」

 特に困る様子も見せずに言う苗字。絶対にスったのバレてるな。……たくオレもまだまだだな、反省しねーと。まあ、貰って困ることもないし寧ろありがたい、そのまま差し出されたコインを受け取る。

「ありがとうな! 苗字」
「大切に使ってあげてね」
「おう、じゃあな!」

 小さく手を振った苗字を見送って、とりあえずコインのケースを見る。……ざっと見ただけで万単位あるんじゃねーか? あいつも星と同じギャンブラーの素質が……? いや、いまはそんなことどうだっていいか、それより。

「どーすっかなぁ」

 貰ってばっかりじゃ悪いし、なにか礼でも渡すか。モノマシーンでは何が出るか分かんねーし、あんまこういう所で見繕うのは失礼だと思うが仕方ない、交換所にある景品を物色して良さそうなのを選ぶことにした。

「……」

 ピアスをしているしシルバーピアスでも良いかなと思ったが、一万コインの景品に「愛の鍵」と呼ばれる鍵があった。……なんか良く分かんねーけど女子はこういうの好きそうだしこれでいいか。本当は自分で稼ぎてーが無理だろうし。

「うーし、帰るか」

 もう夜も遅い。明日会った時に渡せばいいだろう、眠気が急にやってきたのかそのまま欠伸をしながらオレは寄宿舎に戻り眠りについた。
 はずだった。

「おお勇者よ! 眠ってしまうとは情けない!」

 いきなり耳元で叫ばれて、意識が覚醒した。聞いたことがある声に驚きつつも飛び起きると、そこにはモノクマが立っていた。

「!? モノクマ! テメェなにしにきやがった!」
「そんな怖い顔しないでよー! “愛の鍵”手に入れといて寝ちゃうそっちが悪いんでしょー!」
「は? “愛の鍵”?」
「君がカジノで手に入れたやつ! あれは“愛”と“性”という煩悩を抱える高校生諸君らを少しでもすっきりさせるために用意したやつなんだよ!」

 言っている意味が分からないが、オレが苗字にあげようと思った鍵のことを言っているらしい。
 話を聞くに、カジノ横にあるラブアパートという建物に使う鍵らしく、そこでは相手の理想のシチュエーションと言うのが繰り広げられ、それを止めたりすれば相手は夢から覚めて苦しい思いをするとか……。

「何となく分かったが、……本当にそんなことがあんのか?」
「まあぶっちゃけ行ってみるのが手っ取り早いよね。うぷぷ、リセマラ必須案件の人も出るくらいだけど、今回は特別にこっちから配慮しておいたから!」
「はあ?」

 だめだ、やっぱりこまけぇことが全然理解できねぇ。しかもリセマラってなんだ。……まあ、でも物は試しに行ってみるか、そしたら分かることだし。

「ではでは、愛のひとときをお過ごしあれー! クマのボクもびっくりなハチミツ以上に甘い時間をねー!」

 半ば引きずりだされる形でオレはそのラブアパートとやらに足を運んだ。幸いここでの記憶は消えるらしいが、……いや、記憶は消えるとか普通に考えてかなりやばいんじゃねえの。



 足を踏み入れた部屋の中はお世辞でも絶対いえねぇであろう作りだった。なんだこのピンクの照明は、オレ部屋に溶け込んじまうだろ。でっけぇベッドの周りをまわっている木馬、その他諸々……不健全の塊じゃねえか。
 もう一歩部屋に足を踏み入れて中を物色していると、後ろから誰かに突撃されたかのような衝撃が訪れた。

「うおっ」

 あー、もしかして付き合わないといけねぇ相手か。確か止めたらいけねぇんだよな、それを再度頭に置いて、後ろを振り返ろうとしたら、それよりも先に相手がオレの前に回り込んだ。

「お帰りなさい。先に帰ってたんだね」
「……え?」

 目の前に現れたのは、苗字だった。あまり表情変化がないが今だけは嬉しさを抑えきれてないようなそんな笑顔で立っている。な、なんだ。苗字いつもと違うというか……。というかお帰りなさいって言ってたよな……? 一体オレたちはどういう関係なんだ?

「お、おう。ただいま」
「うん。……なんだか、まだ慣れないからか照れるね」
「そ、そうだな」

 くっつきはしないが、オレの袖を握って見上げる苗字に少したじろぐ。……これ、本当に苗字なんだよな? 実はモノクマだった、とかだったら怒るぞ。

「でも、やっぱり二人でいるのが凄く落ち着く」
「!」

 照れくさそうに笑う苗字につられて顔が赤くなる。普段とは全然違う姿に戸惑いしかないが、……可愛いな。言葉の節々から取るに多分恋人同士なのだろう、恋人にしか見せない顔を、オレに向けているというのは悪い気がしない。
 だが見つめられるとなにも言えなくなっちまう、話を別の方に持っていくか。

「あ、あのよぉ苗字……」
「……」

 オレが苗字の名前を呼んだ途端、苗字は驚いたようにこちらを見る。オレ、もしかしてまずいこと言ったか?

「どしたの? 百田くん」
「え?」
「付き合う前じゃあるまいし……」
「あ、あぁ……、そうか、悪いな。えっと…」
「名前、でいいんだよ? 私たち夫婦でしょ」
「!?」

 ふ、夫婦!? 恋人すらすっ飛ばして夫婦なのか!? ……は? いや、でもさっき苗字オレのこと百田くんって呼んでたよな? どういうことだ。あまり不自然にならないそうに、さりげなくオレは疑問に思っていることを口にする。

「なあ、オレのこと百田くんって呼んでるよな」
「うん」
「あー……確かオレって婿入りしたんだっけ……?」
「百田くん体調でも悪いの……? 君が苗字解斗になったんじゃなくて、私が百田名前になったんだよ?」
「ああ……?」

 だ、だめだなおさら分からなくなってきた……。どういうことだ。オレたちは夫婦で、オレが婿入りした訳でもなく苗字が嫁にきて、苗字が百田のはずなのに、なぜかオレのことを百田くんと呼んでいるんだよな。どう考えても答えが浮かばない、そんなオレに気付いたのか苗字は申し訳なさそうに俯くと、そのままオレの胸元に頭を擡げる。

「っ、おい」
「ご、ごめんね……やっぱりまだ解斗、って呼ぶの慣れなくて……。ゆっくりでいいって言ってくれたから、……その……」

 オレのバカ野郎。確かにもしそんな事態になってもオレは気にしないだろう、寧ろやりたいようにやらせてやりたい、そんな事すら考えつかなかったとは、なさけねぇ!

「いや気にすんなよ! そんなもん宇宙に轟くオレにとっちゃどうってことないぜ!」
「……ありがと、やっぱり優しいね。……そういえばお店に来てくれていた時期も、いつも声かけてくれたよね」
「店、」
「お客さんの一人で、そのうち常連さんになって……気が付けば今隣にいるの、不思議」
「……」

 苗字の理想のシチュエーションは、店に来ていた常連客と結婚したての新婚、ということか? つまり、オレは苗字の店に通い続けていた常連客、それが夢の中のオレなのか……この事実を受け入れると、自分が思い描く夢とはかけ離れているけれどもこれはこれで一つの現実としてありなのではないだろうかと思う自分がいる。

「あのね、……百田くんの為だけに作ったコーヒーを提供した日、「もう他のコーヒーが飲めなくなりそうだ」って言ってくれたのすっごく嬉しかったんだよ……」
「はは、まあ実際それ以外の奴は味気なくなったもんな」
「……ふふ、それも最初の方言ってたね。……と、話逸れちゃった。疲れてるよね? ご飯前に先に休む?」

 気が付いたように慌ててオレの顔を覗き込んだ苗字を見て、なんとなくその動作が愛おしくなって頭に手を置く。

「いや、せっかくだから苗字とゆっくりしてーな」
「もー、百田くんってば。名前、でしょ」
「あ、悪い……。えっと……あー……名前」

 名前呼びはしている奴がいるのに、どうしても苗字の名前呼びだけは照れくさいと言うか、言い慣れない。
 これが新婚特有の空気と言うのだろうか、気にはしないようにしていたが、嫌でも目に付くベッドとかが気になって仕方ねぇけど。

「……百田くん」
「っ!?」

 急に苗字が真面目な顔になったかと思ったら、そのままオレに抱き着いてきた。先ほどよりも飛び掛かるといった表現が正しいかもしれねぇ、勢いで身体が傾いて、倒れこむ、と思った時にはうまい具合に身体を捩じらせてベッドに倒れこんだ。

「苗字……?」
「ごめん、勢いつけすぎた」

 眉を下げて、身体を起こした苗字は申し訳なさそうに言った。……つうか、まずくねぇか、倒れた拍子で苗字はオレを下敷きにするように乗っかっていて、オレはオレで身体を支えるためにこいつの身体を精一杯抱き留めているわけで。

「百田くん……? 顔赤いよ」
「な、なんでもねぇ。えっと……すぐ離れるから」

 持ち上げて身体を離そうと思ったら、苗字はそれをさせまいとオレの首の後ろに腕を回して、そのまま身体を密着させる。ハグくらい受け入れられるはずなのに、なぜだか今はかなりまずいことをしているようにしか感じられず、手が震える。

「……いや」
「え、お、おい」
「本当は困らせちゃうだろうと思って言わなかったけど、……お仕事でいない間、寂しかった。……だから、今は少しでも一緒にいたい」
「苗字……」
「百田くん……今日は、恋人前プレイなのかな?」
「は!? ……あ! 悪い、……、名前!」
「……ふふ、じょーだん」

 苗字はオレの胸の上に顔を擡げさせると、そのまま微笑んだ。さっきの発言といい、これ本当に苗字なのか? それか、本当に好きな相手にはこういった反応を見せるのだろうか。……知ってはいけないことを知ってしまったような、そんな微妙な気分だぜ。

「……百田くん」
「!」

肩を推して離そうとしたが、その前に青と灰が混じった瞳がぶつかり、何かを言いたげにしている。どうしたんだ、と思いながら頭に手をやって軽く撫でれば決心をしたのか、口を開く。

「あ、あのね……」
「……ん、どうした?」
「あ、赤ちゃん……欲しい。……かい、とくんとの」
「……」

 これは夢だって言ってたよな。なら問題ないよな、ああ、記憶はなくなるって言ってたし。

「名前」
「ん、」

 ……ごめん、苗字。無性に申し訳なくなりながらも本能に抗えるわけがない。……夢ならこのまま覚めないでくれねぇかな、なんて一抹の期待を抱きながらゆっくりと顔を近付けた。

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