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『雀ちゃん、僕卒業したら旅に出るから』
「え」

 持っていたポテチをぽろりと落とす。は、なんて言ったこの人? また変態発言が来ると思ったらいきなりの意味不明発言。旅? 旅って当てもなくフラフラすること? え、意味が分からないんだけど。

「禊くん、ついに頭おかしくなった?」
『正常だよ』『なんかさ、一生この町で暮らしていくのって嫌なんだよねぇ』
「はあ?」
『あてもなく色んな場所を行こうと思ってるんだ』

 なんとなく、禊くんらしいけど……、それってやっぱりおかしくない? だってついこの前ずっと一緒にいようねって言ってたのに。あ、この後に僕と一緒に来てくれない? という展開かなんだ心配して損したよー。

『だから、』
「うん」
『別れよっか』
「え?」

 プロポーズもどきの言葉が来ると思ったらあら吃驚お別れ発言。なに、禊くんにとってわたしはほんの遊び程度の存在だった? 旅と同じ天秤にも乗せて貰えないちゃちい女だったってこと? あんなにたくさん、しつこいくらいアプローチしてきたのに?

「禊くん、」
『僕なんかよりももっと良い人と幸せになってね』
「いや、です」
『一人で旅したいんだ、雀ちゃんはいらない』

 いらない、その言葉で目の前が真っ暗になった。いらない、わたしは、いらない女? この時点で何かが切れた、いらないなら必要と思われれば良い、なんて考えは億劫だ。だったら禊くんを一生わたしの元に縛り付けちゃえば良い。制服から鋏を取り出して禊くんに向ける。

『……雀ちゃん?』
「わたしは禊くんが好きです。だから、一生離しません。歩けないように足をもぎましょう、ついでに私以外のモノに触れられないように手を切りましょう、わたし以外を脳裏に焼き付けないようにたくさんわたしを見せた後に目を抉りましょう、それをやったらわたしの部屋にずっとずっと閉じ込めてあげます」
『雀ちゃ、』
「禊くん愛してますよ」

 これからずっと、一緒だよ。



『雀ちゃん、雀ちゃん!』
「んー……あれ、」

 わたしさっき禊くんの目玉を抉ろうとしてたのに、なんで健康体の禊くんがいるんだ? 覚醒してきた意識でもう一度考えれば、ここは我が家。そして自分のベッド、目の前にはパジャマ姿の禊くん。

『なんかぶつぶつ言ってたけど大丈夫?』
「なんか、夢見てた」

 ぱちぱち瞬きを繰り返して言葉を放てばホッとしたような禊くんの顔。この顔で、わたしはいらないと言われたんだ。夢でよかった、心の中で安堵のため息を零した。少しだけ冷や汗をかいてる、そこまで気になる程度ではないけど。

「禊くん、おはよう」
『おはよう。本当は王子様のキスで起こそうと思ったんだけど』『あんまりにもうなされてたから心配になっちゃったよ』
「せめて歯を磨いてからにして下さい」

 寝起き特有の口内ってあれだよね。でもキスはされたかったかも。言わないけど。身体を起こして禊くんを見ればニコッと笑ったままわたしを見つめる。良かった、本当に夢でよかった、のも束の間、禊くんは思い立ったように真顔になってゆっくり唇を開いた。

『あ、そうだ』『話があるんだ』
「……なんですか?」

 嫌な予感、なんだろう。どっと冷や汗が流れてきたのが分かった。ドキドキ高鳴る心臓が五月蝿い。きゅっと布団を握れば禊くんは視線をわたしから外してぽつぽつ言葉を放つ。

『卒業したらさ、』
「嫌です! 置いて行かないで!」
『え!?』

 旅に行く、雀ちゃんはいらない。その言葉がぶわっと溢れ出てしまってわたしは一気に涙が溢れ出た、禊くんの言葉を遮って抱き付きながら叫ぶと禊くんはきょとんとした顔をして首を傾げる。

「いらないなんて言わないで下さい! わたし禊くんがいないと生きていけないんです、旅に出るならわたしも連れていってくださいわたし絶対に貴方に迷惑だけは掛けないですお願いです禊くん、禊くんにとってわたしは遊び程度の女だったかも知れないけれどわたしにとっては初恋の人も初めての恋人も貴方なんです嫌です嫌です嫌です止めてください置いていかないでわたしはっ、貴方が大好きなんです……っ」
『雀ちゃん!』

 更に大きな声で叫んで、わたしの肩をガシリと掴む禊くん。完全に意識が飛んでいたから思わずビクリと身体を跳ねさせるとなんとも言えない複雑そうな表情をしている禊くんが居た。言葉が見つからなくて、唇を震わせて涙を流し続けていると禊くんはわたしを優しく抱き締めて頭を撫でる。

『落ち着いて、どうしていきなりそんなことを言うの?』
「だって、み、禊くんっ……夢で、わっわたしを、いらないって、」
『大丈夫、そんなのただの夢だから。僕はずっと雀ちゃんの傍にいるって言ったでしょ?』
「ふっ、く……」
『でも、旅に出るのは本当』

 彼の発言に目を見開く。嫌、とだけ小さく呟けば禊くんはそっとわたしから身体を離すと稀に見ない真剣な表情でわたしを見つめる。

『卒業したらだけどね。詳しい計画は立てていないんだ』
「……」
『でさ、卒業したら雀ちゃんも付いて来てくれないかな?』
「……え」

 意味が分からなくて、ただ呆然と彼を見つめていると照れ臭そうに禊くんは笑う。

『ずっと一人だったけど、初めて雀ちゃんと付き合って、これからずっと一緒にいたいと思ったんだ』『だから、君に付いてきて欲しい』
「ほ、本当、ですか?」
『うん。進学とかしたら旅に出るのは遅れるかも知れないけどね』
「先輩、進学するんですか?」
『一応、まあ就職も考えているけど』

 意外だ。ちゃんと未来設計も考えていたんだ。けど、さっきの言葉の意味を必死に理解してわたしはまた涙が溢れ出る。ギョッとした禊くんに、「違う。嬉しいの」とだけ言う。まさか、こんなことを言われるなんて思わなかった。嬉しすぎて死んでも良い。

「わたしは、禊くんと離れるつもりなんてないよ」
『……そっか。ありがとう』

 ほっとしたような禊くん。その顔が可愛くて思わずわたしは身を乗り出してキスをする。幸せだ。

『僕、過負荷なのにこんなに幸せで良いのかな』
「良いんじゃないですか? そろそろ幸せになっても」
『うん、そうだね』

 ふっと笑って、お互い見つめあいながらくすくす笑いあう。卒業までまだ時間はあるし、禊くんの進学後はどうなるか分からないけど何があってもわたしは彼の傍を離れるつもりはない。
 すると禊くんは、すっと立ち上がってわたしの腕を掴む、え? と思い顔を見ればキラキラした表情でとんでもない言葉を言い放った。

『よし、そうと決まれば婚姻届だ!』
「はい?」
『結婚しよう雀ちゃん!』
「はああああああああああ!?」

 今までの変態発言や、夢の中で言われた言葉よりも衝撃的過ぎて思わず大きな声が出た。鴎起きてないかな、平気か。ていうかなに結婚って? この人頭大丈夫?

『球磨川雀、良い響きだね!』
「いやいやいやおかしいですから!? 私達まだ学生ですよ!?」
『愛し合う二人なら当然でしょ?』
「明らかになんか普通じゃないんですが!」
『いいじゃない、そんなこと』「……僕は君と結婚したいな」

 括弧外された、思わず言葉に詰まってしまう。そ、そんなこと言われたら上手い具合にほだされてしまうではないか……!

「で、でもやはり結婚は学校を卒業したらにしましょう!」
『えー?』
「ね、ね? 暫くはラブラブ学生生活送りましょう?」
『うーん……まあ雀ちゃんがそう言うなら』

 良かった。危なかった。けどいざ結婚となるとめだかとか鴎とかどんな反応するんだろうなぁ、結婚式とか挙げるのかなやっぱり。子どもは最低二人欲しいな、可愛い男の子と女の子。思い描く未来予想図にニヤついていると、禊くんがわたしの唇にキスをして笑顔で言った。

『雀ちゃん、これからずっと宜しくね』「大好き」
「……うん。大好き」



 結局禊くんは、就職の募集も受けた受験校全て落ちて卒業後はすぐに旅に出る決意をしたらしい。ここまで来るとなにも言えない。卒業したと同時にどこから用意したのか、御丁寧に結婚指輪まで貰いました、そして旅に出る前日に婚姻届を提出。みんなに言ったらぶつぶつ言われつつも祝福してくれて、ささやかな結婚式まで挙げた。今となっても鮮明に思い浮かぶ。数年後、居なくなってしまった安心院さん聖誕祭をやると従兄の鴎から連絡が来た。

「禊ー、安心院さん聖誕祭やるって言うけど、行くの?」
『行きたいのは山々だけど、雀を一人にさせておけないから良いや』
「でも、」
『良いんだよ。多分この選択の方が僕らしい』
「……」
『雀、僕は別にこの選択に未練は無いよ。正直君だけが居てくれれば他はどうでも良い』
「言葉はカッコイイのに、さり気なく胸を触るな」

 童顔だった禊は、すっかり男らしい顔つきや身体になってしまったけど、相変わらず変態度は変わらない。そこも彼の良いところだけど、すっかりこの変態度にも慣れてしまったよ。

『ね? 雀は、今は自分の身体を大事にして』『子どものことは言ってあるんでしょう?』
「うん、鴎も喜んでたよ」
『顔を見せに行かないとね、出産した後になっちゃうけど』
「美人になっためだかとか見て浮気しないでね?」

 愛おしそうにお腹を撫でる禊に皮肉を込めて言えば苦笑された。結婚して、苗字が鶴喰から球磨川になって数年、愛おしい禊との間に子どもが出来たと分かったのは数ヶ月前、とんとん拍子に良いことが起きて幸せでたまらない。お世話になった安心院さん聖誕祭にいけないのは残念だけど、今はこの人との子どものことだけを考えよう。そして産まれたら、高校時代お世話になった人たちに会いに行こう。まだまだわたし達の生活は落ち着きそうにないかも。

「雀、大好き」
「ん、ってだから胸触るな!」

 近くに置いてあった鋏を投げつければ、禊の断末魔。これからもずっとこうして変わらない毎日を送っていくんだろう、それまでに彼の変態具合は治ると、多分無理だな。

「変態な旦那さん、大好きですよ」

 これからも宜しくね。

END




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