弱虫ペダル
「隼人くん、悠人くんお帰り!」
「ああただいま名前」
「元気にしてた?」
一番上のお兄ちゃん隼人くんと、二番目のお兄ちゃん悠人くんの二人は私立箱根学園という頭の良い寮制のところにいるから滅多に家にいない。今日は珍しくお兄ちゃん達が所属している自転車競技部っていう部活もないから家に帰ってきてくれた。
玄関を開けたと同時に目の前に居た隼人くんに抱きつけばよしよしと大きな手で頭を撫でてくれる。
「名前少し身長伸びたか?」
「そうかなー?」
「ねえねえ名前ちゃん、後で髪の毛結わせてね」
「うん!」
垂れ目気味の目が少しだけ細められた。笑った顔そっくり。一方の私は、二人にほとんどと言って良いほど似ていない。目はお兄ちゃん達みたいに垂れていないし、唇も薄い、せめて唇だけでもぽってりと厚かったらセクシーだったかもなのに。
「名前はそのままが一番可愛いぜ?」
「隼人くんは自分がかっこいいからそう言えるんだよ……」
「まあまあ、元気出せよ。顔は仕方ないよ」
「悠人くん酷い」
二人共カッコイイからそうやってポジティブなんだよ。中学生にしては小さめな身長にあまり大きくない胸、未だに小学生と間違えられた時は泣きそうになった。
自己嫌悪に陥っていると、悠人くんが困ったように笑って私を抱き締める、うわあ悠人くん身体がかたくなってる。
「名前ちゃんももう少し成長したら大人っぽくなるよ」
「そうかなぁ?」
「うん。オレだって変わっただろ?」
ニッと笑った悠人くんを見つめる。確かに、足の筋肉が前に会った時よりもがっしりしてるし、顔立ちもなんだか違う。身長も伸びてる、それは、隼人くんも同じだけど。
「そっか、じゃあ大人になるまで待つね」
「おう」
悠人が笑ってくれた。遠目から見ていた隼人くんもずっと笑ってるし。いつまでも厳寒で立ち話もあれだから私達はリビングへと移動する。この日のためにお母さんに習って作っておいたクッキーを用意する間に二人は各自の部屋に行き荷物を纏めている。
「ふわぁ……腹減ったなー」
「クッキー焼いたの! 食べて」
先に降りてきたのは隼人くんだった。ラフな部屋着に着替えてリビングのソファに座り込む。私は慌ててクッキーをお皿に盛ると隼人くんの前に差し出す。多分二人共成長期だからいっぱい作らなきゃね、とお母さんが言っていたから本当にいっぱい作ったけど、食べてくれるかな。
「おぉ美味そうだな、これ名前が作ったのか?」
「お母さんと一緒だけど」
「お、クッキーじゃん! 名前ちゃんが?」
「母さんと一緒に作ったんだってよ」
同じ事を言ってる、と思わず笑えば二人は不思議そうな顔をする。私は「なんでもないよ」と言ってお茶を三人分置いて隼人くんと悠人くんの間に座り込む。しかし改めてみると凄い量だ、こんもり盛られたクッキーの山を見てると吐きそうになる。
しかし二人はそんな事気にせずクッキーを手にとって口に頬張る、私も同じように頬張る。
「……おぉ、おめさんお菓子作るの上手くなったな!」
「すっごく美味しい、お店に出せるじゃない?」
「えへへ、やった!」
嬉しい。そういえば昔から二人は私がどんな酷いものを作っても美味しいと言ってくれたなぁ、私が泣いたら二人で慰めてくれるしいつでも優しくしてくれる。なんて良いお兄ちゃんに恵まれたんだろう、友達に自慢したい。
結局数十分、他愛もない話をしているうちにこんもり盛られていたクッキーはあっと言う間に無くなった。吃驚。
「ふう美味かった。ごちそうさん」
「また作ってね名前ちゃん」
「うん、もちろん!」
お皿を片付けて、再び二人の間に座って暫くはテレビを観たり、学校のことを色々聞いたりした。
「んで靖友のやつ、後輩泣かせちまったんだよ」
「あぁ、あったねそんな事」
「そんなに怖いの? 靖友って人」
隼人くんの口から良く出る部活仲間の人は、寿一、尽八、靖人の人たちだ。どうやら同学年らしい、悠人くんからも色んな先輩のお話を聞かされるけどやっぱり聞いていて面白いのは隼人くんのお友達達だ。
「くくっ、どうだろうな。今度合わせてやるよ」
「そういえば、名前ちゃん学校はどこに行くか決めてるの?」
悠人くんが聞いてきた。今年受験生の私は、そろそろ学校を決めなければならない時期だ。隼人くんも悠人くんも私立へ行ったから私は公立へ行くと決めている。お母さん達は「お金のことは気にしなくて良いのよ」なんて言ってたけど隼人くん大学行くみたいだしあまり負担かけたくない。
「一応、公立のどっか行こうと思ってるの」
「……箱学は行かないの?」
「うん」
隼人くんも悠人くんも驚いた顔をした後、すぐに寂しそうな表情を見せた。多分お母さんから連絡が行っているのだろう。確かに二人のいる学校にも行きたいけど、仕方がない事だよね。というか私が入学する頃には隼人くんはいないけど。
「なあ名前、おめさんさえ良ければ」
「隼人くん、そんなことしないでね。私が自分で決めたんだから」
「……名前ちゃん」
お母さんから、隼人くんが部活を引退したらアルバイトをして私の援助の話しを聞いたときに全力で拒否しておいたのに。強めに言えば、悠人くんも隼人くんもなんとも言えない表情。面白い。
「……おめさんはほんとに出来すぎた妹だな」
「そうだね名前ちゃんはオレらには勿体無いよ」
「私はこれで満足だよ!」
笑顔で言えば、スッと二人の目が細められた。交互に見ていると、両肩にそれぞれの手が乗った。え、なに、と思った瞬間に両頬から柔らかい感触。二人にキスされた、と理解するのに時間は掛からなかった。
「え、えええええええ!? は、隼人くん悠人くんどうしたの!?」
「俺らもおめさんの兄で、おめさんが妹で満足ってことだよ」
「うん、可愛いし一緒にいると楽しいし、満足だよ」
満足。その言葉が嬉しくて思わず笑ってしまう。私も、二人の妹でとても満足だよ。
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新開兄弟の末っ子! 妹ちゃんは勝手に綾人(あやと)って名付けてます(笑
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