×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
短編
君の涙で溶ける月
※五話後

「カラ松?」
「……」
「えっと、とりあえず入って?」

 家へ帰ってみたら、目の前には包帯を巻きギプスや松葉杖、病院帰りらしきカラ松が家の前に座り込んでいた。
 真っ黒い絵の具で塗りたくったような空にはぽっかりと金色に輝く満月があり、朧げな月明かりで見えたその姿に戸惑いながらも、物言いたげな目でこちらを見つめる彼を部屋に通した。

「外は冷えたでしょ? ほら、珈琲入れたよ」
「……」
「月綺麗だからさ、電気付けないで良いかな」

 座布団の上に座り込み依然として口を閉ざすカラ松の前に珈琲が入ったマグカップを置いた。開け放たれた窓からは外で見た丸い月が顔を覗かせて、薄暗い部屋を明るく照らす。

「怪我、大丈夫?」
「……」

 どうしてこうなったのか、理由は、知っている。と言っても彼がここまで大怪我をしているのかは明確ではないけれども。六つ子の中でも扱いは優遇とは言えない彼は、今日起きた出来事の最中一度も名前を呼ばれていなかった事と、その場に居なかった事も、知っている。携帯で連絡を試みようと思ったけど、それは他の兄弟達によって阻まれ結局会話出来なかった。
 時計の針が奏でる規則的な音が辺りに響く、ほんのりと香る珈琲の湯気でぼやけるカラ松は、まだ口を開こうとしない。

「あの、カラ松、連絡出来なくてごめんね」
「……」
「ほら、みんな心配してるかもよ? 確かに名前は無かった、けど、血の繋がった兄弟が帰ってこないと不安になってるかも、」

 ああ駄目だ、きっと彼はこんな言葉を求めていないはずなのに。継ぎ接ぎに出てくる薄っぺらい言葉をぽろぽろ零して、私は一度口を噤んだ。
 俯いて動かない彼の傍に寄り添い、包帯の巻かれていない部分に手を置いて数回撫で付けた。ぴくりと動いた彼の頭は、そのままゆるゆると震えだし力なく膝の上に置かれていた手に力が篭ったように見えた。

「お、れっ……みすて、られたっ……!」
「……」
「あいつと、扱い全然違うっ……うぅっ〜……!」
「カラ松」
「俺梨に負けたぁぁぁ……! 俺も梨食べたかったぁぁぁぁ!」
「よしよし」

 後者に至ってはなんとも言えないけど、悲痛に吐き出された言葉は私にも辛く、そのまま彼の頭を胸元に引き寄せ抱き締めた。子どもみたいに泣き喚く体躯を包み、ただただずっと頭を撫で背中を叩く。
 ぽたぽたぽろぽろ、小さな水滴が零れ落ち床に染みを作り上げていて、酷く胸が締め付けられる。薄暗い部屋の中で動く影は普段見ているよりも幾分も小さく頼りなかった。

「辛かったよね。ごめんねカラ松」
「うっ、うぁああっ……! 名前っ……」
「居るよ。傍に、居るよ」

 ゆらゆら揺れる影を目に映し、私は彼が消えてしまわないようにその身体に触れる手に力を込めた。寂しさを必死に押し込めていたのに、瞼に張り付いていた蓋はぽろりと零れ、透明な滴となって零れ落ちた。悪くないよ、なんにも悪いことなんてしてない。
 愛が無いように見えて、彼らはちゃんと貴方のことを愛しているんだよ。そんなの赤の他人から言われても不服だろうけど、私には何となく分かる。

「大丈夫。大丈夫だよカラ松」

 かすかに震える背中に手を添えて、赤子をあやすように何度も何度も撫ぜ上げる。これで、私が成すことで少しでも彼が安心し、安楽の地につけるならばなんだってやってみせる。血の繋がりがなく、恋情で結ばれたこの私たちの関係でしか成せ上げられぬ事ならば、なんだって。
 例え血肉を分けた家族が見捨てたとしても、私は彼を、貴方を、見放すつもりも手放すつもりもないのだから。

「うぅっ……名前」
「ん?」

 濡れた長い睫毛が扇情的で、暗い部屋の中に照らされる月明かりできらりと光った。時折見せるこの艶めいた、触れただけで消えてしまいそうな繊細で、心の中に燻るやましい気持ちがふつりと湧き上がる。
 掠れがかった声は彼の喉の奥からひゅうと零れ落ち、見えないもので救い上げればカラ松は傷がついていない腕を私の背中に回し、胸元に縋り付く。甘えたさん、愛おしい人、きっともうすぐ、もうすぐ来るよ。

「……寝れば?」
「……けど、」
「大丈夫」
「……」

 ちゃんと傍に居るよ。という意味合いを込めて笑いかかれば、下がっていた、きりりと濃い眉は少しだけ吊り上り、瞼の動きに合わせてゆっくりと降下した。
 胸に埋めていた顔は私の腿の上に降りて窮屈そうに包帯で巻かれた足を延ばしカラ松は私の服をきゅうと握りしめる、それがなんだか物寂しく、私は半ば無理矢理服を掴むカラ松の手を持ち上げ、そのまま自分の指に絡め優しく握りしめる。

「……ありがとうな」
「大好きだから」

 普段はカッコつけで、ナルシストでどうしもない程のおバカさんだけど、素の君は誰よりも優しく涙脆く、言葉を不器用にしか伝えられないのなんて知っている。暗い部屋の中で落ちた感謝の言葉の上に、優しく吐き出した言葉を被せて私は空いた手で、ただ彼の短く切り揃えられている髪に指を通す。
 
「綺麗だなぁ」

 頬を濡らす彼の涙を指で掬い取れば、指についた水滴が月の光がきらきら光る。そのまま月に翳すように、透明な滴越しには歪に溶けながらも眩い光を照らしだす月が映り込んだ。

「(多分、もうちょっとで来るかな)」

 君が住む世界で、どんなことがあっても手放せない彼らが。

「(彼らが一番でも、全然良いよ)」

 あなたが作る世界に、彼らとは少しだけ違う形で私が居れば良い。それだけで私は、言葉に表せないほど幸せだから。
 どこか安心したように眠りの世界に入るカラ松の手を持ち上げ、骨ばった手にそっと唇を落とした。

-----------------------------------------------
五話を観て衝動で書きなぐった結果わけわからんものに……。
ただ、カラ松を慰めたかっただけです!はい!
この後おそ松達がお迎えに来る、はず。

back