事の始まりは単なる軽い嫉妬だった気もするし、容易に出された交換条件だった気もする。
しかしどちらにせよ、気を煽られたからといってそれを易々と呑んでしまった自分にひどく後悔をしているのは確かだ。普段は感じることのないスースーとした異様な感覚に嫌悪感を抱きながら、ベッドから上半身を起こし、意地悪い笑みを浮かべて手招きをするアイツの前へと足を進めた。

「おー、似合ってる似合ってる」

彼の手招きに合わせてゆっくりゆっくりと進んでいく足はまるで、彼の指先から出た見えない糸で繋がれているみたいに感じた。マリオネットの如く従順に従う俺の足はみるみるうちに彼までの距離を縮めていき、とうとう目の前まで引き寄せられた。
頭の天辺から足の先までを舐めるように見るトウヤ。恥ずかしさのあまり顔から火が出てしまいそうな程に熱くなる顔。ついには厭らしく舌なめずりをする彼に耐えられなくなって足を包み込む面積の狭い白い布をぎゅっと握り締めた。

「も…いいだろ…!」

情けないまでに震える声に自分でも嫌気がさす。赤くなってしまった顔を隠すように俯けば、今度は彼の心地のいい甘ったるい声に、顎についた透明な糸を引かれ顔を上げる羽目になる。

「だーめ、もっとよく見せてよ」

その言葉とほぼ同時にベッドの上に座ったまま身体を前に起こし、俺の腕を引く。あまりの唐突さに気を張り切れていなかった俺の身体はいとも簡単に彼の座っているベッドへと転げ込んだ。
ぼふんと音を立てて落ちたベッドはいつものトウヤの甘い匂いなのに、今日はどこか違う気もする。それは、どこか艶かしい今の雰囲気のせいか、それとも妖艶なまでに綺麗に微笑む彼の表情のせいか。
きっと彼に呑まれる、そんな気は確かにヒシヒシと感じていた。しかし、それを拒むどころか自ら受け入れたいとまで思ってしまう自分は、色々な意味で乱れた野郎なのかもしれない。
そう思ってしまえば、自分でも幾らか心が軽くなり、引き寄せられた腰も難なく相手のほうへと寄り添う形になった。内心ドキドキと高鳴る胸を悟られないようにわざと眉を顰めれば、トウヤはそれでさえも楽しそうに笑顔を作った。

「……早く診察してよ、ねぇ」

俺の首筋に顔を埋めて数回そこに口付け、唇を首に付けたまま先程とは少しだけ違う低く甘い声で彼は囁いた。それに反応するようにピクリと震えてしまった身体は、首からぶら下げていた聴診器までもが揺れ動いてしまった為バレバレであろう。
ちゅ、ちゅ、と短い口付けを首筋に落とし、時折吸い上げたり軽く噛み付いたりする。その度に身体はぴくりぴくりと小さく震え、徐々に息までも上がっていく。胸がきゅんとして切なくなるような、それでいて幸せに満たされるような感覚、それに全身がどんどん浸食されていき、溺れていく。あと少しでも気を抜いてしまえば快楽の波間に落ちて二度と戻れなくなってしまいそうな気がした。
白衣に包まれた身体は瞬く間に熱くなり、彼を求めて疼き出す。まるで薬を投与されなければ生きていけない人間のように、トウヤという中毒性のある薬を身体が求めているのが痛いほどによく分かった。まぁ、この場合、トウヤという媚薬ドラッグといったほうが的確かもしれないけれど。

「んっ…ぁ、ど、こか痛いところ、とか…」
「可愛いナースさんが好きすぎて胸がすごい苦しいでーす」

するりと何の躊躇いもなくスカートの中に進入してきたトウヤの細く長い指先は、慣れた手付きで俺の内腿まで滑り込んだ。優しく、厭らしく触れる指先がじれったく感じる。触られた所が焼けるように熱かった。

「あ、ぁ…っ、まっ…」
「待たないよ。…ねぇ、治療して?」

ドクンドクンと煩いほどに鳴り響く鼓動、ジンジンと熱くなる身体、獲物を狙う肉食動物のように熱く妖しい瞳を向けるトウヤ。
どくりどくりと体内に投入された薬は身体中を廻って、それに従順に従うように腕は、口は、身体は、トウヤへ寄り添うように伸びていった。




恋愛は健全であるか
(恋愛中毒という名の病に嵌る)
(それもまた健全)





覆いかぶさるようにトウヤの上に馬乗りになって口付けを仕掛ければ、すぐに後頭部に腕が回りそのまま固定されてぬるりと口内に舌が入り込んできた。
時折ぴちゃぴちゃと鳴る水音と鼻から抜けるような声を部屋に響かせながら徐々に朦朧としていく意識を自ら放り投げるように手放した俺に、トウヤから新たな媚薬が投入され、もうこうなったら薬が切れてなくなったらおかしくなってしまうという程に依存するよう、とことん落ちるところまで落ちてしまおうと思った。




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