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不器用な愛し方しかできない


 人間には興味なんて無かった。時が経つにつれその姿は変わり果て、いつかは魂が終わり輪廻に戻り分岐した道を歩む。
 その前の過程で道を外してしまったものを処罰していくのが俺たち地獄に住む獄卒の仕事だ、それ以外では人間に関わることなんて、一切無かったのに。

「斬島さん、美味しいですか?」
「……あぁ。美味い」

 箸で摘んだブリの照り焼きを口に含んだ途端、目の前で小さく正座をしている女は不安げな表情でその味について問うた。素直な感想を述べればその表情はパッと花が咲いたように明るくなり長い睫は伏せられ薄桃色の唇は緩やかに弧を描く。
 一番最初に出会った時は亡者と間違えるほど気色が無く、何を問い掛けても空ろなまま答えていたあの頃が嘘のように見える。

「良かった。あの世の料理なんて分からなかったですけど、同じなんですね」
「違いは殆ど無い。食堂で出るものと同じくらいに美味いぞ」
「有難う御座います」

 目の前に居るのは、今まで興味を示さなかった人間だ。どうして共に居るのか、そんな事は忘れてしまった。
 ただ、自分を生み育てた両親に理不尽な暴力や罵詈雑言、酷く惨いことをされ死にそうな顔をしていた時に現世で休息をしていたのが出会い。全てのものを拒絶し自分さえ否定していたその目にはどこか意思の強さが宿り、その瞳に数秒魅入られたと思ったら、こうして時折家を訪れるようになってしまった。
 本当に、どうしてこうなったのか分からない、ただこの女の事が気になり脳裏を過ぎる、だからたまにこうして会いに行く。名前も最初に比べ随分落ち着いた様子を見せるようになった、人間とは変わりやすい生き物だ。

「けど、斬島さんが此の世の人ではないなんて、やはり信じられないです」
「……そういうものの存在は知っているだろう」

 名前には少なからず霊感がある、その目のお陰で俺は周りの人とは違うように感じる、と声を掛けられた時のことを思い出す。この世で生を成すものではないと言った時の名前の顔はどこか安心しきったような顔つきをしていたのを覚えている。掠り出された色を失いかけた唇から放たれた「ただ、傍に居て下さい」その言葉が俺の心に深く圧し掛かり、名前からは離れてはいけないという使命感のようなものが己の身体に絡みついた。
 ただ、此の世のものではない俺が長く名前の傍に居たら霊気に充てられ彼女の生命を削り取っていく。だから、ここでは暮らすことなく時間が空いた限られた時間だけこうして尋ねるのが俺の日課だ。

「ええ。視えていましたからね。けれどもこんな優しい人が鬼だなんて、という些細な驚きです」
「そうか」
「照れました?」
「そうではない」

 瞬きされた瞳の中にきらりと眩しいものが見えた。それがなんなのかは分からない。隘路したあの世で何百年と生き続けている中で初めて感じた感覚に、僅かながら戸惑いを感じている俺が居る。
 正直名前と居るととても心が安らぐのは事実だ。他の仲間とは違う安心感、傍に近付き体温を感じると不思議と落ち着き離れ難い。
 こんな事をあいつ等に言ったらどう言われるだろうか、きっと気のせいだろうと一蹴されるか、この気持ちが何なのか教えてくれそうなのは佐疫くらいか。

「たまにしか会えない分、こうして会う日がとても楽しみなんです。私の、唯一の楽しみ」
「奇遇だな。……俺もだ」
「……」

 包み隠さず思った事を吐き出せば、ご飯を掬っていた箸をピタリと止め、こちらを一瞥する名前。呆然とした表情でぱちぱちと数回瞬きをしたかと思えば色白の肌を朱に染め上げそのまま俯いた。
 その一連の流れを見ていた俺は、なぜ彼女がそうしたのか理解出来ずに首を傾げると、名前ははたはたと自らの顔を手で仰ぎ小さな声で言葉を零していく。

「斬島さんは、とんでもない方です……」
「どういう意味だ?」
「いえ。これもまあ、愛なのでしょうか」
「あい?」
「誰かを大切に想うことでしょうかねぇ……?」

 仄かに孕んだ熱のまま名前は長い髪を揺らしながら問い掛ける。“あい”、とは一体なんのだろうか。時折討伐する亡者の中にも誰かに思いを拗らせ醜い感情を生んでしまったものや間違った方向での“あい”を向け自滅していったもの。沢山“あい”に対してその姿を変えたものは居るが、俺自身“あい”というものが分からない。
 けれど、今は確かに言える事は俺も名前と同じように会える時を心の奥底で心待ちにしてこうして共に時間を過ごす事に束の間の安らぎと娯楽を感じている、だから、

「俺は、名前をあいしているんだな」
「え!?」
「名前も俺をあいしている。違うのか?」
「……ふふ、そうです、ね。愛し合っているんですね」

 戸惑いを見せ顔を再び赤らめた名前は、黒曜石に似た輝きを見せる瞳を緩やかに細め微笑み掛けた。
 その笑顔に一度だけ、心臓が締め付けられたような、氷で出来た冷たい手で触れられたような感覚に陥ったが、それは直ぐに消えてなくなりまたいつもと同じ温度で鼓動を奏でる。

「きっとお分かりになってないでしょうに……」
「なにか言ったか?」
「いいえ。何でもありません」
「……また来るからな」
「いつでもお待ちしております」

 住む世界が違い、肩書きも立場も全く違う。こうして傍に居て同じ時間を過ごすだけでも奇跡に近いかも知れない。けれど、それでもこの女の傍に居たいと強く願っている俺が居るのも事実。出来ればこのまま浚ってしまいたい、叶うものなら。

「(願うなら、)」

 この女が天寿を全うしたその時まで、最期に黒曜石に映るのが俺であるよう、そう強く願わずには居られない。
 俺は最期までこの女の傍に居よう。きっと、この気持ちが本当は何なのか、一生分かりもしないし知ろうともしないだろう。俺と名前は、互いに不器用ながらも少ない時間を過ごしていくに違いない。
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