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GHS
透明な隔て
「眼帯にかえようかなぁ……」

 大きな前進を写す姿見に向かって、思わず独り言を呟く。
右目の視力を抑えるために、毎日まいにち包帯を巻き変えているが何となく味気ない。

「ま、良いか。ボーイ達のところ行こ……のあっ!?」

 姿見を放っておいて、立ち上がろうとした瞬間に姿見から腕が伸びて私の体は姿見もとい鏡へと吸い込まれた。
短く悲鳴を上げたと同時に、後ろから何かにギュッと抱き付かれる。
ゆっくりと顔をあげると、そこには整った顔立ちを意地悪く歪めた男性がいた。

「よお久しぶりだなリヴ!」
「う……ミラーさん……?」

 鏡の世界に住んでいて、迷い込んだ人に真実を見せると言われている鏡の世界の住人。
海賊と貴族を混ぜたような格好をしており顔の半分を何かで覆っているのに関わらず、茶目っ気たっぷりの笑顔がカッコ良くもあり可愛らしい。
そして血も結構美味しい。

「何度この時を待ったことか……」
「え? どういう事ですか…?」
「お前最近姿見みねーだろ? あれじゃないと中々こっちの世界に引っ張れねーし……とにかくこの感触を味わいたかったんだよばーか」
「(えええええ……?)」
「〜♪〜〜♪」

 ぎゅうっと力をこめて抱き付いてくると思えば私の髪の毛を鼻歌交じりに梳いたり弄ったり、頬を指で突いたりしてくる。
一方私は上機嫌なミラーさんにできることはなくただ黙ってされるがままになっている。

「あーやっぱ落ち着くわ。審判たちが狙う理由がマジで理解出来る」
「あの、ミラーさん……恥ずかしいんですけど」
「うるせー。お前に嫌がる権利はないの」
「ええええ……それって無茶苦茶じゃ」
「ほら、俺のやるから」
「……」

 体の向きを変えられたと思えば、ミラーさんは迷わずに首筋を私に差し出してきた。
意味が分からないまま彼の目を見れば、彼はにこっと笑顔を向ける。

「等価交換、いい響きだろ?」
「あいにく、今はお腹いっぱいです」
「なんだよつまんねーの」

 今は本当にお腹がいっぱいなのでミラーさんの血の香りもあまりそそられない、素直にそう言ったらミラーさんは不服そうに唇を尖らせる。

「お前が腹いっぱいなんて珍しいな」
「シェフが鉄分たっぷりの料理を作ってくれたうえにガールが珍しく血をくれたんです。これで数日は持ちます」
「ふうん……? お前さ、あまり誰これ構わず血飲ませてもらったりすんなよなー」
「え」

 頬をゆっくりと撫でるミラーさんを見つめながら話を聞いているときに、いきなり変なことを言われて思わず言葉がこぼれた。
理解できていない私をしり目に、ミラーさんはぐっと顔を近づけてゆっくりと唇を指でなぞる。

「お前は知らないと思うけど、血を吸われた相手は性的快感与えられるんだぜ? 生殺しもいいところだ」
「そ、そう言われましても……本来相手を誘惑するために存在するのでね、吸血鬼って」

 だからあまり相手の血を長時間吸わないように気を付けていたんだけどなぁ……やっぱり与えちゃうんだ。ガールも顔真っ赤にしてたし、この前ボーイのも飲ませてもらったけどなんか苦しそうにしてたなぁ。

「ってなんだ、お前知ってたのか」
「父親がそうなんですから多少の知識はありますよ」
「ああリヴァルか……俺は元々血が多いほうだから吸うのは構わないが、野郎に血を吸われるのはいけ好かねぇ」
「あはは、そういえば父さんは私が来る前よりずっと前から住んでるんですよね」
「まあな、あの頃は今よりもリヴァルはすっげー血気盛んだったからすぐに貧血で倒れてばっかりだったし」
「(父さん……)」

 安易に想像できて苦笑してしまう、確かに昔の父さんは凄い元気だったってずっとずっと昔に母さんが言っていたなぁ……。

「で、俺がよく鏡の中に引きずり込んで血を分けてやったりしてたんだ」
「その節はご迷惑を……」
「まさかあんな奴にお前みたいな可愛い娘がいるとは思わなかったしなぁ……。ほんと父親そっくりだよな。あ、でも目は母親なのか?」
「そうらしいですけどね。中身も母さん似だって父さんよく言ってます」
「そーかそーか。ま、リヴァルが溺愛する理由も審判やボーイ、シェフが狙う分かるわ」
「そうですかね……? 私自身全然分からないんですけど」
「無自覚な美少女ってもったいないぞ。もっと自分に自信持て。俺が褒めてんだからな!」
「ありがとーございます」

 頭をぐしゃぐしゃっとかき回されて私は半苦笑気味にミラーさんの言葉に耳を傾ける。

「で、お前はもっと姿見とか鏡見ろ」
「ん? なんでですか……?」
「俺と話せないだろ、鏡の向こうからのお前はいっつも色んな忙しなく見てて全然目があわねーじゃん」
「……」
「俺はもっとお前と会って話したいんだよ、ただでさえ向こうの世界にはほとんど行けないのに」
「うー……ごめんなさい」

 確かに最近はあまり鏡を見なくなったなぁ、髪もガールが弄りたいって言ってるから弄らせてるし。
日常生活では一回でも見るはずなのに、ということは見ていてもそれはほんの一瞬なんだろうなぁ。

「リヴ。……一日一回でもいいから鏡を見て、俺と会話しろ」

 悶々と考えていると、切なそうに呟いた言葉と共にミラーさんに腕を引かれて彼の鎖骨付近にぽすんと倒れこむ。
そのまま背中に手を回されてゆっくり叩かれる、それが心地よくて黙ってミラーさんの体に体重を預ける。

「ミラーさんに抱きしめられてると、なんか落ち着きます」
「ん、そうか」
「お父さん? ていうか……お兄ちゃんみたいです」
「……は?」

 言葉を紡ぎ終わったと同時に、ミラーさんはなんだかすごく間抜けな声を出して私との距離を遠ざける。
状況が理解できない私は小首を傾げると、ミラーさんはきょとんとした顔になったかと思えば。

「そうか……まだそんな段階か……くそっ……」
「あの、私なにか失言を?」

 悔しそうに自分の髪をぐしゃぐしゃとかき乱す、なんだか不安になって尋ねるとミラーさんは。

「なんでもねー……ほら寝ちまえ。もう向こうでは夜だぞ」

 そう言って私の頭を自分の方に引き寄せると背中を一定のリズムで叩いてくる。

「……?」

 意味が分からないまま、ミラーさんに寄りかかる、そうするとなぜか不思議と眠気が襲ってきて私はゆっくりと瞼を下していく。

「(くそっ……普通の鏡越しなら会えるのに、心の壁は未だに破れねーのか……!)」
「んー……おにい、ちゃ……」
「……」

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