「ねぇ、どうしてこっち向いてくれないの?」

背中から拗ねた空気を滲ませる彼女に俺はそう声をかけた。
このところ仕事が忙しくて家を空けることも多かったせいでなかなか彼女を構う時間をとれなかったからこそ、仕事が一段落した今日こそ思い切り甘やかしてやろう。そう俺は思っていたのに、どうやらうちのお姫様はすっかりご機嫌斜めらしい。
俺が帰って来てもソファの端でぎゅっとクッションを抱きしめ背中を向け続ける彼女の様子に思わず溜息が漏れる。けれどやや緊張を走らせながらも無防備にこちらに晒された背中に俺は小さく笑みを浮かべ、そのまま彼女の方へと身を乗り出すとその腰に腕を回した。

「っ…!やだ、離してよっ」

ようやく開かれた彼女の口が紡ぐのはそんなつれない言葉で、俺は内心で二度目の溜息をつきつつも折角触れられた彼女の身体を解放してやる気なんかさらさらなくて、

「なに言ってるの、久しぶりにきみと一緒にいられるっていうのに離れたりするわけないでしょ」

大して甘さを含ませたわけでもないこんな言葉にも顔を真っ赤に染め上げる彼女はやっぱりどうしようもないほど可愛くて、俺は鼻先に晒された彼女の赤く火照る耳殻にちゅっと唇を寄せた。

「ちょっと、やだよ臨也、ばか……っ!」

久しぶりの感触だからか、いつもよりもやや大きな反応をみせる彼女の言葉を封じるように、今度は顔同士を近づけて甘いその唇に奪うようなキスを贈る。
ひどい中毒性をもった彼女の甘さを思う存分堪能して、彼女が息苦しさから眉間に皺を刻んだところでやっと解放してやれば、しばらく彼女は酸素を求めて荒く鼓動を跳ねさせて、俺もその間は抱きしめていた腕の力を緩めてそれを見守るだけに行動を留める。
すると呼吸を落ち着けた頃、彼女は俺にきっ、と強く視線を向けてきて、

「臨也の馬鹿っ!なんでいきなりこんなことするの…、」

尻窄みになる言葉は淡く切なさを覗かせだして、ぎゅっと肩を張った彼女は再び顔をそらしてしまう。けれどその背中はまるで彼女の内心を代弁するかのような空気を纏っていて、俺はひしひしと伝わるその感情に思わず小さく笑いを零してしまう。
すると彼女はぴくりと身体を震わせ一瞬こちらを振り返るかのような素振りを見せたもののすぐに思い直したようにそれを止めてしまう。
どこまでも天邪鬼で恥ずかしがりなその反応が俺には堪らなく可愛く思えて、

「ごめんごめん、別に変な意味で笑ったんじゃないからさ…だからほら、ちゃんと俺の方見てよ?」

じゃないと俺、寂しくて死んじゃう

ちょっとふざけすぎかと思わないでもなかったけれど、放った言葉に彼女がどんな反応を見せるかと伺っていれば、

「…ば、ばかじゃないのっ?別に私、臨也に言われたから振り向いたわけじゃないからね、私はただ…」

「ねぇ」

赤い顔で照れ隠しのように重ねられる言葉を俺があえていつもより低めた声で押し止めれば、勢いを削がれた彼女の息を詰める表情が目に入る。俺はそうして隙をみせた彼女の耳許まで唇を寄せると、勢いと一緒に抵抗心までも削がれたらしい彼女に声を落とす。

「あんまり素直になれないようだと、後でひどいよ?」

甘さを含ませたその囁きに一瞬遅れて顔を真っ赤にした彼女が俯きがちに呟いた幾度目かの“ばか、”の一言はとびきり可愛く響いたから見逃してあげるとして。

「いい子だね、最初からそうしていればいいのに」

本当は素直になれない彼女を追い込んでいくのが最高に楽しいんだけどね。

内に留めた言葉の続きに俺はゆっくり唇を吊り上げ、まるで狼を前にしたウサギのように大人しくなった彼女の唇を、改めてそっと塞いだ。



きみのどこが好きか?
勿論全部好き…だけど、
今きみにあえてひとつを
選んで教えるなら…
そうだね、







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