仰向けに寝た瞳の上に光が乗る。先程までは真っ暗だった瞼の裏が、今では柔らかいオレンジ色のようなものを映し出している。それがカーテンの隙間から差し込む朝の光だということに気付くのに時間はかからなかった。
ゆっくりと目を開けると自分の顔の上だけ明るい光に包まれていた。カーテンの隙間から漏れる光の道を辿っていくと、自分の顔の上を通り過ぎた後は隣で眠る奴の後頭部を照らし出していた。キラキラと光る茶色の髪の毛がとても綺麗だ。
未だ隣で眠る相手を起こしてしまわないように、なるべく振動を伝えないよう細心の注意を払って体を起こす。昨夜のまま全く着崩されていない衣服には少し寂しいような、しかしそんな自分の気持ちに後ろめたいような複雑な気持ちを抱いて相手をじっと見つめていると、不意にトウヤが「ん…」と小さい声を漏らしてごろりと寝返りを打った。起こしてしまったか、と内心焦っているもこちらへ向けられたあどけない寝顔を見て安堵の息を漏らすこととなった。

イッシュ地方というここから遠く離れた地出身のトウヤは、とてもオシャレな奴だと思う。以前、「朝飯何食ってる?」とふと気になって聞いたところ、即答で「普通にトーストにスクランブルエッグ、あとサラダとフルーツ。あ、パンケーキも好きだったな」と返ってきた。どこの映画の朝食風景だよ、と呟きたくなったが、それは心の中に留めておくことにした。
唯一救われたと思ったことは、我が家の朝食も比較的洋食が多かったということだ。トウヤの発言を聞いた次の日から姉ちゃんにそれとなく手伝う振りをしてレシピをいくつか教えてもらった。そのおかげで今日も朝食を用意出来るのだ。

「よし、じゃあやるか」

スェットにTシャツという寝巻き姿からデニムに白いインナーという格好に着替え、「これグリーンさんに似合いそう」と言われプレゼントされた緑のエプロンの紐をぎゅっと後ろで縛り、朝日が漏れているカーテンを再び重ねて眩しいくらいの明るい光を断ち切ってから寝室を後にした。


朝食は案外すぐに出来上がった。
昔から姉ちゃんの手伝いをしていたのがよかったらしい。それに昔から家事とかを苦だと感じたことがなかったのだ。しかし、こんな風に役に立つと昔の俺は思ってもみなかっただろう。
今日の朝食は、トーストにハムエッグ、プチトマトが美味そうなグリーンサラダ、そしてリンゴに蜂蜜とヨーグルトをかけたデザートだ。コーヒーメーカーのお湯もそろそろ全部落ちるだろう音がしてきた。テーブルに合い向かいになるように朝食と空のマグカップを置き、真ん中にマーガリンとストロベリージャムを置く。自分でいうのもアレだが、今日の朝食もとても美味そうだ。
カチリ、と時計の針が動く音にテーブルから時計へ視線を移すと、もうそれは8時を回っていた。いくら今日がジムも休みでトウヤ自身も予定がないからとはいえ、そろそろ起こさなければ折角作った朝食が無駄になってしまう。そう思い、トースターに食パンをセットしてスイッチを押してから再び寝室へと足を運んだ。

「トウヤー、そろそろ起きろよ」

寝室のドアからベッドへ歩きながら声をかけるも、当然の如く返事はない。仕方ないなぁと小さく溜息を漏らしてベッドサイドへ行き、フローリングの床へ膝を付けてベッドに肘を付きながら未だ気持ちよさそうに規則的な寝息を立てている相手の顔を覗き込んだ。
同時にドキドキと胸が高鳴る。だって目の前にいる相手の顔はいつも見せる表情とはまた違った可愛らしいものだったからだ。重力に従いベッドへと落ちていく髪の毛のせいでいつも少し隠れ気味の額や頬が剥き出しになっている。いつも凛とどこか勝気な強い視線を放っている今は閉じられた瞳の先からは長い睫、きゅっと結ばれ時にニヒルな笑みさえも浮かべる唇は無防備に半開き。この男は本当にいつもの男なのだろうかと疑ってしまうくらい子供っぽい可愛らしい寝顔に瞳が離せなくなった。
無意識に徐々に頬に熱が溜まっていく。そして、それと同時に無意識に伸びていく手は、吸い寄せられるように剥き出しになった白くきめ細かい綺麗な頬へ向かって宙を舞った。
静かな寝室にカシャンとキッチンからトースターが焼きあがった音がした。きっとコーヒーも既に出来上がっていて、焼きたての半熟卵のハムエッグはもう余熱で完熟卵になってしまっているかもしれない。でも、それでも、




君が目覚めるまでのほんのわずかな
(彼の頬まで1センチ)
(お願い、もう少しだけでいいから)





「ん…っ!?」

突然ぐいっと引っ張られた腕、そして唇に重なった温かな感触。突然の出来事に俺の頭はついていくとこが出来ず、思考回路が絡まった。
引き寄せられたことによりベッドの上に上半身を乗せた状態でぽかんとしていると、頭上から「おはよ」と少し掠れた声が降ってきた。慌てて視線を上に上げると、もう既に起床したトウヤが暢気に欠伸をしていた。

「ごちそうさま、グリーンさん」

欠伸をし終わった後、瞳を細め、唇を見せ付けるように厭らしく舌なめずりをしたこの男は、本当にさっきまでの可愛い男だったのだろうか。いや、やっぱり別人かもしれない、なんて回らない思考回路の線を繋ぎながら考えた。




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