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グレゴリーホラーショー

 ボーイのことが好きだと発覚した時には、彼は既にホテル内の魂を半分まで集め始めていた。その魂の中にはお父さんのものもあったらしい、驚いた、多分ホテル内では最強クラスに入るであろうお父さんの魂までもボーイは奪ってしまったのだ。
私が、ボーイに抱いている感情を瞬時に察知したお父さんは「……すまない。後はお前自身の問題だ」とだけ言って私の頭を撫でた。

「ナマエ……」
「っ、ボーイ……」

 いつものように、部屋を出てボーイに会っておはようと挨拶して一緒に食堂に行くか血を吸わせてもらう、怒られながらも謝ればボーイは笑って許してくれて、その後はたまに一緒に本を読んだりハーブを育てたしジェームスに悪戯されたりグレゴリーの本を持ち出し脅したり、……そんな毎日が待っていたはず、なのに。
宙を浮いて廊下を彷徨っていたら足音が聞こえ振り返れば誰かの魂が入った瓶を持つボーイが立っていた、薄い瓶の中で輝く青白い魂はきらきら光り輝いて薄暗い廊下を照らし出す。

「魂、また奪えたんだね」
「うん。……思いのほか苦労したよ。あとラスト一つなんだ」
「そっか」

 靴を履いてないから廊下の上に立てない、ある程度まで私はボーイと目が合わせられる高さまで身体を浮かして言葉を零せばボーイは気まずそうにしながらも応えた。
青いボーダーのシャツに、ラフな格好のズボン、そばかすが散った幼い顔立ちにふわふわの茶色の髪、全部、私が好きなボーイ……どこかずる賢いけど誰よりも優しくて他人重いなボーイ、私が血を吸いたいと我儘を言えば怒りながらも腕や首を差し出してくれるボーイ。……そのボーイが、行ってしまう。
 多分ボーイは私の後を追いかけたのだろう、さっきからずっと足音が聞こえていたし、ラスト一つ、それは、私の魂。

「ナマエ、僕」
「私の、魂欲しい?」
「……っ」
「お父さんのも取ったんだもんね。……けどお父さんよりも私の方が取りやすいと思ったけど」
「取れなかった」
「え?」

 左目だけで彼の顔を見れば、ボーイは酷く泣きそうな顔をしていた。切なそうに掠りだされた声は今にも泣きそうな感情を孕んでいて、思わず唇を噛み締めた。

「奪う機会はたくさんあったんだけれども、ナマエの魂だけは取ろうと思えなかった。……出来なかったんだ」
「ボーイ……」
「会うたびに血を求められて参ったよ、妙に変な気分になるしキャサリンに採血されたあとなんかは生死の境を何度彷徨ったか」
「……ごめん」
「そんな風に酷い目にあっても、どうしてもナマエの笑顔がチラついて奪う事が出来なかった。おかしいよね、僕」

 乾いた声で笑いボーイは手元に握っていた瓶を乱暴にポケットに突っ込んだ。ボーイの口から紡ぎだされる言葉に意味が分からなくて呆然としていると、ボーイは私に近付いて、私の腕を優しく取ると掌を自分の頬に押し付けた。私がボーイの頬を触っている、体温が生暖かくて雫が私の手を濡らしている、はらはらボーイの瞳から流れる水に理解が出来ない。

「ボーイ、……なんで泣いてるの」
「おかしいんだ、僕。現実世界に帰りたいのに。……真実を映す鏡を見ても立ち直って覚悟出来たのに……ナマエと離れるのが、堪らなく嫌だ」
「なんで、矛盾してるよ」
「ほんとだよ、僕だって分からない」

 掌が濡れる、ボーイの涙で。ボーイの言葉きっと本心で、だからこそ迷っているんだ。帰したくない、私にはその思いだけがあって震える開いた手で反対側の頬を触れればびくりと身体を震わせたボーイは、私の手の上に自分の手を重ねた。

「ボーイ、不細工になってる」
「泣いたら誰でも不細工になるよ」
「……ねえ、魂欲しい?」
「……」

 あげたい、あげたくない。この二つの選択肢がぐるぐると頭の中を回ってどちらの選択肢を出せば良いのか分からないよ、ボーイ、貴方が決めなければいけないんだよ。無理矢理作った笑顔を向けて軽く小首を倒して問い掛けてみればボーイは先ほどよりも顔をくしゃりと歪めた。

「欲しいならあげるよ。……けど、行かないで」
「ナマエ、矛盾してる」
「へへ」

 本心だよ、と言ってみれば身体を引っ張られてボーイに抱き締められる。とくとくと鼓動が身体に伝わって身体がほんのり暖かい、背中に回された腕は小さく震えていてどうして良いのか分からないと伝えているようだった。ボーイは、肝心なときでも優しさを出しちゃうから狙われやすいんだよ。

「ナマエのことが好きなんだ」
「……私だってボーイが好きだよ」

 甘く香るボーイの血の匂いも、全部、ボーイの存在自体が好きなんだよ。背中に腕を回して縋るように抱きつけばボーイは腕どころか身体も震えていてしゃくり上げる声が小さく耳に響く。

「ナマエ、一緒に現実は、」
「ごめんね、それだけは無理。……ボーイは人間だけど、私は、異端なんだよ」
「そんなこと、」
「ホテルに来た理由、言ったでしょ?」
「……」

 ごめん、ごめんねボーイ。その選択肢だけは首を縦に振ることが出来ない。吸血鬼と人間の間に出来た私は、現実世界で上手く生きていく事が出来ずにここに迷い込んだ身が、いないと思っていた父と出会い、笑いあったり喧嘩したりする仲間がここにいる。なんやかんやグレゴリーにも感謝はしている。けれど、私は魂を集める気なんてさらさらなかった、忌々しい現世の記憶が脳内を蝕み息が詰まる、異端者な私を受け入れてくれたボーイ、……逆か、ボーイから見たら私達が異端者なのかな。

「ナマエ、……好きだ」
「……うん」

 寂しさをなにかで埋めるように、身体を離したボーイは私の首元に唇を宛がい、嘆いた。
ふわふわの茶色の髪の毛に頬を埋めながら目を瞑って、だらりと垂れ下がった腕を持ち上げて私も唇を押し当てる。寂しい、離れたくない、求めている人が目の前にいるので寂しくてたまらない。

「ボーイは、甘くて良い香りがするね」
「血の話?」
「……特別な人の血は、さらに魅力的に感じるんだ」
「いたっ、」

 鼻腔を擽る甘い香りに目を伏せて血管が浮き出ている部分に牙を立て力を入れる。ぷつっと皮膚が裂け流れ出た血に舌を這わせれば甘味だけが口内を満たし胸の奥で眠っている吸血鬼の本能がむくむくと湧き出るが、相手がボーイなので私はすぐに口を離した。甘い、甘いはずなのに、しょっぱい。

「ボーイは、どうしたら良いんだろうね」
「それが分かったら苦労しないよ」
「……私は、上げる事も出来るよ。ただ、いなくなったら凄く嫌だ」
「…………ナマエは、ずるいよ」

 ボーイの顔は、笑っていたけれども泣きそうに歪んでいた。

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不完全燃焼。お父さんはオリキャラです。

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