「レッド!お待たせ!」

可愛らしい笑顔を向けながらパタパタと小走りでこっちへ来るのは僕の幼馴染であり、ライバルであり、そして恋人でもあるグリーンだ。
僕は物心付いた時からグリーンのことが好きで好きで仕方なかった。他の友達なんかより断然グリーンのことのほうが好きで、独占したくて。この気持ちが恋心というものだということが判明するまでそう時間は掛からなかったし、小さい頃からずっと好きだったから戸惑ったりなんかもしなかった。
ただ、最近気が付いた事が一つある。

「ごめんな、待たせて。寒かったろ?…あー…こんなに手冷たくなっちまって…どっか店入ろうぜ!」

僕の前に到着するなり、自分だけぺらぺらと舌を捲くし立てて喋るグリーン。彼の手に攫われた僕の手は冷たかったらしい。握ってきたグリーンの手だってそんなに温かくはないのに何を言ってるんだか、と思ったが口には出さなかった。
僕が最近気付いた感情。それは、グリーンを性的欲求の対象として見ているということだ。元々スキンシップの多い僕たちだったからグリーンは気が付いてないだろうが、最近は本当にグリーンに指一本でも触れられるだけで身体の芯から燃え上がるような欲望が湧き出るようになってしまった。
しかし、困ったことにこのグリーンは、どうにもこうにも自分のほうが彼氏面をしたいようで、やたらと僕に対して女の子に振舞うような素振りをしてくる。
寒ければ自分のマフラーを取って僕の首に巻きつけ、取った手をそのまま自分のコートに入れる。暑ければ僕をわざわざ日陰のほうへ誘い込み、夏祭りでもあろうもんなら引いた手を絶対に離そうとしない。極めつけは、僕の荷物を持ったり、店に入ったときには僕の分まで会計を済ませたりと本当に最高の彼氏の振る舞いをしてくれている。
女の子なら堪らないであろうその振る舞いは、勿論僕にとっては不満でしかない。なんで僕がグリーンの彼女のような扱いをされなきゃいけないんだ。そう不満を漏らせば「レッドが可愛いんだから仕方ねーだろ」なんてニッと生意気な笑顔を見せ付けられた。

グリーンは分かっていないのだ。自分の可愛さに、自分の色気に、自分の妖艶さに。僕はこんなにもグリーンに魅了されているというのに。
ああ、その少し長めの白い項や首筋はどんな味がするのだろう。白いパーカーの下にある胸に舌を這わせたらどんな反応をするのだろう。誰にも触れられら事のないあの場所に突っ込んだらどんな声を上げるのだろう。
グリーンの後姿を手を引かれたまま見つめる僕の頭の中は、そんなことばかり考えていて、でもそんなことで脳内をいっぱいにしているだなんて、グリーンはこれっぽっちも考えてないだろう。



「ホットコーヒー一つと、…お前はホットミルクティーでいいのか?」

トキワシティの外れにある喫茶店に到着し、席に着くなりグリーンは店員に注文をした。僕の好みをちゃんと分かっててくれる辺りはすごく嬉しい。こくりと頷くとグリーンは「じゃあそれで」と言って店員に会釈をした。
その会釈の際に作った笑顔でさえも僕にとっては悔しいものだった。何そんな可愛い笑顔を僕以外の人に見せるの?愛想笑いすら嫉妬の対象になる僕は果たしておかしい奴なのであろうか。
自然と口角が下がり、作られた仏頂面。むすっとした僕の表情を見るとグリーンは何か言おうと口を開くが、その言葉はけたたましいポケギアの音にかき消されてしまった。

「…あ、悪い、電話だ」

申し訳無さそうに眉を下げ苦笑いしながらごめん、と片手を上げる。「もしもし。おう、どうした?」なんて言いながら席を立ち店外へと歩いていってしまった彼の口調からして、電話の相手はあの子であろうな、と簡易に想像がついた。
もう一度言うけど、グリーンは全く分かってないんだ、自分の可愛さや色気や妖艶さに。グリーンの可愛らしい笑顔を見せられて、グリーンの時々妙に色っぽい声を聞かされて、相手が変な気を起こしたらどうするというのだ。いや、もう起こしている奴なんて沢山いるだろう。なんてったってグリーンは魅力的なのだから。
無防備というのもは時に大変な事態を起こしかねない。そうなる前にグリーンには身を持って理解してもらわないといけないと思った。そして、同時にどっちが彼氏的立場なのか、ということも。
窓の外に写る無邪気な笑顔で電話をするグリーンを横顔を確認してから、僕は運ばれてきたグリーンのコーヒーに甘い甘い、特別なものをそっと忍び込ませた。



その後、戻ってきたグリーンはいつも通り他愛のない話を一人でぺらぺらと喋り、いつも通り二人分の会計を済ませた。いつもと違うところといえば、頬が舐めたい位に可愛いピンク色に染まり、いつもより熱っぽく色っぽい吐息を時々漏らすところだろうか。
そして今、僕たちはグリーンの部屋へ来ていた。これもいつものコースといえばいつものコースなのだが、今回ばかりはこれ以上いつも通りにはいられないだろう。

「ん…はぁ…なんか暑いな…」
「…そう?」

床に胡坐をかき、パーカーの襟元を掴んでパタパタと仰ぐグリーンは、ベッドの縁に腰掛ける僕を見上げて瞳の色をより一層熱っぽいものに変えた。
潤んだその緑色の瞳に僕はどのように写っているのだろうか。いつも僕がグリーンを見ているように、欲情的なものに見える?邪魔なものは全て脱ぎ捨てて素肌に触れたくなる?
うるうると涙目になっている瞳を見つめてからニヤリと片方の口端を上げて笑うと、グリーンはガバッと立ち上がってベッドに腰掛ける僕を勢いのまま押し倒してきた。

「レッド…俺…っ!」

罠に掛かった。既に熱くなった下半身を僕の脚に押し付けてくるグリーンを見て、そう確信をした。
しかし、いくらグリーンが誘い受けをしてくれてるとしか思えないこの状況に内心にんまりとほくそ笑んでも、ここで一気に引っくり返してしまったら抵抗されるに決まっている。彼のプライドはシロガネ山よりも遥かに高い高いものだと分かっているから。

「ん…グリーン、嬉しいよ」
「んっ、ん…っ!」

今までは軽いフレンチキス程度のものしかしたことなかったのに、今は食い貪るように僕の唇を求めてくるグリーンに、ああ!可愛い僕のグリーン!なんて荒狂う内心をどうにか抑え込み、猫を被ったまま接する。
そんな僕を簡単に信じ込み、僕の服を次々に脱がしていくグリーン。ついに露になった素肌を見てグリーンは頬を赤らめ「レッド…綺麗…」だなんてふざけたことをほざいた。
首筋に埋まるグリーンの顔、そして鎖骨を這うグリーンの舌は正直擽ったいだけで、気持ちいいなんて全く感じなかった。僕には本当に受けるなんて才能ないのかもしれない。しかし、グリーンが僕の身体に舌を這わせ、頑張ってリードしようと一生懸命ペロペロと舐めているという事実を考えれば異常なまでに興奮し、身体は簡単に熱を帯びていった。
グリーンの舌は鎖骨から胸に降り、そして手は下半身へ向かうべく、僕のベルトのバックルへ降り立った。
カチャカチャと響く金属音がやたら生々しく感じる。グリーンも興奮しているのか、ベルトを外す手は焦りで時々空回っている。
そして、ようやく外されたベルトが床に落ち、グリーンの手が僕自身に触れようとした時、僕は罠にかかった草食獣を逃げられないよう第二の罠を仕掛けた。

「…ぐ、り…待って!」
「…ん…どうした?」
「…やっぱ、怖い…それに恥ずかしい…」
「大丈夫だって、な?優しくするし」
「でも…最初は痛いっていうし」
「…痛かったらやめるからさ、な?レッド」

どうやらグリーンも余裕がないらしい。体内に媚薬を取り込んだのだから当たり前か。先に先に進みたくて仕方ないようだ。
でも、これ以上は絶対にさせない。だってそうでしょ?草食獣の運命は、肉食獣の餌になること。グリーンは、草食獣だと信じ込んでいた隣の獣に、一気に食われるのだ。

「やだ、無理」
「…レッド、頼むから…なぁ、レッ…」
「じゃあさ、グリーンがお手本見せてよ」
「……は?」
「グリーンは、今まで僕のこと大切にしてきてくれたでしょ?だったら僕のこと、痛めつけないよね?」
「おま、何言って…」
「グリーンがお手本見せてくれて、痛くないって証明出来たら、僕もグリーンに全部あげる」

急変した僕の態度にぐらぐらと不安げにグリーンの瞳が揺れる。
僕の顔の両隣に付いた腕を引けば、グリーンの身体はいとも簡単にベッドに転がり落ちた。逃げられないようにその上に馬乗りになって見下ろすと、再びグリーンの瞳は涙でいっぱいになりうるうると潤み出した。
か細い声で僕の名前を呼ぶグリーン。ああ、可愛い、可愛いよ。そう、そうやってもっと僕の名前を呼んで。もっともっともっと、僕を熱っぽいその瞳で見つめて。




物足りないんだもっと僕を求めて
(そして僕の愛に満たされたら)
(いつもずっと僕を求めて)





不安げに微かに震えるグリーンの身体を優しく抱き締める。そのまま耳、頬、首筋、鎖骨、胸とキスを落としてやれば今度は迫りくる快感の波に堪えるようにぶるりと身体を震わせた。
再び「レッド、」と僕の名前を呼ぶ可愛く愛おしい唇に今度は僕が貪るような、でも丁寧な口付けをして酸素を奪ってやってから唇を離せば、はぁはぁ、と熱っぽい吐息を漏らし目尻に涙を溜めてとろんとした瞳で僕を見た。

「グリーン、もう逃げられないよ」

ああ、君の絶望に追い詰められた驚いた表情でさえも愛おしいよ、僕だけの可愛いグリーン。




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