風引き注意報
「僕の名前を知ってるか〜い審判小僧というんだよ〜」
御機嫌よく審判小僧が歌ってレールで移動していると、目の前でふらふらと飛んでいるリヴがいた。
「あ、リヴ」
「……」
「?」
審判小僧がパァッと顔を明るくして彼女に声をかけたけど、リヴは俯いたまま彼の言葉に反応しなかった。
レールがガタガタと動いている、浮遊している彼女にぶつかる寸前だった。
「うっ」
「リヴ!?」
ぶつかろうとした瞬間に、リヴは操られた糸が切れたようにその場で床に吸い込まれるように落ちそうになったが、ぎりぎりで審判小僧がそれを受け止めた。
「リヴ……? うわっ……!?」
ぐったりと審判小僧に寄りかかるリヴ、審判小僧は彼女の異変に気付いたのか、なんとか体制を立て直して彼女の額に手を当てる。
「熱があるじゃないか!」
審判小僧は慌ててリヴを部屋に連れて行った。
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「う〜……」
「三十八度五分。完全に風邪だね」
数字を読み上げた審判小僧は体温計を振ってテーブルの上に置く。
目の前には苦しそうに呻いているリヴがいた、頬は熱で赤くなり苦しそうに呼吸を繰り返している。
「リヴ、大丈夫?」
「はぁ…………ふらふらする……」
「そりゃあこんだけ熱があればねぇ……朝何か食べた?」
「食べた……けど、殆ど残しちゃった……」
「シェフに怒られなかった?」
「私の顔見て、ご飯食べたらすぐに寝ろって……」
「なるほどねぇ……。キャサリンを呼んでくるからちょっと待っててな……!」
そう言って審判小僧が立ち上がろうとすると、キュッと服を掴まれた感触がした。
「リヴ?」
「行かないで……一人、イヤだ」
苦しそうに呼吸を荒くして、体を横にして訴えるリヴ。
目がトロンとしていて本当に具合が悪そうだった。
「……で、でも薬貰わなきゃいけないから! ね?」
「〜っ」
ゆるゆると首を横に動かすリヴ。
審判小僧はその言動や仕草にキュンキュンしている。
「リヴ……いい子だから、ちょっと我慢してね?」
「や、だぁ」
「(か、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い)……ね? リヴ」
審判小僧は優しい声色で熱くなっているリヴの頬に触れながら問い掛ける。リヴは不安げな表情になりながらも声を絞り出した。
「すぐ、帰ってくる……?」
「うん、帰ってくるよ」
「うぅ……分かった……」
「ん。いい子」
##
(審判小僧視点)
「え? キャサリン出張中!?」
「ヒッヒッヒッヒ……そうみたいですね、長期出張らしいですよ」
部屋にキャサリンがいなかったから廊下を徘徊していたグレゴリーに聞いてみたら、なんと出張中だったらしい。
「じゃあどうすれば良いんだ?」
「リヴが風邪を引いたのですか?」
「ああ」
「朝から調子が悪かったみたいですからねぇ……風邪薬医務室から貰ってくればいいと思いますよ」
「そうして見るよ」
「ただいま〜……疲れた……」
グレゴリーハウスの扉から出てきたのはリヴの父親であるリヴァルが出てきた、凄い疲れきった顔をしている。
「お帰りなさい様お客様」
「おいおいグレゴリー、いまさらそんな言い方やめろよ気持ち悪い」
「ヒッヒッヒッヒ……」
「おかえりリヴァル」
「ああ審判小僧、ただいま。ところでリヴは?」
その言葉にドキリとした、いや父親が娘のことを聞くのは当たり前だけど、この人はちょっと異常だ、親馬鹿すぎて困る。
「えーと……風邪、引いたみたいで……今寝込んでる」
「高熱みたいですからねぇ……ヒッヒッヒッヒ」
「な、んだと……!?」
リヴァルの表情が見る見る青ざめていくのが分かる、ああ……言わないほうが良かったか?
「大変だ! すぐに看病しなきゃ! 待ってろリヴウウウウウウウ!」
「うあああああああああ! リヴァル待てええええええ!」
般若すら逃げ出す勢いをしたリヴァルはそのオーラを纏ったままリヴの部屋に行こうとしたのを僕は必死で止めた。
「何をするんだ小僧! 離せ! 俺の娘がああああああああ!」
「お前が行くと余計風邪が悪化するだろ!」
「なんでだ!? 俺は父親だぞ! 家族が一番安心するだろう!」
「あんたがいると五月蝿くてリヴが眠れませんよ。しまいには「お父さん五月蝿いから嫌い」。と言われるかも知れませんね」
「え」
グレゴリーの一言が聞いたのか、リヴァルが急に大人しくなった。
「うっうぅ……審判小僧……娘に手を出したらどうなるか分かっているよな……!?」
「わ、分かってるよ! じゃあ僕もう行くからね!」
僕は逃げるようにその場を後にした。
「全く、親馬鹿も良い所だよ……」
医務室から拝借した薬を持って僕はリヴの部屋へと向かう。
「し……ぱ、ん……」
「ん?」
「し、んぱーん……どこ……?」
「うわっ! リヴ!?」
顔を真っ赤にさせて苦しそうなリヴが少しだけ枯れた声を出して僕の名前を呼びながら廊下をふらふらと歩いている。
いやいやいや、なんか頭からシーツ被って薄暗い廊下歩いてるからちょっと怖いんだけど!?
「リヴ! 何してるの!」
僕はダッシュで彼女の元へと向かう、僕に気付いたリヴ#は顔をパァッと明るくさせてふらふらと僕に抱きついて来た(倒れてきた)?
「あ〜…………しんぱん、みっけ〜……」
「みっけ〜。じゃないよ……どうして部屋から出たんだ? (うわぁっ……熱悪化してるよ……)」
ふにゃりと笑うリヴの額に手をやると、案の定熱は更に上がっているように感じる。
冷静保ってるけど内心凄いドキドキ言ってます。
「起きたら審判小僧いなくて、さみしくて、……お願い、どこにも行かないで……」
「〜〜〜〜〜っ!?」
熱のせいか意識が薄いのか、リヴは僕の後ろ服をキュッと握って呟くように言った。
その言葉に僕の顔はまっかっか、体全体が熱くなってきた、いや普通なるでしょ。
普段こんな事言う子ではないもん、可愛い。いやいつも可愛いけど。
「リヴ、部屋に戻ろう?」
「しんぱん、どこにも行かない?」
「行かないよ、ずっと傍にいるから」
これからも、という意味合いも含めて言うと、リヴは僕の胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。
僕は彼女を抱き上げるとそのまま部屋へと連れ戻す。苦しいのか呼吸を荒くして涙を流している。
「リヴ、ずっと起きてたの?」
「ん……起きたらしんぱんいなくて、寂しくなって、外出た」
なんかちょっと意味が分からないけど、寝てたんだ。
「薬飲む前に、何か食べようか」
「なにも食べたくない……」
「ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ。なにか食べたいものある?」
「……血」
「え?」
「血なら、飲める」
とろんとした目で血を要求してくるリヴ、ああやっぱり吸血鬼なんだと実感する。
「……分かった、飲みすぎないでね? 僕死ぬから」
「ん」
指を差し出してリヴの口元に持っていく。
「っ」
チクリとした痛みが襲った、痛みを堪えながら彼女を見ると、少量だが血をゆっくり飲んでいるのが分かる。
「……ありがと」
「ん、大丈夫?」
「だ、いじょぶ……」
喋るのも辛そうだったから、薬を飲ませて冷えピタを張り替える。
「しんぱん、ねむい……」
「うん、寝た方がいいよ。寝なきゃ直らないよ?」
「やだ……」
「え!? なんで?」
「……どこか行っちゃうでしょ……」
「……」
眠たそうに瞼を閉じたり開いたりしながらリヴは呟く。
苦しそうにしている彼女でさえ愛おしく思えてしまう、反則だろこの子。
マジでリヴを育ててくれたリヴァルと奥さん有難う御座います。
「どこにも行かないよ、絶対」
「……」
「ほんと」
布団の中に手を伸ばして、熱を帯びた手を握り締める。
彼女も弱々しく手を握り返してきた。
「ぜったい、行かないでね……」
「うん」
ニッと笑みを浮かべると、彼女は安心したのか吸い込まれるように眠りに落ちていった。
「……はぁ……体に悪い……」
人って病気になるとこんなに変わるものなのか。いや人じゃないけど。
まあ病気とかになると人が恋しくなるのは分かるけど……。
毎日こんな調子だったら僕体絶対に持たないなあ。
色んな意味で。