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弱虫ペダル

 いつも純粋で真っ直ぐで、好きなものの話になると目を輝かせる……私には眩しすぎるくらい真波くんは輝いている。

「苗字さん?」
「真波くん……」

 真波くんはクラスメイトで、同じ部活、そのため周りと比べたら私は結構彼とは仲が良い方だと思う。
よく一緒に部活に行ったり、家が同じ方向なので帰ったり……他の友達に比べたら私は真波くんと過ごす時間が多い気がする。

「どうしたの? 今日は部活休みだよ」

 にっこりと笑って真波くんは言葉を投げ掛ける。彼は既に自転車部のジャージに着替えていて、自転車に跨ろうとしていた。
部室に忘れ物をしたから取りにきたら、まさかここで会うとは思わなかった。

「私は、忘れ物したから取りに来たんだ」
「そうだったの? 俺はこれから山に登ろうと思ってさ」

 不思議そうな顔をしていたのがバレたのか、真波くんは私の心の中にあった疑問を汲み取って答えてくれた。
山、真波くんは山や坂道といったものが好きらしい、なんでも必死に登っていると生きているという実感が湧いてくるとか……体力がほぼ皆無な私にはとても理解し難い思考だ。

「そうなんだ、真波くん……本当に山が好きなんだね」
「うん! 俺大好きだ! 凄く綺麗で時に厳しくて、いつでも見守ってくれている感じとかさ! 山とか坂上ってるとき生きてるんだって実感できるんだ」

 もう何百回と聞いたことなのに全然飽きない。それほど私は真波くんの話が好きなんだ。
特に好きなものもやりたいこともなく箱学に入学してなんとなく自転車部に入った私にとって真波くんは眩しすぎるくらい輝いている人だ。

「真波くんは、凄いね」
「え?」
「好きなことに一生懸命で……私、特にやりたいこととか好きなものがないからそうやってキラキラした目で語る真波くんが新鮮だな」
「……」
「あ、ごめんね、邪魔しちゃって。明日も練習あるから無理しないでね、頑張って!」
「え、あ、苗字さん!」

 空気を悪くしちゃった、と思って私は急いで帰ろうとすると真波くんに腕を掴まれた。
思わず声を上げると真波くんは「あ、ごめんね」と言って掴んだ腕を離した。

「どうしたの?」
「いや……うーん……ちょっと歩かない?」
「でも、自転車は?」
「今日は苗字さんと散歩したいんだ」

 何気ない一言に思わず顔が熱くなった。特に断る理由もないから頷くと真波くんは嬉しそうに「じゃあ行こうか」と言ってヘルメットを外して私の手を握り締めた。

「ここ、自転車で走るのも気持ちいいけど、歩いていくのも新鮮だね」
「うん、そうだね」
「……苗字さんは、好きなものとかやりたいことがないとか言ってたけどさ」
「……?」
「それって別に悪いことじゃないよ、多分今は色々忙しいから自分のやりたいこととかが見つからないだけだよ」
「忙しい?」
「そうだよ、部活とか勉強とか……たまにはさ、リラックスしてちょっとこれ面白そうだな、と思ったものとかやってみれば? そしたらやりたいこととか見つかるかもよ!」
「リラックス……」
「そう、今もさ、ちょっと立ち止まって深呼吸とかしたりすれば、いつもとは違う自分が見えてくるかもよ」
「真波くん……」
「やってて楽しいこととか、気付かないうちに見つけてもうやってるかも知れないじゃん?」

 くすくす笑う真波くん、私も小さく笑って握られた手を握り返す。やりたいこと……そうだ、よくよく考えてみれば私は部活が終わって帰宅したら勉強くらいしかやってない、たまに本を読んだりするけど……たまにはパソコンとかやろうかな。
あ、あとお菓子とか作りたい……そうだ、私なんとなく自分や家族のお弁当を作っているけど、それがいつも楽しくて仕方が無い。

「私、料理とか結構好きかも知れない」
「料理?」
「うん。お弁当自分で作ってるんだけど……献立とか考えるの凄い楽しいんだよ!」
「……ふふ、ちゃんとやっていて楽しいことあるんだ」

 屈託のない真波くんの笑顔に思わず顔が熱くなるけど、全然居心地が悪いものではない。やっぱり、私は真波くんと話すのが好きみたいだ。

「真波くん、ありがとね」
「え、なにが?」
「私、真波くんのお陰でこれからやりたいこととか見つけられそう。これも全部真波くんのおかげだよ」
「あはは。なんか照れるな……」
「私も、真波くんみたいにいつかやりたいこと見つけてそれについて語れるかな?」
「……もちろん。すぐに出来るよ。その時は話し聞くからさ」
「ふふ、ありがとう」

 すぐには無理かもしれないけど、いつか見つけることが出来るかもしれない。そしたら、真っ先に君に聞いて欲しい、君に聞かせたい。
きっと、彼なら私の話を真剣に聞いてくれると思うから。そうだと信じたい。

「真波くん、ゴミ付いてるから目を閉じて?」
「え、嘘、ごめん苗字さん、取ってくれる?」
「もちろん」

 目を閉じながら屈んだ真波くんの肩に手を置いて、私は背伸びをし、彼の閉じられた瞼の上にキスをした。啄ばむくらい軽いキスだけど。一方なにをされたか分かった真波くんはぱっと目を開いてぽかんとした表情でこちらを見つめる。

「憧憬。……真波くんはいつまでも私の憧れの存在なんだよ」
「え、ええ?」
「散歩誘ってくれてありがとう。帰ろう?」
「う、うん」

 頭の整理ができてないのか真波くんは少しふらつきながらも私の手を握って歩き出す。
今はこれが、恋なのかは分からないけど、この気持ちは大切にしておきたい。握られた手を強く握る。
それから、キスする部位によって意味が違うということを理解した真波くんによって私のファーストキスが奪われるのはもう少し先の話。

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