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命の意味を知らないひと


「なあ、良いだろ?」
「駄目だよ。平腹くん」
「なんでだよ」
「お願い。言う事を聞いて」

 困ったように下がった眉と、私達とはどこか違うギラギラと輝く黄色い瞳孔。大きく開けられた口から覗くギザっ歯を見るたび、私が彼を本気で怒らせたらきっとこの歯で、私の皮膚は簡単に引き千切られてしまうのだろう、と猛獣を見るような目で彼を見ている事は秘密だ。
 もう彼の耳からは何匹の蛸が零れ出ただろうか。それくらい私は「駄目」という否定的な言葉を吐き続けているにも関わらず平腹くんは親の言う事を受け入れない子どものように「良いだろ」と肯定の言葉を縋っている。私の身体から生えていく透明な管を今にも千切ろうとする彼の手を制して何度も何度も、それこそ五つにも満たない子どもに言い聞かせるように、しっかりとその金糸雀を見つめてゆっくりと言葉を作り上げる。

「ちょっとくらいなら、外に出られるんじゃねーの?」
「だからね、この管を取った瞬間私は死んじゃうの」
「それくらいで死ぬわけねーじゃん!」
「この管は私の心臓や臓器を動かして、酸素をくれるの。コレが無いと、私の命はあっと言う間よ?」
「大丈夫だ! そしたらオレが、オマエの面倒ちゃんと見てやるよ!」

 どういう事だろう。至極是当然、とでも言いたげににたりと歪み上がった口角と獲物を捕らえたかのように形を変えた金糸雀の水晶に、思わず背筋から、身体の奥底から冷たい水を注がれたようにひやりとした。私の身体から植物のように生えるチューブを指で擦る彼の手を見つめ、零れ出そうになった吐息を飲み込む。
 彼は時々、素っ頓狂な事を言い出す。「獄卒は死なない」とか「オマエが死んだらずっと一緒に居られる」とか、まるで自分は此の世の人間では無いとでも言いたげな表情にはいつも首を傾げられる。確かに彼は少し他の人たちとは違う空気を纏っている、死人のように青白く冷たい肌に天然モノのようにきらきらと輝く金糸雀色の瞳。その瞳に魅入られ、思わず首を縦に振りそうになったが、ゆるゆると首を振ってしっかりと彼の手を握り小さい子供に言い聞かせるように、一拍ずつ、ゆっくり。

「我がままは、駄目」
「名前のケチー」
「ケチで結構」

 カーテンから漏れ出るオレンジ色の光がベッドの上で頬杖をつく平腹くんを照らし、眩しさで思わず目を細めた。気色の無い肌を淡い光が包みうっすらとオレンジ色になる平腹くんと金糸雀の瞳は、爛々と輝いている。

「ほんと、人間って脆いよな」
「平腹くんは面白いことを言うよね」
「事実じゃん?」
「分からないかな」

 誤魔化すように笑えば難しそうに顔を顰めて、「へんな名前−」と言い布団に顔を埋める平腹くんの柔らかい髪を撫でつけ、なにも言わずに見つめる。
 脆い、という言い方もどこか変だな。普通なら、ん? なんて言うのが正しいんだろう。儚い? 壊れやすい? ああ、自分で言っといてなんだけど分からないや。

「けど、なんとなくオレ等と名前は違うなってわかんよ」
「どんな風に?」
「あのなー、あったけーよ! けど時々冷たくなったりして……わかんねーな?」
「ふっ……なにそれ」

 ふは、と破顔一笑すれば、彼の見開かれた瞳も細められパサついた唇がゆるゆると弧を描いた。
 あ、笑い方子どもみたいで可愛い。暖かいのは生きていれば当たり前だし、寒ければ冷たくだってなる、寧ろそれが当たり前だと思うのに、平腹くんは本当に変わって人だ。

「暖かいのも冷たいのも、命がそこにあるからじゃないかな」
「いのち、……ふうん」
「平腹くんだって、生きているでしょ?」
「んー」
「(冷たい手……)」

 当たり前のことを口走れば、平腹くんはその言葉を興味なさげにその言葉を右から左へ聞き流し大きな手で私の頬を触りだす。
 続いて言葉を投げ掛けても彼には届いていないのか生返事に近い声でぺたぺたと私の頬を行ったり来たり、今日は、部屋は暖かいはずなのに、平腹くんの手は無機物が発するような冷たさを持っている。私の知っている、人間が放つ冷たさではない。

「あったけぇな」
「……うん」
「やっぱりオレ、オマエと一緒にいきたい」
「だから、」

 無理だ。と言いたいのに言葉が出なかった、言葉に成りきらなかったそれは喉の中で空気となりひゅっとかき消される。なんでだろう、分からない、けど、彼の言う事を聞けば、今よりも自由になれる気がしてしまった。
 生ききるのは辛くないのに、辛くないはずだ。なにも言えずに、身体を通るチューブを指で弄れば、私の頬を触るのに飽きた平腹くんはぱたりと布団の上に手を置いて、頬杖をつく。

「なー名前、オレのこと好きか?」
「どう、かな」

 肯定してしまいそう、だけど、そうしたら、きっと、終わってしまう。心臓がうるさいくらい鳴り響く、窓から零れ出る夕日は既に沈んでおり、星ひとつ輝いていない空がカーテンがかかっていない窓から顔を覗かせる。

「オレはなー、ずっと一緒にいたい!」
「……そう」
「だから、一緒にいこう」
「平腹くんは、命とか考えないの?」
「難しいことは、わかんねーよ」
「そうだったね」

 吸い込まれそうな夜に浮かぶ金糸雀、ゆっくりと、夜が、光が、私を吸い込む。

「でも、ずっと一緒に居られるなら、楽しいかもね」
「だろ!」
「……ずっと、一緒」
「おう! ずっとずっと一緒に居られるな! オレからみんなに話してやるよ!」

 この子は、命という言葉を、生きているという感覚を理解出来ずにいる恐ろしく無垢で無知で、かわいそうな子どもなんだろう。確かに得られる確証でしか、頭に入っていない、哀れで可愛い子。
 けど、おかしいなぁ。

「(生ききるのは、辛くなかったはずなのに、)」

 それが今はとても辛くて、生ききるのは凄く辛い、けど、

「(息切るのは、……ああ、バカだなぁ。私、は)」

 伸ばされた手が管を引き、私の身体から徐々に離れていく。それを見つめていると、段々と頭の中が真っ白な靄で埋め尽くされ、身体が無重力に放たれたように軽くなり、浮遊感が襲いこんできた。

「あっちに言ったら、オレとオマエの違うところ、教えてな」
「ぁ……」

 ぷつん。管が引き抜かれた、意識も、混濁している。
闇夜に呼ばれはじめ、初めて私は、生きているという感覚を見失った気がした。

「(もう、だめだ、)」

 酷く、ねむた、
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