歯痒い想い
もし、もし僕が……君よりも背が高かったら。
もし、もし僕が……君と近い歳だったら。
もし、もし僕が……君よりも力が強くて、大きかったら。
もし、もっと早く……。
「うわあああああああああ!」
「待ってよリヴ〜! 遊んで〜!」
キャサリンおばさんから貰った、大きい注射器を持った僕は、死に物狂いで逃げ回っているリヴを追いかける。
「そんな危ないもの持ってる奴と遊べるか! 他の人のところ行け!」
「僕はリヴがいいの!」
「私はよくねええええええええ!」
リヴは面白い、空だって飛べるし何か色んな人の血を吸ったりもする。
それに絶対に言わないけど、可愛いと思う。
絶対に言わないけどね!
「ねえ遊んで〜!」
「遊んでやるのは別にいーがその注射器をしまえええええええ!」
ホテル内のエリアを全力疾走中、色んな人が困った表情をしている、僕はそういう顔を見るのが好きなんだ。
視線をリヴに戻すといつの間にか空を飛んでいた、うわあやっぱり凄い!
「リヴ、僕も空飛びたい!」
「その注射を置いてからにしろ! 話はそれからだああああああああ!」
「ね〜え、リヴ〜!」
「ああああああああ! っうあ!?」
「あ」
試しに注射器をブンッと投げてみたら、注射器はリヴの体に激突した、物凄い音と共にリヴはドサッとその場に倒れた。
「……」
「……リヴ?」
おそるおそるリヴに近付く。リヴはピクリともしない、気絶してるのかな? ゆさゆさと体を揺すっても起きる気配がない。
「リヴ? ねえ、リヴ!」
「……う」
「リヴ!」
「……血……」
「え? ち?」
苦しそうにしているリヴ、どうしよう……試しにリヴを持ち上げようとしても、全然持ち上がらない。
「ど、どうしよう……!」
「お、ジェームスじゃないか。どうしたんだい?」
「審判のおじちゃん!」
物音を聞きつけたのか、審判のおじちゃんが顔を覗かせてこちらへ向かって来た。
審判のおじちゃんがリヴを見た瞬間にビックリした顔になった。
「えぇっ!? リヴじゃないか! ジェームス、何をしたんだい!?」
「えっ、遊んで貰おうと思って……注射器投げたら……いだっ!?」
「全く、危ないだろ!? もし針が当たってたらどうするんだい?」
「……だって……リヴが遊んでくれなかったから……」
「こんな危ないものを持っていたら逃げ回るに決まってるだろ」
「……」
「ジェームスはリヴが死んだらイヤだろ?」
「……うん……」
「今度から気をつけろよ?」
「……はぁい……」
審判のおじちゃんに叩かれた頭を擦りながら、僕は口を尖らせる。
審判のおじちゃんは、リヴの体を持ち上げると、何かを話しかけている。
「リヴ、大丈夫かい?」
「あー……審判?」
「顔色が悪いようだね、貧血かい?」
「力、使いすぎたみたい…………元々、足りなかったから……血」
「リヴ……」
「あ、ジェームス……注射器の破片とか、飛ばなかった……?」
「……うん」
「良かったぁ……」
ふにゃりとリヴが笑う。
なんで、僕がやったことなのに怒らないんだろう……。
それよりも、もっとモヤモヤする、だって審判のおじちゃん軽々とリヴを持ち上げてるんだもん。
「リヴ、僕の血、少し吸っていいよ。少しは楽になるだろう?」
「そう、する」
「だったら、僕の血でも平気でしょ!?」
「ダメだ」
「なんで!?」
「ジェームスはまだ子供だ、少し吸っただけで致死量になるかも知れないだろう」
「っ……」
「ほらリヴ」
審判のおじちゃんが腕を捲くって差し出す、リヴはその腕に噛みつき、静かにその血を飲んでいる。
「……」
思わず服をギュッと掴む。なんだか色々悔しくて、鼻の奥がツンとしてくる。
「ぷはっ……ありがと」
「動いちゃダメだよ? このままキャサリンのところへ行こう」
「っ!」
ひょい、と軽々リヴを持ち上げた審判のおじちゃん、僕が出来なかったことを当たり前の用にやった。
「〜〜〜っ……!」
「ほら、行くよジェームス」
「……っ、うん」
僕は泣きそうになるのを、必死で我慢した。
#
「これで大丈夫よ〜、今日一日安静にしてなさいね〜」
「ありがと、キャサリン」
「じゃあ何かあったら呼んでね〜」
キャサリンおばさんが部屋から出て行く、僕は何も言えずにいた。
「……リヴ」
「ん? どうしたのジェームス」
「えっと……ごめんなさい……僕……」
「……」
「リヴ、僕は特訓があるから部屋に戻るね?」
「あ、ありがとう審判小僧、ごめんねここまで運んでもらっちゃって」
「構わないよ、ああそうだ。ジェームスを怒らないでやってくれな?」
そういい残して、審判のおじちゃんは部屋から出て行った。
「……リヴ……えっと……」
「全く、ジェームス……悪戯も程ほどにね?」
「! う、うん、分かった……」
ニコッとリヴが笑ったから、僕も釣られて笑い返す。
「審判小僧にも悪いことしちゃったなぁ……特訓とかあったはずなのに」
「僕だって、リヴくらい連れて行くこと出来たもん」
「えー?」
「本当だよ! 僕力持ちだもん!」
「はいはい、そうだね」
「むー……」
笑いながらリヴは僕の頭を撫でる、なんで子供扱いするかなぁ……。
「リヴ、僕子供じゃないんだよ?」
「私から見たらまだまだ子供だと思うけどなぁ」
「そんなことないもん!」
「ふふ、ごめん。からかいすぎたね」
「……」
多分、リヴにとって僕は弟みたいな存在なんだろう。
一緒にいても仲のいい姉弟みたいとしか言われない。
決して言われない恋人みたいな関係。
どんなに背伸びしても叶うことのない関係。
「……リヴ」
「ん?」
「…………す、き」
「私もジェームスが好きだよ?」
「……」
「?」
僕は本気で言ったのに、リヴは軽く笑って、恥ずかしがりもせずに言った。
審判のおじちゃんが言った時は、物凄く顔を真っ赤にしてアタフタしてたのに。
「僕だって一人の男の子だよ! ここは顔を真っ赤にしなきゃ」
「ええ〜?」
グッと背伸びをする、だけど全然届かなくて、審判のおじちゃんみたいにギュッとリヴを抱き締めたいのに。
なんで、
なんで僕はこんなに遅くに生まれてきちゃったんだろう、神様は酷いよ。意地悪だ。
「……ねえ、リヴ……」
「どうしたの?」
「僕が、僕が……もし、もっと早くに……」
「ジェームス?」
「……っ、やっぱり何でもない! 元気になったら遊んでよ!? ばいばい!」
「あ、ちょっとジェームス!」
僕は勢いでそのまま部屋を出た。
誰もいない廊下で、僕は涙を堪えながら呟いた。
タイトル:.塵が積もって塵の山様