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短編
この世でいちばんしあわせな病気
※光クラブが生存しているifルートです。

「……これは?」
「へ、いき。大丈夫」
「じゃあ、これ」

 田宮の手が名前の小さな手を握りしめる。少しながらびくりと身体を揺らした名前だったが、すぐに落ち着いたのか一息つき、田宮の顔を見据え頷く。前回に比べて、だいぶ進歩している。その反応を見たあと、一瞬手を離したかと思えば言葉と共に二人の長さの違う指が両手とも絡まる、と同時に名前の顔に熱が籠り秒の速さで手が振りほどかれてしまった。

「む、無理無理! 恥ずかしい!」

 のぼせているのではないかと疑ってしまうほど顔、耳を真っ赤にし顔を見られたくないのか自らの腕で隠し硬直する彼女に田宮は唇を尖らし頭を掻く。

「(そんなに俺が嫌なのか?)」

 二人は男子中出身の同級生で恋人だ、話せば海のように広く深い理由があるのだがざっくり言えば名前は家庭の事情で中学時代は“男”として通っていた。田宮が彼女に惹かれたのはそのだいぶ後で本来の性別を認知したあと。
 付き合い始めてもうすぐ半年、周りの知っている恋人たちは手つなぎや抱擁、早い人はキスまで済ませているのにこの二人は長時間の手つなぎさえ出来ていない。理由は名前だ、彼女は田宮よりも早く彼に思いを馳せており、それを拗らせ一時は友人が引くレベルまでだったが奇跡的に両思いだったらしく恋人になった。が、待てど暮らせど恋人のスキンシップが取れない、一度田宮が意を決して手を繋いでみたが、その時名前は今と同じように顔を赤くさせ、さりげない流れで振りほどかれ挙句逃げ出した過去を持つ。死ぬほど謝り彼は笑って許してくれたが、それ以来恋人らしいスキンシップは取れていなかった、今日は久方ぶりの触れ合いだ。……考えたくもないが、もしかしたら嫌われている可能性も無くは無い。

「あんま変わんねぇと思うだけど。……まあでも、慣れるまでは付き合うからもうちっと頑張ろうぜ」
「というか、タミヤに触れないというか、なんというか……」
「は?」

 ぽろりと言葉が零れる。本音というか、いやほぼこの言葉は本音に近いしトーンも低くなってしまった。
 だいぶ落ち着いたのか顔まで上がっていた腕は下がり顔が見えたが、相も変わらず頬は赤いし耳元もうっすら朱に染まっている。視線を漂わせながら伏し目がちに、田宮が目を丸くさせる発言を放ったが、本人は唇を結び黙りこくってしまう。
 幾度目か分からないため息を吐き出し、唇を噛み締める。

「(あー……、終わったか)」

 いよいよか、片思い期間は向こうが長いと言っていたから妙な安心感があったのだけれど、胸の奥がざわざして苦しい。理由は、きっと彼女なりに何かがあるのだろう、それとも何も言わずに手を繋いだこと自体が間違いだったか? 男子中で女子なんかに興味は無く硬派に毎日を過ごしてきて、感じたこともない感情を得て悩み苦しみついに思いを告げて上手く行ったのは、つい最近だったはずなのに。

「(嫌な気持ちのままで居させるのもアレだし、潔く身を引いた方が良いかもな。……しばらくは立ち直れなさそうだけど)」

 名前を見るだけで身体が熱くなり近付き自分とは違う匂いが鼻を擽るだけで心臓がうるさい程鳴り響いていた、あの時は本当に自分は病気なんではないかと思ったほど。その気持ちも、感覚も今は変わらないけれども。
 縋りたい、この後に告げられる言葉が嫌で仕方がない。告白した時とは違って、身体は氷水に浸かったように冷たいし、指先も本来あるはずの熱を帯びていない。先ほどまで彼女の手に触れていた手は自身のズボンの上に置かれ、皺になってしまうほど強く握っていることで、どこか不安を逃そうとしているようにも見える。

「名前、」

 自分でもなんと言ったら良いのか分からないけれども、名前を呼んだが返事は無い、どうしようと更に力が籠るがこの後発する彼女の言葉で一気に力を抜けることを予想していない表情で、もう一度を名前を呼ぼうと口を開くが、

「田宮に触れること自体が恐れ多いというか……、なんか、穢れちゃうんじゃないか、みたいな?」
「……?」
「だ、だって! 私中学の時から田宮が好きでずっと片思いしてて遠くから見ていたのに急に告白されて付き合うことになったんだよ!? 好きだったアイドルが自分の恋人になったような感じなの! 近くに居るだけで幸せすぎて死にそうなのに……!」
「いや、でもさっき手を握っただろ?」
「あの頃に比べてなんか落ち着いたのかも……けどやっぱりあれも恥ずかしいね?」
「お、おう」

 脱力して倒れそうになってしまった。意を決して放たれた言葉は先ほどまでの緊張感を一気に解き変な笑いが出そうだ。今どきの高校生ではありえないほど純粋、天然記念物ではないのだろうか。というか中学生の頃から好かれていたのか、思いがけない告白で顔が熱くなる、いや違う今はそこではない。ふにゃりと力の無い笑顔で質問もどきのような言葉を掛けられて肯定してしまったが、それで終わる問題ではないのだ。

「ビビった……。俺、嫌われたのかと思ったんだぜ」
「え!?」
「触れないなんて言われたらそう思うだろ……。まあお前の言葉を聞いて安心したけどな!」
「ご、ごめんね! 無いよ! 今でも変わらず田宮のこと大好きだから!」
「……」

 真顔でドストレートな球を投げ込まれた。「嫌いになる? 考えられねぇ」とでも言いたげな表情でいっそ清々しい。片思いしていた時期の名前が分からないけれども、この反応を見ると相当自分を思っていてくれたに違いない。感服したい。
 じわじわと嬉しさで熱がこみ上げている中、目の前の彼女はまだ田宮が納得していない。と受け取ったのか更に追い打ちを掛けていく。

「田宮に告白された日の夜、あまりの嬉しさで熱出したんだよ私! 前々からカッコいいなーとか友達としてだけど近くに居ること自体が幸せだったし、まさか付き合えるなんて思ってなかったもん。今でもまだ実感は少しだけないけど私幸せだから! 話せるだけで、隣に居られるだけで、片思いしてた時は叶わないと思っていたし……。ど、どうしよう私凄い幸せだね!?」
「ああもう分かった! 分かったから少し黙ってろ!」
「うぇ!?」

 昔なじみの奴が居たら、バカにされそうなくらい自分の顔は赤いだろう。加えて身体も熱いし、投げかけられた褒め殺しというか殺し文句でいっぱいいっぱいだ、尚も続けられそうな言葉攻めに痺れを切らし思わず彼女の肩を引き寄せ、そのまま自分の胸の中に収めた。予想外の出来事に手を繋ぐことさえ困難な状態の名前にとっては刺激が強すぎたようにも見えたが、思いのほか大人しく黙って彼の腕の中に抱かれているようだ。

「(なんか、昔の俺にどこか似てる気がする……言われる側ってこんな気持ちなのか)」

 今まで聞いたことが無かった告白もどきを受けてうるさいくらいなり響く心臓と、制服越しでも分かる熱い身体で自分が照れているのは一目瞭然だろう。
 中学の自分が見たらなんと言われるだろうか、というか本当に病気ではないだろうか。あの頃に比べてだいぶ伸びた黒髪からは甘ったるい香りが鼻を掠め、初めて抱きとめる女特有の柔らかく小さな身体、制服越しから伝わる肌の感触と熱さもリアルだ。勢いで行った行動に田宮自身もどうしたら良いのか分からず、そのまま硬直してしまう。

「た、田宮待って動かないでね」
「どうした?」
「脳がキャパオーバーしてる。たぶん動かれたら私倒れるから」
「……」

 目線を下へ移動させれば訳の分からない言葉を放った名前のツムジが見えた、彼女自身腕を振りほどき逃げることもせず、じっとしている。半ば荒療治にも見えたが効果があったのだろうか、言われた通り動きもせずに大人しくしていると、名前は小刻みに震えだし、掠れだすような声で言葉を放つ。

「幸せすぎて、どうしよう……生きてて良かった……」
「……名前、なんか性格変わってねえか?」
「本音言うと、友達だったあの私は偽物で今の私が本物感はあります」
「ははっ、なんだそれ」
「なんかここまで来ると病気みたいだね」
「病気、か」

 今まで女子なんて騒いで群れているだけのものだと思い嫌悪していて恋という感情を肯定せず否定していたくせに、今では名前の言葉に一喜一憂し悩まされているくらいだ、本当に変わった。彼女の言うとおり、きっとある種の病気だろう。

「私は元々患ってたけどね」
「名前が?」
「うん」

 控えめに背中に手を添えられて、身体が離れた。赤みが引いた表情はいっそ清々しくも見えて、今まで見たことがない表情の彼女を映すとそのまま満面の笑顔が咲き誇る。

「田宮が傍にいると心臓が嬉しい意味でドキドキする幸せな病気」
「あー! もう降参だ! お前変わり過ぎ……」
「田宮って友達には結構ストレートなのに意外と照れ屋なんだね」

 まっすぐな言葉を受け止めることは出来たはずなのに、彼女の言葉となると身がもたくなりそうだ。羞恥で項垂れていると頭上から降り注ぐ楽しげな笑い声。
 負けてられるか、意を決した田宮は唇を噛み締め、名前の顔を見つめる。

「名前!」
「ん?」
「あ、愛してるぜ!」
「……、っ!?」

 意を決して、思いの丈をぶつければそこには今まで見たことがないくらい顔を真っ赤にしている彼女がいた。
けれど、そのあとすぐにはにかんだような、そんな笑顔を共に行き場を失った両手を握られる、それは肯定とも取れるような優しい手つきで思わず彼も嬉しさでその小さなを一生離さないとでも言いたげにしっかりと握りしめる。

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田宮が好きです。あったらいいなこんな幸せな世界、という妄想。
片思い期間長すぎて拗らせちゃった系夢主。
田宮は付き合ってもあまり変わらなそうですけど、どストレートな彼女の言葉には多分たじたじになるんじゃないかな、と思いました。

題名:route A様

20170430加筆修正

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