昔、といっても短い僕の人生の中のたった10年程前の話になるが、その頃から僕の幼馴染は強欲な男だった。
強欲、と言ってしまえば聞こえが悪いが、決して悪い意味で言っているのではない。
僕の中で、強欲と向上心の気持ちは紙一重であり、それがあるからこそ成長できるものだと思っている。断じて彼がジャイアニズムを振り撒くとかそういうことではないのだ。そう、謂わば強欲というか貪欲、それか、

「…欲望…」
「は?なんか言ったか?レッド」
「……なんでもない」

そう、彼の強欲さ、基貪欲さはギラギラと熱く輝く欲望だ。
その欲望があるからこそ彼はチャンピオンの座にも就いたし、現トキワジムのジムリーダーとして人を率いる頼もしい存在になっている。もっと上へ上へ、足りないんだ、もっともっと。そんな彼は欲する通り上へ上へと登りつめていった。数年前、僕が彼を負かしてしまったことがあったが、今もう一度勝負をすれば今度はきっと彼が勝つであろうというなんとも弱気な気を起こしてしまう程に、彼はあの頃とは比べ物にならないくらい心身ともに強く逞しく成長していった。
数年前、会えばどちらかともなくバトルを仕掛け合い戦っていた幼い彼はもういない。今では落ち着きのある立派な一人の男として存在しているのだ。
ギラギラと輝くそれは僕にはないもので、時々眩しく感じるものだった。
これを言ってしまえばまたも聞こえが悪いかもしれないが、僕はなりたくてチャンピオンという称号を手に入れたのではない。ポケモンが好きで、仲間が大好きで、だから一緒に成長したいと思った。ただ、それだけだった。まさか自分がああなってしまうなどとは微塵も考えなかったし、なってからももやもやと心に残るものがあったのは確かだ。…そのもやもやを消すために一人姿を潜ませるという欲望を果たした僕が、彼のことを強欲だなんだというのはおかしいかもしれないけれど。

昔の話に戻るが、彼のそんなところは僕たちがまだ幼い頃からたっぷりとあった。
僕がお菓子を買ってもらう。グリーンがお菓子を欲しがる。僕がおもちゃを買ってもらう。グリーンもおもちゃを欲しがる。僕がポケモンを貰う。グリーンもポケモンを欲しがる。僕がポケモンを捕まえる。グリーンが僕より強いポケモンを欲しがる。僕が…。
ずっとそうだった。子供なんてみんなそんなものだろうと言うかもしれないが、今思えば彼はそれが人よりも大きかったのかもしれない。
それと同時に彼はよく対抗心を燃やす人間だった。だから、僕よりも常に上にいたかったのかもしれない。

『くそっ…!なんで、なんでいつもお前ばっか…!』
『俺が間違ってたっていうのかよ…!』

小さいながらに大きな躍進力と向上心を持ち合わせたキリリとした彼の幼少時代を思い出すと、可愛い笑顔だとか遊んだ思い出だとか、そういうものよりも先に彼の泣きそうに歪んだ表情しか出てこないということに胸をえぐられるようなひどく鋭利な刃物が胸に突き刺さった気になる。
違うんだ、僕はそんな表情をさせたくない、そんな表情を思い出したくないんだ。僕は君に、ずっと前から君に、


「…レッド?どうかしたのか?」

いつの間にか伏せてしまっていた瞼を持ち上げると、目の前にグリーンの顔が大きく映った。優しい彼のことだ、大方突如どこか虚ろげな視線を放つ僕に心配をして顔を覗き込んでくれたのだろう。
もの思わしげに下がる眉。薄く開く唇。きめ細やかな白い肌。サラサラと流れ甘い香りのする髪の毛の下から覗く潤い感のある輝く瞳。
ああ、僕は今何を見ていたのだろう。目の前にいる彼はもう昔とは異なり、僕にギラつく対抗心を燃やしたりしていない。彼の瞳はこんなにも明媚に輝いているというのに。

「…グリーン、昔は僕に対抗心すごく燃やしてたね」
「なっ、なんだよ、いきなり」
「すごい強欲で、なんでも欲しがって」
「…昔のことはもういいだろ、」
「でも、今はこんなに丸く可愛くなった」
「……お前何言ってんだよ」
「グリーン、僕、ずっと前から」

グリーンに向けて伸ばした指先が、グリーンの微かに頬を赤らめさせながら驚いたような表情が、やけに遠く、でもすごく鮮明にリアリスティックに映ったのはなぜか。




確かなことはたったひとつ、君が好き君が、好き
(君の欲望、僕が全部満たしてあげる)
(だから君はずっと隣で笑ってて)





技マシンでもどんな道具でも買ってあげるよ、君が欲しいと言うなら。
どんなに高い宝石だって買ってあげるよ、君が欲しいと言うなら。
僕の全部を君にあげるよ、君が「愛してる」と言ってくれるなら。




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