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GHS
彼女の唇の味
「リヴ」

 昼休み、他の連中はお弁当を広げたり購買へ走って行ったり、慌ただしくも見慣れている日常を横目に僕は黒い髪を靡かせる彼女の名前を零した。

「ん、っ!?」

 ふわり、リヴの髪が靡いて甘い香りが漂った。彼女が振り返ると同時にか細い腕を掴み上げて僕は黙って彼女の柔らかい唇に自分の唇を押し当てた。
薄く目を開いて彼女の姿を窺うと、驚いて見開いた赤い瞳とバッチリ視線が重なった。

「ふふ、ごちそうさま」

 押し当てた唇をゆっくり離して、さっきまで重なっていた彼女の口唇を舌でなぞって笑いかける。
案の定いきなりの行いに彼女はお怒りなのか顔を真っ赤にして僕を上目遣いで睨み上げた。

「審判、不意打ちは止めてって言ったでしょ!」
「キスするよ、って言ったらしていーの?」
「う、まあ時と場合によっては構わないけれど……」
「じゃあ、またキスしてもいーかな?」

 ズイ、と彼女の腰に手を回して唇を近づけようとすると、彼女は両手で僕の頬を押さえつけて力いっぱい押し返す。

「いやいや、ここ学校だから!」
「誰も見てないから大丈夫だよ」

 確信はないけれども、と小さく付け足すと彼女のデコピンが額に当たった。ひりひり痛む額を擦り、僕は口を尖らせた。

「リヴ、血飲んだね?」

 吸血鬼の血を半分受け継ぐリヴは、一日一回は誰かの血を貰っている。ほぼ毎回僕の血を分け与えているのだけれど、血にも人それぞれの味があるのか彼女はごくたまに他の人の血を貰っているそうだ。味自体では僕よりも、同じクラスのボーイと、彼女の親友ガールの血が少し上らしい。
 さあ今日も彼女に吸血されるか、なんて思っていた矢先にキスをした彼女の口からは鉄を薄めたような味が僕の口内を侵食していった。それはつまり、僕以外の誰かから血を貰っていたということになるわけだ。
それと同時に、昼前にはあまり血を吸わないから彼女の口の味は彼女特有の甘さになっているはずなのに今日はなっていないことにも不満があった。

「うん。昼休みまで我慢しようと思ってたんだけど体育で力使っちゃって」

 ガールの貰っちゃった、とニッコリ笑顔で言う僕の彼女はとても可愛らしく愛らしい、正直透明なガラスケースに一生閉じ込めておきたい。まあそんなことをしたら彼女の父親に殺される、あ、その前に彼女に抵抗されて死ぬな。

「僕を呼んでくれれば良かったのに」
「ごめんね?」
「まあ、別に良いけどさ」

 どうも僕は彼女の上目遣い越しの謝罪に弱い。惚れた弱みという奴か。モヤモヤする気持ちを抑えるべく髪の毛をぐしゃりと乱して、ため息越しに言葉を洩らす。

「リヴの唇って最近、鉄の味がするよね」
「え?」
「お昼前は、血なんか飲まないのに……」
「あー、そうだね。最近は午前中のうちに血を飲むことが多いかも」
「うーん……僕のタイミングが悪いのか」

 たいてい昼前にキスをすれば彼女の唇は甘い味がしたり、たまに飲んでいた飲み物や食べ物の味が僕の口内を満たしてくれるが、最近はどうもキスをするタイミングが悪いのか他者の血の味っぽい鉄が僕の口内に満たされる。不満だ、実に不満だ。

「ま、仕方ないよね……吸血鬼と付き合っている以上は」

 申し訳なさそうに笑う彼女の頬に唇を落とした。特に意味はないけれど、なんとなくリヴの顔を見ているとキスしたくなってしまう。
参ったな……今日も昼休み以降あと数十回はキスをしたいが鉄の味はイヤだ。とりあえずお弁当を食べ終わった後、彼女が輸血パックを飲む前にキスをして……その後はどうしようかな。

「じゃー、リヴはお弁当食べ終わった後にこれ舐めてて」

 パーカーのポケットから取り出したのは、イチゴ味の飴玉だった。さっきボーイから貰った、カラフルな袋に包まれたそれを手渡した。
一瞬きょとんとしたリヴだったけど、すぐに僕の心情を察したのかすぐにふはっ、と破顔一笑して僕の手を握り締めた。

「ありがとー。明日は別の味の飴玉舐めてるね」
「ふふ、宜しく、んっ……!」

 彼女の言葉に笑みを零すと、不意に頬を押さえられて甘い香りがした。それは、彼女の唇ではないことは分かるけど、その甘さが鼻腔を通っていき、唇からは鉄の味が口内を満たしていった。同時に訪れた匂いに思わず目を細めるとあっと言う間にその匂いは離れた。
その代わり、真っ赤に笑う彼女が視界を満たす。

「……不意打ち、悪くないかも」

 ポツリと洩らすと、リヴはビックリしたような表情になった後に。

「もうやらないよ」

 そう言って僕の額にパチン、とデコピンをかました。
そうだ、飴を舐めてもらう前に、オレンジジュースを飲んでもらおう。そう思って僕は財布を握り締めて頬に熱を帯びさせる彼女を購買へと誘導した。

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