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短編
邂逅、或いは追福
 七海が処刑されてしまう。みんなが口々にまくし立てるけど僕には一つも耳には入らない、ただ、目の前の現実を受け入れられず立ち尽くすことしかできず。子どもじみたわがままのような嫌だ。という陳腐な事さえ言えなくて、消えていく七海に僕は言葉にならない声をもらす。

「七海、なな、み……」

 お前が実は裏切り者だったとか、作られた人工物プログラムだったとかなんて正直どうでもいい。なぜお前が消えなくてはならない。狛枝の件は本当に偶然だったんだろう? 意図してやったわけではないんだろう? なあ、そうだろう?

「なな、」
「……ごめんね」

 かき消されたはずの声はしっかりとあいつに届いていた。振り向き、僕を目に移した時悲しそうに、困ったように笑いながら何かに縋るように彼女の手は伸びた。虚空を振り切り、僕の頬に行き着いた指先は、生命を感じるほど熱を孕み確かにあたたかかった、のに。

「(なんでっ……)」

 その手を握り返すことも、言葉を紡ぐこともできず僕は情けないことに呆然と立つことしかできていなかった。

「それでははりきって参りましょう! オシオキターイム!」

七海とウサミがオシオキによりばらばらに崩れていく姿を、目をそらさずに、僕は唇を噛み締めずっと見つめる。



「……」

 どれくらい時間が経ったのかさえ分からない、ただなにも考えずに島の海辺、だだっ広い浜の上に寝転がっていた。波が来るたびに身体に海水が侵食してくる。
海を見ているとどこまでも果てが見えず、この空間には誰もいないのでまるで一人ぼっちで天国にでも残されたような気分だ。
 胸にあいた風穴に冷たいものが通り抜けていき、頭の中のものをさらっていく。容赦なく押し寄せる海にもまれながら空を見ていると、誰かが砂浜を踏み鳴らし顔をのぞかせた。ああ、もう何度も見慣れた奴だ、顔はずいぶんと憔悴しきっている。

「……おい、苗字、お前自殺はやめろよ」
「日向だって死にそうな顔してんじゃん」
「……」
「……ごめん」

 今のはある意味八つ当たりだ、僕の言葉で顔を歪めた日向に謝れば、彼はなにも言わず話を反らして海水を掬い僕の身体にかけてくる。対抗する気もなく海水を浴びてまた空を見上げていたがすぐに彼の顔に視線を傾けてみれば、彼はまた一息ついて声を発した。

「……どうしたんだ」
「こうしてると落ち着くんだ」
「……波に飲まれて、このまま消えちゃいそうだぞ」
「できるならそうしたいなぁ」

 波のオトに消されそうなほどの声で呟けば、日向は一瞬だけひどく間抜けに目を見開いて、そのあとになにかを吐き出そうと言葉を下の上で転がすが、すぐに口を閉ざしなにも言わない。身体をぴくりとも動かさず、僕は彼を見上げぽつりと音を作る。

「……日向」
「なんだよ」
「天国と海って、似てると思わないか?」
「天国なんていったことねぇし、まだ行く必要もないだろ」

 その言葉に笑うだけで僕はなにも答えない。

「……はあ」

 日向は胡乱げに息を吐き、無言で僕と同じように空を一瞥して「風邪引く前に戻れよ」と言い残し砂浜を踏んで立ち去ってしまった。少しだけ顔を上げてみれば日向のだと思わしき足跡が転々とついていき、波によって一部がかき消されていた。僕の心の黒い靄も、こうして儚く海に消されてしまえばいいのに、なんて詩人ぶったってどうすることもできないのにな。
 きっとあいつは分かっているんだ、僕が、さっき発した言葉に込められた意味を。

「七海……」

 海水に浸っていた手を見つめて、僕はもういない人の名を連ねる。
なあ七海、お前がいない世界なんて、僕にとっては存在してないと等しいんだ。
お前は作られた人工物だと知ったって、僕には関係ない。僕や仲間と七海、少ない時間で過ごしたあの日々は確かにそこにあったものだ。

「僕にとっては、この島にいた時間は全力でお前だったんだ」

いかないで、と言えばよかった。
寂しいんだ、と言えばよかった。
ありがとう、と言えればよかった。
……好きだ。と伝えたかった。お前が死ぬという真実に臆しなにも言えなかった臆病な僕だけど、どうしてもそれだけは伝えたかった。
 なぜ、あの時僕は手を重ねなかった。重ねていたらなにかが変わっていたかもしれないのに。なぜ、何か一つでも声を掛けてやれなかった。自責の念と後悔の念、全てが波のように僕の身体を容赦なく食い破り闇へと連れ去っていく。

「(身体が、動かない)」

 海が耳の中に入り痛いはずなのに、それすら心地がいい。このまま、広い広い海と一つになれるような、身体がゆるやかに溶けてなくなる感覚。


 ……いつかのあのひ、お前は僕に問うたことがあった。

「苗字くんは、海がすき?」
「……好きでも嫌いでもなかったよ。けど、今は大好きだ」
「うん、そっか」

 お前と見る海だから、お前の名前に海が入ってるから。そんな風に言ったらどんな風に答えるだろうか。大好きだ、といった時に見せたやわらかい笑顔は思い出せるのに、あの時聞いた彼女の軽やかな声を思い出すことができない。


「かえりたい……」

 みんなと過ごしているはずだった学園に。みんなが生きて楽しかったあの頃に。平凡だけど美しかったあの日常に。大好きな七海の元に。……あいつがいる、天国に。

「……」

 広く続く蒼茫を眺め、その目からこぼれたそれは海の水と混じり合い、消え去る。
身体と魂が離れる感覚と、身体が溶けて水になる感触、波の音、潮風の香り、海水の味。全てが愛おしくて、酷く懐かしい。
 自然の理に身を任せてゆっくりと目を閉じようとしたら、

「苗字くん」

 忘れかけていたあの声が聞こえた。
水を蹴る音。目を開ければ、眠たげな表情でこちらを覗き込む、ずっと思い描いた、

「やっと会えたな。……七海」
「……かえりたい?」

 少し悲しげに見えた彼女は、足を海につけ逆光の中でそう質問をする。
かえりたい? どこに、口に出そうと思ったが、そんなの既にわかりきっていたじゃないか。

「ああ。もう、疲れた」
「……そっか」
「幸せに、」
「……うん、きっと、大丈夫」

 それじゃあ、いこうか。差し伸ばされた手をしっかりと握り、起き上がる。
海水で濡れた僕を気にもせず笑う七海に僕も笑い返して、しっかりと彼女の冷たい手を握りしめる。
 だだっ広いこの場所で、二人はそのまま広い海へと沈むように歩いていく。

「七海、また会えてよかった」
「……私も嬉しいよ」
「あいつらに文句言われそうだなぁ」
「……」

 ぴくっと、七海の指先が微かに反応した。けど、僕は気付かないフリをし歩き続けるため水の中重たくなる足を動かす。

「苗字くんは、」

 ひどく冷たく、重みのある声。

「七海……?」
「やっぱり、」
 
 彼女の薄桃色の瞳が、僅かに揺らぐ。潮風が強いせいで、表情がよく見えないよ、七海。

「七海、違う」

 ちがう、ちがうんだ。僕は、お前と。

「ねえ苗字くん」

 海の中を歩き続け、腰まで水が浸水する。それでもなお手は離さず、僕たちは歩いていく、はずだった。
突然止まった七海につられ僕も足を止め、彼女の声に曖昧気味に返事を返す。

「なんだよ……?」
「ごめんね」

 分かっていた、分かりきっていたことなのに。

「やっぱり、か」

 このまま僕は君と還ることができない。
神様はどうしてこうも意地が悪いのだろうか。そう簡単に、僕が願い続けたいきたかった場所に還してくれないなんて。……そして、

「これから目指す先は別々だけど、私はずっと傍にいるはずだから」
「……はは、そうか。うん、幸せに、なれるか…?」
「……どうだろう、ね」

 お前はきっと天国でも地獄でもない、幸せが望めるかも分からない、果ての隘路へといってしまうのだろう。そんで、もう二度と会えない。
ああ、やだなあ二度めの再会を果たせたのにすぐに別れを迎えちまうなんてさ、……それだけでなく、これが本当に最期のお別れってことも、最悪だ。

「(僕が、やり忘れた冥福を祈りたいから、来たのかな…)」

 けど、よ、七海。僕は、……僕はな。

「かえりたかったんだ」
「……うん」
「ずっと、そう望んでた……」
「……うん」
「それだけの、はずだった」

 地平線まではてしなく続く広い広い海と共に溶けて、天国へ帰りたかった。永遠を約束された地で、少ししか掴めなかった幸せを手に入れたかった、天国で、……幸せになりたかった。

「それだけしか、望んでいなかったはずなんだ……」

 はらはらと僕の目から頬、輪郭を伝い止めどなく溢れる涙を目に写す七海は、あの日したお別れのように、僕の頬に触れてはくれなかった。
幸せも約束されず、天国へも辿り着けないこの場所で、生きていく意味などあるのだろうか。

「(七海……)」

 涙を流す僕を一瞥し、七海は酷く顔を歪めた。笑ってなど、くれなかった。

「……っ」

 酷く冷たい手を、まだ熱を孕む僕の手を強く強く握り、俯いたまま震える声で最期の言葉を紡いだ。
また、僕はなにも言えずに、ぼろぼろと溢れ出る涙を海へ溶かしながら彼女を見つめる。

「……お願い苗字くん、……生きて」

 ここが天国だったなら、どれだけ

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