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短編
おやすみ、私の愛した永遠
 時というのは残酷なもので大切なものを失くした後も、時間は一分一秒を刻み、私の身体はそれに伴い大人へと変わりゆく。
 身体はあのころよりも丸みを帯び、短かった髪も伸びて今ではあの教師と同じように、私もお化粧をするくらいになった。成長を肯定し、大人を否定していたあの頃の私達、残酷にも進みゆく時間の中で少しの面影を残し変り果てた私を見て、彼らはどう思うのだろうか。

「なあ、海行こうぜ」
「……海」

 降りゆく瞼と攻防しながらもこくりこくりと船を漕いでいる中耳に届いた声で意識が醒めた。いつの間にか目の前に移動していた、顔馴染みの少年タミヤは、目の中に光を散りばめたようにきらきらと輝く瞳に私を映しだす。
 彼が突如として海に行きたいと言ったのには色々と思い当たる節があるし、私も、あの日からずっと海へ言っていなかったので、なにも言わず肯定の意を込めて頷く。

「ここからだと時間掛かるから、車で行こうか」
「危なくねぇか? 夜道の運転なんて」
「免許を取って二年、ほぼ毎日乗ってるから平気だよ」
「……そっ、か」

 どこか寂しそうに吐き出した言葉の意味は分かっている。だけど、私はそのあとなんて言えば良いのか分からなくて、黙ったまま彼をすり抜け玄関に置いてある箱へと手を伸ばす。パステルカラーの小さなキーボックスに置いてあるネコのストラップがついた車の鍵を手に収め、家の扉を開ける。
 一歩足を踏み出し、息を吐き出すと真っ白い吐息がふわりと宙を舞う。寒さが身を刺す、一月らしい天気だ。玄関から出たらすぐ横が車庫だから、自分用にローンを組んで買った車の鍵穴に、その鍵を差し込む。真冬の外に放り出されていた車内はひんやりと冷たい空気が籠っていて、怖いくらい静かだ。

「夜の運転なんて久しぶりだなぁ」
「……」

 真っ黒な絵の具だけで塗ったような空の下、ハンドルを握り砂利やアスファルトの上を滑るタイヤの振動で揺れながら独り言のように呟けば、いつの間にか助手席に座っていたタミヤはこちらを見た。が、何かを言いたげに口を開くがすぐに閉ざしてしまった。
 暗くてよく見えなかったけど、確かにタミヤはなにかを言いたそうにしていた、と思う。
 昔は、もっとたくさんいろんなことを話していたのに。目の前が一瞬だけ揺らいだが、私はきつく唇を噛み締めて運転に集中する。



「はい着いたよ」
「うーん、暗くてあんま見えねぇな」
「けど、星がきれいだね」

 私たちが昔から見ていた、知っていた海とは違って、どこまで広く澄んでいて、潮の香りで満ちた綺麗な海。
 車から降りて闇へと影を落とすタミヤの言葉に頷きながらも、空を見上げれば眩い程の星が顔を覗かせる。
 私の隣に立ったタミヤは、昔見た景色とは違うことに戸惑いを見せて、言いにくそうに、けど止めずにゆっくりと唇を開いた。

「螢光湾は、」
「もう、無くなっちゃった」
「……そっか」

 私たちが、彼がかつて住んでいたあの街も、密かに集まっていたクラブも、みんながばらばらになった基地も、全て取り壊されてしまった。あの街はたった数年の間で人々から忘れ去られてしまった。忌み嫌われ、工場で汚染されていた街、あの街は本当は夢の中の世界だったのではないかというほど面影は残ってすらいない。
 ぶるりと寒さで身体が震える、乾いた空気が肌を撫で、口からは真っ白な吐息が形となって現れる。

「名前、今何歳だっけ」
「二十歳、だよ」
「はたち」
「うん。お酒も、煙草もいける」
「……もう、そんなに経つんだな」

 六年ぶりに会ったタミヤは、全然変わっていない。私は、少しだけ背も伸びて身体も成長したのに、タミヤは、あの時のまま。……なのに、彼が知っているあの頃の私は、もういない。
 
「先越されたかー、大人、おめでとう」
「ふふ、ありがとう」
「……」
「…………」

 悔しそうに、けど嬉しそうに私の頭に触れようと手を伸ばしたが、すぐに何かに気付いたのかはっと悲しそうな顔を見せて引っ込めてしまった。私も、敢えて気付かないフリをしてはにかんだ。
 波音だけ響き渡り沈黙が私たちに圧し掛かる。隣に並び闇に溶け込むタミヤが、話しかけないと消えてしまいそうで、私は口を開いた。どうしよう、きっと、もう時間が無い。

「あ、あのね、タミヤ、ダフが目を覚ましたんだよ」
「え、そうなのか?」
「うん。問い掛けに少し反応してくれる程度だけど、……タマコちゃんも、元気みたいだよ」
「……あいつには、悪いことをしちまったな」
「それは、私もだから」

 奇跡的に生き残ってしまった私の生活は地獄でしか無かった。彼らのことが忘れられなくて、ずっと縛り付けていて、寂しくて寂しくてみんなを忘れたくなかったんだ。けど、もう彼らの顔を思い出そうとしても、微かにもやがかかるし声なんて忘れてしまった。
 あの悲劇以来、ずっと私はタミヤを縛っていた。だからタミヤは、六年間もこの世界に居たのかもしれない。
 けど、二十歳になったばかりの私の目の前に現れたという事は、私も大人になり色々知らず知らずに心の整理がついたのかもしれない。

「名前」
「……」

 だから、もう会えないんだ。急にそんな思考がぶわっと溢れ出て、拭い取ろうと思った時、タミヤがさらに言葉を紡ぐ。

「俺、もういくな」
「…………うん。六年も、縛っちゃってごめんね」
「気にすんな、それだけ俺のこと好きだったんだろ?」
「……バレてた?」
「ずっと、俺の名前、呼んでたから」

 好きで、大好きで、だからお別れすら言えなかったことに後悔の念を抱き続け、生き残った自分を何度も呪って、もう会えない貴方の名前を呼び続け縛ったまま。
 彼を、きちんと解放してあげないと。

「俺はもう少し居ても良いけど」
「私が言うのもアレだけど、ダメだよ。……心配しないで、私はもう大丈夫」
「そっか、名前も大人になっちまったんだな」
「うん。密かにあこがれ続けた大人になったよ」
「羨ましいと同時に、少しだけ悔しい」
「タミヤ……」

 海の向こう側をぼんやりと映すタミヤ、今まで見たことがある漫画みたいに光に包まれたりなんかしてないけど、なんとなく私には分かる。彼は、もうすぐで消えてしまう。
 その事実を頭で反芻した途端、言葉には表せない感情が溢れ出て勢いよく彼の方を見れば、彼は大好きだった笑顔とは全く違う悲しそうな表情で私を見ていた。

「綺麗になったよな、名前」
「っ……」
「隣、居たかった」
「やめ、てよ……なんで……」

 今更そんなこと、言わないで、決意が揺らいでしまう。冷たい海風が頬を刺して、目が、鼻が痛い。ダメ、泣いちゃダメだ。けど、寂しそうに笑うタミヤを見て心臓が冷たい氷の手で掴まれたようにずきずきと痛みだす。

「なあ、生まれ変わりって信じるか?」
「……どうだろうね」
「必ず、会いに来るから」
「……」
「あんまり遅くても嫌だから、頑張って、すぐに会いに行く」

 はっきりとした口調で言った彼の姿は、六年前のあの日、全てを決意した時と同じ目だった。私が大好きな、あの凛とした表情。
 ぽつぽつ言葉を零す度に身体が薄くなっていくタミヤが近付いて、大きな両手が私の手に触れた、否、無論この世のものではないから触れられるはずはないのにじんわりと暖かい熱が手から伝わっているような気がする。

「そんな決意表明言われたら期待しちゃうよ……」
「待っていてくれ、名前」
「タミヤ……」
「全てを忘れているかもしれない、見た目が全然違うかもしれない。けど、お前を想う気持ちだけは絶対に変わらないし忘れないから」
「……うん」

 波の音が、潮の香りが彼をさらっていく。触れられるはずないのにそこにあるかのように彼の手を握りしめれば、タミヤはびっくりした表情を見せながらも照れくさそうに笑ってくれた。

「……、なあ名前、次会った時は言えなかった事、お前に伝えたい」
「今じゃだめなの?」
「まだ俺が子供だから」
「はは、そっか」

 初めてお互い本当の笑顔を現せた気がする。タミヤも少しだけ照れ臭そうに笑った後、静かに表情を戻し、独り言のように呟く。

「ありがとうな」
「え?」
「俺達の代わりに、大人になってくれて」
「……、……ねえ、タミヤ」
「どうした……?」

 こんなこと言っちゃいけないのに、まだ心のどこかでは決心が揺らいでいるのか私は滲む視界の中俯いたまま止まることのない言葉を吐き出す。

「行かないで」
「……」
「おいて逝かないでよ、タミヤ……。一人は、寂しいよ」

 叶うことのない希望に縋る自分がバカらしくて、本当に嫌になる。

「……ごめん。……泣くなよ、名前」
「タミ、」

 溜まらなくなって顔をあげれば、そこには今にも泣きだしそうなタミヤの顔。見たことがないくらい幼く見えるその顔に私は言葉が詰まり、黙って身体をすり抜けていくその肢体に身を寄せた。
 きっと彼も別れたくないんだ、けど、このままではいけない。大人になったと言ったくせに、まだまだ私は我が儘な子どもだった。静かに頬を濡らす何かを乱雑に拭って、精一杯笑顔を作る。

「最期は、笑ってお別れしないとね」
「ああ、そっちの方が嬉しい」
「……タミヤ、おやすみなさい」
「……! ん、おやすみ、名前」

 仄かに感じる熱に、頭に伝わる懐かしい感触。涙ぐむタミヤの声に私も泣きそうになるけど必死に抑えて、ぐちゃぐちゃになりそうな顔で笑顔を必死に浮かべる。

「……またな」

真冬の夜に溶けて、君が消えていく。

「……またね」

 もう、声だけしか聞こえないけれども。確かに君はそこに、この世界に、私の傍にいたんだ。
真っ暗で何も見えないこの世界で、輝いていた光。
 息を吐き出し、瞬きをした瞬間、そこにいたはずの君と、聞こえていたはずの声や息遣いは宵闇と共に混じり消える。

「……タミヤ」

 大好きだった君が、この世界から遠い所へ行ってしまった。どうしようもなく悲しくて虚しくて、虚無感だけが身体を襲いかかる。きっと、形は分からないけれど、彼はまた会いに来てくれそうな気がする。けど、だけど、もう、

「さよなら……私の、永遠の光」

 六年前のあの日、共に青春を謳歌した私の永遠には、もう二度と会えない。

 重くのしかかるこの真実が、私の心の中に強く残り、たまらなく悲しかった。

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生まれ変わりを信じたいけど、生きていたタミヤだからこそ大好きだったという話。
「この世で〜」と同じ夢主です、訳ありで男装していた。
行かないで、おいて逝かないでの字はわざとです。

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