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短編
死ぬまで生きよう、ぼくと
「……寒いね」
「うん。雪が降りそうだ」
「結也、まだ寝ないの?」
「先に寝てて良いよ」

 器用にパソコンのキーボードを叩きながら、こちらを見ないで声を発する彼に私の眉間に皺が寄った。警察の仕事をしていた両親が殺され引き取り手居ないまま無駄に広い家に住んでいた私に声を掛けてくれたのは、ネットカフェで出会いそこからずるずると関係が続いていた匪口結也。

「ゆーうや」
「はいはい、俺今忙しいから」
「ちっ」
「舌打ちしない」

 弥子ちゃんもその事件に介入していたらしく彼が電子ドラッグに侵されていたとき真っ先に助けた、らしい。そのあとのケアはなぜか私が任され、別格私も嫌ではなかったので大学の合間を縫っては彼に会いに行っていた、そして、同時に起きた両親の死。彼には告げずうまい具合に表情を取り繕って誰もいない家に帰っていたのに、彼は退院した日私の家にやってきた。

「ねえ、こんな広い家に一人で居たって虚しいだけでしょ。俺の家にきなよ」

 株で大儲け、一人増えるくらいでお金に困ることはない。なんて言うもんだし、どこか拒否権は与えないその問いかけに深く考えず頷いてしまった。
 そこから先はとんとん拍子、あの家は、結也と話し合い売りに出して遺品等は少しだけ手に置き後は全部処分した。悲しかったけど、いつまでも過去に縋り付いたってダメなんだ、だから、古い私も捨てて新しい気持ちで結也の家に身を置いた。

「(あれから随分変わったな……)」

 あの頃は正直彼のことなんて好きでも無かったし恋愛対象としては見ていなかった。若干十九歳で刑事になるほどの腕前で平凡な私とは雲泥の差、泥にも満たない私に彼も見向きもしないだろう、と思っていたのに。ああでも、好きでも無かったら一緒に住むことを承諾していなかっただろう、少なからず、私は彼に惹かれていたのかもしれない。幼い頃に親の為にやった行為が仇をなし両親を失い、ずっと一人だった彼の心を溶かしたのは弥子ちゃんだったのに、どうして彼は私を選んだのだろう。どうして、私に居場所を与えてくれたんだろう。
 気が付けば羽織っていたブランケットは床に落ちて、私の身体は彼の背中に移動していた。
 
「……どうしたの」
「有難う。私に、居場所をくれて」
「またそれ? 行っただろ、俺が名前の傍から離れたくなかったから言ったんだよ」

 たまらずに後ろから抱き着けば、優しい声色が鼓膜を揺らし暖かいぬくもりが体内に走る。気が付けばキーボードを叩く音はなくなっていて、結也が一度動いたので思わず身体を離せば真正面を向いた彼に腕を回され私は抱きしめられる。
 背中よりも熱い体温と胸から伝わる心臓の音に、ひどく安心感を覚え肩に寄りかかる様に額を擡げさせ彼の服を握りしめた。あ、メガネ額にあげてる。

「結也?」
「俺さ、最初は名前のことあまり関心無かったんだ。けど事件の時ずっと居て、俺が電子ドラッグから解放された後惜し気も無く傍に来てくれただろ? あの時からだんだん惹かれて行ったんだ、なんでだろうね。同じ両親を亡くしたもの同士同情心とかもあったのかな」
「へえ……」
「退院した後、気が付いたら名前の家に来てた。そんでさ、入った時に広い空間でぽつんと佇んでる君を見ていられなくてあんなこと言ったんだ」
「……」

 同情からの、奇妙な関係の同棲生活。いつしか同情心が恋愛心に変わり、こうして想い合う仲になるなんて、こういう言い方をしたら悪いけれど、両親が生きていたらありえなかったかもしれない。

「ねえ名前。俺は君をこの家に呼んだこと、後悔してないよ」
「っはは、清々しいね」
「まぁね。君がどう思っているか分からないけれども」
「……どうだろうね、あのまま、お父さんやお母さんが遺してくれた場所に居たかった、っていうのもあると思う」
「……」

 小さい頃からずっと、あの家で両親と育ち思い出しかないあの場所。今はもう手放して他の誰かのものになっているかもしれない。両親がもう二度と帰ってこないあの場所に住み続けるのは心に重苦しいものがあるかもしれないけれど、きっと私はあのままあの場所に留まることを選択していただろう。

「けど、」
「……けど?」
「結也の所へ行く道を拒まなかったこと、後悔してないよ」

 笑って言えば、目を見開いたあと、結也は泣きそうになっている。帰ったら、「お帰り」と言ってくれる人、ご飯を一緒に食べてくれる人。幼かった頃の日常茶飯事だった光景が、人は違うけど再び味わえることがこんなに幸せだとは思わなかった。両親が帰ってこないと知った時には死にたいほど絶望したけど、同じ空間を共有してくれる人が現れた時は、嬉しかった。

「お父さんやお母さんと会えない事は悲しいけど、今は結也が家族みたいなものだから、良いんだ」
「うん、俺も、同じだから」

 境遇は違くとも、血を分け合った家族はきっとどんな事があっても絶対に忘れることはないないと思う。
 手を握れる人が傍にいること、一緒に笑い合えること、こうして抱きしめることが出来る人がいるだけで、そんな些細なことが、

「結也、私、幸せだよ」
「名前……っ、不安に思っていたこと損したよ」
「私を無理矢理連れ出したんじゃないかって思ってたんでしょ?」
「……」

 目を伏せた結也を抱きしめて、同じ匂いのする髪の毛に顔を埋めた。

「嫌だったら、とっくに出て行ってるよ」
「俺の方が、幸せにきまってる」
「なにそれ」
「ねえ名前、死ぬまで離さないからね」
「うわ……重くない?」
「じゃあ、俺が死ぬまでで良い。傍に居て」

 胸元が湿っているような気がする、きっと泣いているんだろう。子どものように縋る君が愛おしくて、哀れで、身体に回す腕に力を込めた。

「一緒に死ねたら良いね」
「ありえないでしょ、そんなこと」
「一緒に死にたいなぁ、遺したくも遺されたくもない」
「俺、名前が死んだら後を追うかもしれない」
「ほんとにやりそう」

 きっと、私もやると思うけど。生きる希望を与えてくれた人が居なくなったら、存在する意味なんてないもの。

「死ぬまで生きよう。俺と、これからも、ずっと」
「……うん」

 彼が先ほどまで向き合っていたパソコンは、スクリーンセーバーになっていて、そこには初めて撮った二人の写真が写っていた。雪が降り始めたのか、ぴんと身体を刺す寒さを補うように、ただただ抱きしめ合う。きっとこれからも、私たちはずっと傍に寄り添って生きていくんだろう。

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文字化けが起きて匪口くんの苗字が出ないことに憤りを感じております。
ネウロが、好きです。

題名:スウェーデンまで九時間半

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