×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
短編
遅すぎた初恋の行方
 螢光町から離れた場所にこの町は自分が住んでいる場所とは空気が全く違う。真っ黒な絵の具で塗りたくられた空には宝箱を散りばめたようにちりぢりに輝く幾銭もの星空が広がっていた。
 その光に圧巻され暫く上を向いていたカネダは、一息ついて隣を歩く少女を前髪で隠されていない方の目で一瞥をする。無言だった、だからこそ何か言葉でも掛けようと思ったけれども陰気で内向的な自分から発する言葉など何一つ見つからず、閉じられた口は言霊すら含まずにきゅっと結ばれる。それを察してかなんなのか、目線を前に向けようとしたカネダだったが、隣に居た少女はゆっくりとこちらを向きだして暫くの間目があった。

「(あ……)」
「……?」

 夜のため薄暗いベールに包まれた顔からは表情が読み取れない。星空の光でうっすらと見えるその瞳に魅入られそうになり、カネダは慌てて視線をそらすがそれよりも前に、少女が数度首を傾けて口を開いた。

「りく?」
「な、なんでもないよ。どうしたの?」
「ご飯ご馳走様、あと、送ってくれてありがとうね」
「あ、ああ……そんなことか。気にしないでよ」

 名前は幼なじみであるカネダの家に用があったので昼ごろから螢光町に遊びに来ていたのだ。用件は案外長く長引き終わったのは暮色が染まり始めていた頃だった、帰ろうと思っていた矢先にカネダの両親からご飯に誘われたのだ、夕ご飯も食べ終わり帰ろうとしたとき、螢光町を女の子一人で歩かせるのは危ないという理由で名前と同い年であるカネダに送ることを命じた。カネダ自身も危ないと思っていたのかそれを二つ返事で了承し今は彼女の家に送り届けている最中。
 ライチ作りで心身ともに疲弊しきっていた時にやってきた名前との会話は凄く癒された。お互い通っている学校も、町も違うため滅多に会えない故、足取りも心成しかゆっくりと遅くなっていることは、お互い気付いているのだろうか。

「ねえねえ、博と克也は? 元気?」
「うん、元気だよ。また四人で遊びたいね」
「懐かしいなぁ、とは言ってもあんまりみんなで会えること自体少なかったけど、遊べる日は一日中遊んだなぁ」
「名前、駆けっこ早かったよね」
「りくが遅いだけじゃない?」
「うっ……」
「冗談よ! ふふっ」

 タミヤとダフ、カネダと名前は昔一緒の町に住んでいた。それこそ赤ちゃんの頃からの付き合いでずっと一緒だった、けれどもそれも数年の間全員が就学前に名前が隣町に引っ越してしまい学校も違っていたため会える時間帯が殆ど無くなってしまったのだ。とは言っても名前はわんぱくなため自分の足で螢光町まで赴き彼らと遊んでいた日々も多かった。中学へ上がったと同時に、私生活と学校生活の両立に気を取られさらに会える時間が減ってしまったという事実に二人は触れなかった。
 カネダとは家族ぐるみの付き合いがあるため今でも唯一の繋がりがあるが、タミヤとダフとはもう何年も会っていない。

「この前会ったのは小学校六年生かぁ、そういえば博すっごい背が伸びてたよね! 吃驚しちゃった」
「タミヤくんの成長期は凄かったよ……ばきばき伸びてくんだもん……」
「克也とりくは?」
「……」
「ま、まあでも、私よりも背が高くなったじゃない。昔は私よりも低かったのに」
「わ、ちょっと……」

 躊躇いなくにゅっと伸びた名前の手がカネダの髪の毛に触れた。最初は前髪のラインをなぞるように、それからするすると頭上に手が伸びて優しい手つきで梳くように頭を撫でられる。
 力任せの乱暴なやり方ではなく、ただひたすらに優しい撫で方にカネダは恥ずかしさのあまり小さく身をよじる。自分自身が内向的な性格のためか、こういった積極的にスキンシップや言葉を掛けてくる名前は憧れでもあり、同時に読めない対象でもある。とは言ってもこんなことを言えるほど度胸は座っていないからひっそりと心の中に留めておく。

「ふふ、りくの髪の毛相変わらずさらさらだね」
「うぅ……」
「……ねえ、りく」
「なに?」

 撫でていた手が、突如として止まった。心地よかったものがなくなり少しだけ寂しさを覚えたカネダだったが先ほどとは違い、どこか真剣みを帯びた名前の声色で鼓膜を揺らした途端、彼女の瞳を見据えなんら変わりのない声で聞き返す。

「私たち、離れていてもずっと友達だよね?」
「あ、当たり前だよ!タミヤくんも言ってたじゃん、僕たちの絆は永遠だって!」
「……そうよね」

 友情は、いつまで続くか分からない。例え続いたとしてももう昔のように毎日ずっと遊べるわけがない、宝石のように輝いていたあの日は二度と帰っては来ないのだ。だからこそ名前は不安だった、かつての仲間はみな自分とは違う所へいる、一人置いていかれる一抹の不安に押し潰されそうだったのだ。目の前にいる、あの小さかった幼なじみは背も伸びて声も低くなって面影も薄くなっていく、それが寂しくてたまらないのだ、久々に会ったあの二人だって、あの頃とはかけ離れたほど成長している。

「僕たちが名前を置いていくわけないよ」

 いつになく覇気のない幼馴染に一瞬今世のお別れでもあるのか、と思ったけれど会える時間がどんどん減っていくこの環境にカネダはすぐに彼女の心境に気付いた。自分の周りには、タミヤとダフ、そして慣れ親しんだ仲間が近くにいる。反対に名前の近くには、気軽に心を許せる自分たちがいないのだ。それがどんなに寂しいことなのかカネダには分かった、小学校の時だって「学校の子と遊ばないの?」という問いにいつも「カネダ達といる方が気が楽だもん!」と笑って言っていた名前を思い出す。

「そ、それにね、もう少ししたら見てほしいものもあるんだ」
「なあにそれ?」
「ま、まだ内緒!」
「りくのくせに私に隠し事なんて生意気ー」
「う、ごめん」
「もう、冗談よ!」

 今はライチ制作で忙しいけど、完成した時はこっそり彼女にもライチを紹介したい。それにはタミヤ達も快く賛成していたからこそ。

「と、とにかく……僕は名前のこと、あ、愛してるし大切な親友だと思ってるからね! それはタミヤくん達も同じだよ」
「……! そ、それ、博の受け売りでしょっ」
「バレた……?」
「ばか!」
「うえ! な、なに!?」

 あまりの勢いに名前は呆気に取られたように惚けることしかできなかった、気恥ずかしさで思わず小突いてしまったが、小さな弟だと思っていた幼なじみの口からこんな嬉しい言葉が出るなんて思ってもみていなかったからだ。そして、これから一生聞けることのないであろう大胆な告白も。同時に彼らの成長の過程の中に名前が当たり前にいるという言葉に込められた意味にただ嬉しさで笑顔を向けることしかできない。

「(愛してる、かぁ……)」

心臓が徐々に音を立てて大きくなり、心のもやが晴れたように清々しい気持ちになり、またいつものように昔と変わらない笑顔を受ける。顔、赤くなっていないだろうか、なんて不安を持たせながらも。

「……うん、ありがとう」
「僕たち、ずっと友達だもんね」

 屈託のない笑顔につられてさらに破顔する。重くたどたどしかった足取りは宙に舞っているかのように軽い。
気がつけば既に昔はよく遊びに行っていた名前の家についていた。

「あ、着いちゃったね」
「うん……、あっという間だね」
「りく、ありがとうね。また落ち着いたら遊ぼうよ」
「もちろん、その時はタミヤくん達誘うね」

 家の前での他愛ない会話、だけど、暗がりに浮かぶ幼なじみは昔見た姿となんら変わりがないのに名前はまた感情の無い複雑な気持ちに襲われた。それがなんなのかは分からない、けれど、いわゆる女の勘というものなのだろうか。燻っているこの気持ちを、伝えないと後悔してしまうような、そんな気持ちもあった。

「じゃあ、……」
「……ねえりく」
「ん?」
「また、絶対会おうね。約束だから」
「……?」
「破っちゃ嫌だよ、絶対絶対、会おうね」
「う、うん? どうしたの……?」
「あのね、私は」
「……」
「ううん、やっぱりなんでもない」

あたたかい気持ちにさせてくれる、カネダのこと。なんて、言えるはずもなく名前は黙ってその小さな小指を差し出した。一瞬彼はなんのことか分かっていなかったが気圧されるような、それでいて縋られているような彼女の瞳を察してそのまま小指をさしだし、ぎこちなくもお互いの指を絡ませた。

「勇気が出た時に、必ず伝えるから」
「……? うん。また遊びに行くからね」
「待ってるよ。ずっと、ずっと」

 会えることが当たり前だったのだ。けれども、どうしても別れが惜しくて絡まれた小指は暫く離れることがなかった。
 そして、約束したはずの金田りくが行方不明になり、ダフが植物人間になったと知ったのはこれから一週間も経たずのこと。



「今日の午後、謎の通報を受け警察が◯×工場へ向かったところ螢光中の男子生徒、常川寛之くん、石川成敏くん、市橋雷蔵くん、須田卓三くん、田宮博くん、山田こぶ平くん、雨谷典瑞くんの遺体が発見されました。著しく損傷が激しいものもあり検証が続いています。尚、今だ金田りくくんの行方は分かっておらず捜査と共に捜索が続いております」

 テレビを見ていた名前目の前が、真っ暗になった。ただ呆然とその場にただ尽くしながらも、彼女の中の色鮮やかだった世界が突如として暗い闇へ投げ込まれたような、後ろから鈍器でなんで、そんな生易しいものではなく身体が痛みもなくばらばらになるようなそんな形容しがたい謎の損傷に見舞われているような。そんな感覚。

「け、いこう……?」

彼女がいやでも知っている螢光中、そしてそれに続く不穏な文字列、行方不明、遺体、そしてずっと一緒にいると思っていた幼なじみ達の名前、どう騒いでも良いニュースではないことくらい、その場から静かに崩れ落ちた名前には分かっていた。幼なじみの一人田伏克也が、原因不明の損傷を受けて植物人間になってしまっていたことと、金田りくが行方不明だったことは母からだいぶ内容はぼかして聞いていた。だけど、タミヤが死んだ、こんなこと聞いていない。

 数時間後に、カネダの遺体の一部が発見されたと、テレビのニュースキャスターの声が響いた。
 夜も遅いのにも関わらず一人の少女は何者かに操られたようにその家から飛び出す。

「(ここが、りく達の秘密基地だった場所……)」

 気がつけば名前は謎の集団殺人現場となった工場の跡地へと来ていた。夜更けだからかそこに人はおらず、ただ無情に何枚ものブルーシートが被さっていた。普通の人ならばこんな所には近付かないだろうが、気色を失い意識も正常に保てない名前はふらついた足取りで一歩、また一歩と歩みを進めていく。
 よくよく見ればそこにはいくつかの献花やお菓子、飲み物が手向けられていたようだ。

「博、りく……、ここでずっと眠ってたの……? 私と克也に内緒で……?」

 語りかけるように、それでいて責め立てるように名前は献花の前に座り込み言葉を吐き出す。

「この前ね、りくと指切りしたばっかだったんだよ……絶対会おうって、約束したのに……」

 約束、したばかりだった。

「博、私の学校で有名なんだよ。私と君が幼なじみなのを知っている子から紹介してとか、凄くしつこく言われてたんだからね……」

 当たり前のように会話の中でもきちんと存在していた幼なじみが、もういない。

「りく、りくはだいぶ前に死んじゃってたみたいだね……ごめんね、気付けなくてごめんね……」

 後悔、喪失、時をずっと過ごしていたのに、気付けなかったなんて。

「そういえば、一度だけ、私ここに来たことあったよね……? 私は特別だからって、博が言ってくれて……でもそれっきりだよね、私は私の生活に馴染んでいったから……」
「ねえ……なんで、みんな、居なくなっちゃったの……」
「……あの時言いたかったの、ずっと私を友達と言ってくれた。……り、く、私ね、りくのことが……」

 あの時なぜか伝えられなかった言葉は未だに喉を締められ、迫り上がることはなかった。まるで聞きたくない、言わないで、と人一倍臆病な彼が閉じ込めるように締め上げているとしか思えないほど名前の首は圧迫感を持つ。

「……ばか、またね、って言ったのに……どこにも行かないでって……!」

 きつく結ばれた口からは今更言ったって遅い言葉が次々と吐き出されて、眼窩から止めどなく涙が溢れ出て止まらない。
 ねえ、君たちのいない世界はこんなにも静かで、つまらなくて、寂しいものだなんで知っていたのにどうして私は、気付けなかったんだろう。

「やだ……よ、……」

 首を襲うこの緩やかな圧迫感に身を任せ、大切な幼なじみを追いかけていきたいのに、無機質に喉を纏う圧迫感は一向に強くならずただ悲しいほどに弱く弱く彼女の言葉を閉じ込めるだけだった。自分だけ言い逃げなんて、ずるいよ。

「っ……」

 どうして私だけ生きなければならないのか、その感情だけが身体全体に拡がり名前は自らの首を両手で添える。
 力を込めようにも、できない。転がっているガラス片を力任せに拾い上げて、喉元を突き破ろうにも、それすら出来ない。どうして邪魔をするんのだろう。大切な言葉も言わせてくれない、後すら追わせてくれないなんて、意地悪だ。

「うっ、ふぅぅ……!」

 好きだった、大好きだったんだ、愛していたんだ。首元から生きて欲しいと訴えかけるような力を感じた名前は、止め処なく溢れ出る涙で顔を濡らしていく。
 同時に、灰に満ちた空の中、ぽつぽつと語り掛けるような水が降り注いだ。名前の涙が涙雨になったかのような、それでいて天から語りかけられたようなそんな優しい雨でもあった。

「りく、博っ……やだよ、会いたいよ……りく……!」

 大切な言葉は、いつまでもせり上がらず、吐き出すことができない。だけれども、その言葉には確かに愛おしさが含まれていた。愛とは呼ぶには未熟すぎて、恋と呼ぶには完全過ぎるこの気持ちが。
 遅く咲いた初恋の跡は誰にも知られず、静かに降り注ぐ雨の中へと灰と共に混じり溶けるなか、少女は一人泣き崩れる。

back