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短編
最低速度で死んでいく
 一番ではなく、二番手。先を駆け抜け先導していく人のそばに立ち誰かを支える事が私の生きがいなのです。それが、超高校級の助手である私を成り立たせているのですから。
斬美さんのように、依頼としてその人を手助けするような能力は残念ながら兼ね備えておらず、誰かのそばに立ち、精神的に支え時に目立たぬようにお手伝いをし、叱咤激励をするのが私の役目。
 いつの間にか百田さんにも「お前は超高校級の前に俺の助手だからな!」と太陽の笑顔で言われたのはつい最近、どうやら最原さんと魔姫さんも助手仲間らしいです。悪い気はしません、支えるのは好きですもの。それに、こうやって頼られるというのも。最原さんと楓さんとの探索でも支障が出ぬように影からしっかりと根元を崩さぬよう、時に指摘、時に気付き、そうやって彼女らの役に立てるように積み重ねてまいりました。
 手柄を取られて悔しくないのか?いえいえ、そんな、斬美さんではありませぬが、私は誰かを支える事で心の安定を図っております故。ボスの手柄はボスの手柄、部下の手柄はボスの手柄、ボスが喜び褒め称えられる事が部下の史上最高の喜びなのです。それはあくまでもビジネス上、ボスと助手には信頼関係しか成り立ってはいけぬ、数多くのボスや上司、時には先輩の手助けをしてきた中で唯一崩さぬスタンスでした。しかし、極稀にそれを破って来られてしまった方も早数人、上の方の内面、体面の心の変化にいち早く気付くのも助手の仕事。そのような事を見つけてしまっては早急に場を去らねばなりません。超高校級の助手である私に恋愛なんてものは必要ありませんから。

「ちょっと苗字ちゃん、早くしてよね」
「申し訳ありません王馬さん」
「ったくほんとにトロいんだから〜、そんなんじゃ俺に殺されても知らないからね?」
「あら、殺してくださるのですか?」
「…つまんないの、嘘に決まってるでしょ」

 こちらを向かず遠くを見た王馬さんの小さな背中を、私はなにも言わずに見つめます。相変わらず、なにを考えているのか全く持って検討がつきません、否、彼にはそんな事をさせようという思惑なんてこれっぽっちもない事なんて分かりきっていますが。
 いつだって他者を振り回し、翻弄し、混乱させるのが貴方の役目。人が頭を抱える姿を見つめ時に更に苛立ちを募らせる言動が目立つ超高校級の総統は、過去のボスたちの中でもそばに立った記憶はありません。「殺す」という言葉の重みはこの学園に来てどれほど思い知ったか、ましてはその言葉の真意を汲み取らすことをさせない貴方に言われてしまっては余計に混乱させられます。でも、不思議ですね、

「(貴方になら、殺されても構わないという私がおります)」
「ほら早く」
「はい」

 ああ、貴方の声が、視線が、私の名前を呼ぶ声が、酷く身体に染み渡ります。これも信頼なのでしょうか、王馬さん。

「苗字さん、恋してるね」
「…こい? 残念ながら鯉は泥臭いと言いますが」
「あはは、違うよ。恋愛の方の恋。王馬くんに、してるでしょ?」
「……?」

 戀、というのは他者に想いを寄せるもの。私が仕えてきた数々の方々が頭を悩ませ、時に苦しみ時に喜びを表してきた、一種の感情。そもそも恋というのは子孫繁栄のために必要な生殖行為をするために必要な脳の勘違い、とも言いますね。私には必要のない感情、いらないと捨てた感情、なのに、その私が、戀?

「だって苗字さん、いつも王馬くんのそばにいるし、すごく幸せそうだよ。というか、心から楽しんでる感じ」
「……あら、そうなのですか」
「あれ、自覚なしだったの? 苗字さん、恋する女の子だよ」

 楓さんはくすりと花が咲くような可愛らしい笑顔を向けてつらつらと言葉を連ねるのを私はただ呆然と聞く事しかできませんでした。
 これから広がっていく世界を、時代を、未来を切り拓き先駆者として上へと駆け上る人々を下から、誰よりも近く支える事だけが私の仕事。そこには情も、好感も、嫌悪もない、ただ繋がれたお互いを信じ合うという根拠のない架け橋しかないと思っていた。のに、今仕えている先駆者との間に、戀という橋が繋がっている?

「(嗚呼、なんということでしょうか…)」
「王馬くんはなにを考えているか分からないけど、すくなくとも苗字さんのことは信頼してると思う」
「ふふ、超高校級の助手としてこの上ない喜びですわね」
「超高校級の前に、君は普通の女の子でしょ?」
「それは楓さんも同じではないですか」
「もうっ」

 困ったように眉尻をさげて、頬を膨らませる楓さんに思わず口角が上がり笑ってしまいました。可愛らしいお方、少女という期間を拒否ぜずに受け止め、年相応に成長したことで輝かしい内なる可能性を秘めている、女の子。

「私には戀なんて必要ありませんから」
「本当に……?」
「私は、ただ仕える方と信頼関係を結ぶことさえできれば、それで良いのです」
「苗字さん……」

 改めて自分に言い聞かすように、自分の意思を頭に植え付けるために私ははっきりとした口調で断言します。ただ、この時の私はどのような表情を楓さんに見せていたのでしょうか。彼女は私の気迫溢れる声の奥底に潜む小さな塊を見つけたかのように、その瞳を大きく見開いたかと思えば、テーブルの上に置かれた私の手に楓さん自身の手を重ねてきたではありませんか。
 ピアニスト特有の、白く細長い綺麗な指、短く切り揃えられた爪先はほんのりと桃色を帯びており、同時に暖かな体温が私の冷え切った手に移動していく。顔を上げることもできず、穴が開くほど彼女のしなやかな手指に視線を落としていれば、彼女はどこか泣きわめく子どもを諭すような、聖母のような、慈悲深い声色で音を紡ぎました。

「苗字さん、自分を押さえつけちゃダメだよ」
「おさえ、つける?」
「今の苗字さんは、超高校級であるために信念を掲げているのはわかるけど、それは苗字さん自身を縛り付けているものでもあるんだよ。君の人格を、押さえつけているんだ」
「楓さん……」
「君は苗字名前っていう一人の女の子だよ。……自分で自分を苦しめちゃダメだよ」

 重ねられていた手が、いつの間にか離れ指を解かれ彼女の長い指と交わる。そこから伝わる体温と、語りかけられる聖書のような悟りを向けられた言の葉。身体の芯から冷え切っていた私の心はゆっくりと、確実に太陽を飲み込んだ時のように内側から仄かに温かくなっていくのを感じました。
 超高校級の助手である前に、一人の女の子。そんな事を言われたのは初めてです。そもそも性というのを意識したことすらありませんでしたね、そんなもの、関係を結ぶにあたって関係のないものだと思っていましたし。

「楓さん、ありがとうございます」
「うん」
「あ、苗字ちゃん見っけー!」

 手を握り返しお礼の言葉を述べた途端、私と楓さんしか居なかった食堂に響く軽やかな声にはっと身体を反応させた。それは楓さんも同じでした、無理もありません、先ほどの会話の中で述べられた張本人がこうして偶然にも現れたのですから。名前を呼ばれたのは私だと、先ほどの声の主の掛けられた言葉を脳内で繰り返しそのまま立ち上がると楓さんも「じゃあ、私はこれで」と言い手を振りながらそのまま食堂を後にして行きました。どこなく投げかけられたウインクは、きっとなにかが込められてるのでしょうが、ここはまず私はなにも考えずに頭の後ろで腕を組み退屈そうに、そして待ちくたびれたとでも言いたげな彼の元へと歩み寄ります。

「もう、なにしてたのさー。1時間ずっと探してたんだから」
「申し訳ありません、王馬さん」
「ま、1時間ってのは嘘だけどね。探してたのはホント」

 肯定も否定もせずに常套句のような言葉を連ねたらやはりそうでしたか。後者の探していた、という言葉も本当なのか危ぶまれますね。

「それで、何かご用でも?」
「そーそー、百田ちゃんの研究教室ってコックピットあるじゃん? あれ弄りたくてさー。ほら俺って気になったらなんでも試したくなっちゃうんだよねー」
「……因みに許可は?」
「いいって言ってたよ! じゃんじゃん使えって」
「……」
「まあ嘘だけど。後で言えばいいでしょいいでしょ」

 解放されている百田解斗さんの研究教室へ、なんの運命か先ほど楓さんと話していた中心の種と行くことになってしまいました。
 極めて平生を取り繕うにも先ほどの「戀」という文字がなぜか私の頭の中で木霊して行き、嫌なものが纏わりついてきます。ああいけません、なにも考えないように、超高校級であるために私は静かに頭を振り研究教室へと歩いていきます。これは、きっと「戀」という感情では言い尽くせない、もっともっと別のものなのでしょう。

「苗字ちゃん、ちゃんも隅々まで調べてね」
「はい」
「さーてなんか面白いものはないかな」
「……王馬さん」
「んー?」
「……サボってはダメですよ」
「分かってるよー、俺は真面目だからね」
「ふふ、……そうですね」

 にしし、と今から悪戯を開始するように笑う彼の心には、私が入る余裕なんて見られない。いいえ、それは語弊ですね、彼の中には、何人たりとも入る隙なんてない、の方が正しいかもしれません。
 いつだって自由奔放で、無邪気で、どこまでも子どものように純粋で無垢で残酷な貴方が誰か一人の手に収まるようなことがあるはずありません。なんといったって、世界征服を掲げていますものね。だからこそ、誰も寄せ付けずに我が道を突き進む貴方に惹かれたのかもしれません。私が命よりも大事にしていた「信頼関係」という架け橋を繋ぐことをせず、私すらも寄せ付けない、貴方に。超高校級の総統、王馬小吉という男に。
 だからこそ、貴方の中で特別になれないからこそ、私は最期を彼に見届けて欲しいと思ったのです。せめて、思い出して欲しいのです、貴方の目の前で死んだ哀れな女、超高校級の助手、苗字名前を。

「(おかしな話です)」

 貴方の前では、私はなんの才能もない、ただの辺鄙な少女になってしまうということに、今更気付くなんて。後悔なんてなんらない、私は誰にも気付かれぬように一つだけ息を吐き、螺旋階段の柵に、上手くバランスを保ち腰掛ける。
 それに気付いた王馬さんは、大きなショーを前にする子どものような笑顔を向けてきます。

「なになに? 苗字ちゃん死ぬの!? えー、頭のいい君ならもっと隠蔽も兼ねた死に方をすると思ったんだけどなー」

 悪気もなく不思議そうに目をきらきらさせて言葉を連ねる彼は、やはり私の愛した男の子でした。なにも言わずに彼を見つめたら、彼はそのまま私に近づく。目と鼻の先に触れた王馬さんの顔は今から死ぬ人間を前にしてするべき顔とは到底かけ離れていた。

「でも俺、苗字ちゃんが死ぬのは悲しいなー」

 貴方がつく嘘にはどんな想いが込められているのでしょう。私には到底分かりかねません、否、分かろうとしたところで貴方はその手をするりと抜けて、気まぐれな猫のようにどこか遠くへ行ってしまうのでしょうね。世界を束ねる悪の組織DICEのボスとして、リーダーとして、どこまでもどこまでも謎を残して。

「嘘でも、とても嬉しい言葉ですね」
「本当だよ? 嫌だよ、死なないでよ苗字ちゃん」

 えー玉のように爛々と輝いていた眼窩は見る見る水分を作り上げ彼の目元を、まつ毛を覆っていく。その表情も言葉も、全て彼が今この場で作り上げた嘘だと分かっているのに、この感情は、泉から止めどなく溢れでる水のような気持ちは、ああ、そうかこの人は、この男は。

「泣いてくださるのですね」
「え?」
「貴方は、私のために泣いてくださるのです」

 じんわりと、噛みしめるように吐き出された言葉はゆっくりと私の心に染み渡る。この男は、泣くという労力を私の為に使ってくれた。こんな喜ばしいことがあるのだろうか。好きな人が、自分のために泣いてくれるのだ。例えそれが嘘でできた薄っぺらい情だとしてもこの上ない喜びだ。
 そんな私を見て何かを察したのか、王馬さんは涙を拭うこともせずに、王馬さんはまた悪態なのか、はたまた何かなのか、口を開こうとした時、言わせまいとそのまま静かに眠るように私はふわりと身体の力を抜く。

「っ、」

 重たいはずの身体は下から襲いかかる重力に逆らうことなく私を階段の柵から引き離す。ふんわりとスカートの中には透明な空気が孕み大きくはためいていき、同時に、光に反射しきらきら光る髪の毛が宙へと踊り舞う。

「……え、」

 まさか本当に死ぬとは思わなかったのか、はたまた想定外だったのか、王馬さんはぽかんとあっけに取られたような顔を見せた。
 ああ、初めて見たなそんな顔。
最期だからか、なんなのか。その瞬間、私の心の中に留まっていたどす黒い感情が湧きだします。

「苗字ちゃ、」

 全てがローモーションのように、バカみたいに遅すぎた光景であり感情だった。何者かに後ろから引っ張られたように落ち行く間際の彼女と、目があった。今までに見たことがないくらい恍惚と、愛憎のような、それでいて寂しげな感情が入り混じっていた瞳だった。ただの悪ふざけだと、いや、きっと俺には、全て分かっていたんだろう。だからこそあの彼女の言葉に俺はなにも返さなかった、これはきっと、思いつきの同情なのだろう。見届けてまた楽しい楽しいこの閉ざされた学園生活を引っ掻き回して、ゲームを誰よりも楽しんでやろうと思っていた、なんて、我に返ったときに、彼女が伸ばした手が俺の手を掴んだ。苗字ちゃんの力と彼女に容赦なく纏わりつく重力で、俺の、脚が、地面、離れて、からだが、そのままういて、……あれ?

「王馬さん、だーいすき」

 これから死ぬ人の顔は、こんなにも醜く哀れで美しいものなのか。人間離れしたあまりの妖艶さに俺は言葉を失う。
 後悔も、自責と、絶望も、希望も、全てが目の前で音を立てて崩れ果てていくのに。首元からするりと抜けたスカーフは意思を持ったようにはためいて、俺と苗字ちゃんは、最低速度で、けれど確かに、ゆるやかに、穏やかに、深く底のない闇の中へと踊り落ちる。

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書きたいところだけ残すあまりにも短いし、色々あがいた末時系列がとんでもないことに……、ある一つの可能性だったとおもってくださると嬉しいです。

タイトル:へそ様

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