『おい、そこのガキ』


木陰から、旦那を見るようになって2ヶ月が過ぎた頃。声をかける勇気がなくて、ずっと見ているだけだったオイラに、旦那から声をかけてくれたんだよね。


『サソリの旦那って、呼んでもいい?』
『好きに呼べ』


偉そうで、ぶっきらぼうで、口も悪い。ぱっと見、良いのは顔だけで、いつも不機嫌そう。でもオイラは知ってる。あんたが気を許した友達と一緒にいる時、とても楽しそうに笑っていることを。本当はすごく優しいんだってことも。


『良い子だな、デイダラ』


毎日が幸福で溢れていたあの日常を取り戻したい。旦那と一緒に、あの頃に帰りたい…


『逃げるなよデイダラ。お前はオレの篭の鳥だ』


どうしたらいい?どうすれば、あんたはまた、オイラに微笑みかけてくれる?言葉をかけてくれる?



*****



「…ぅ、ん…イタチ?」
「イタチじゃねぇよ。オレだ」
「さ、サソリの、旦那?」


ようやく目を覚ましたデイダラは寝ぼけ眼でイタチの名を呼ぶ。まさかオレがここにいるとは思っていなかったのだろう。それか、オレだと思いたくないのか。しっかりと覚醒すると、寝ていた布団からはい出し、辺りをきょろきょろと見回して、ここが何処かを確認するような動作をみせた。


「イタチの、家…?」
「そうだ。」


そう言うと、デイダラの身体は強張る。オレがイラついていると思ったのだろうか。周りを見ることを止め、今度は顔色を伺うようにオレの方を見た。しかし、目は合わせない。


「ご、ごめんなさい!」
「…?何がだ?」
「すぐに…か、帰ろうと思ってたんだ!でも眠っちゃって、気が付いたらここに、いて…!」
「ああ…そのことならイタチから聞いてる」
「逃げたりしてないから!オイラ、ちゃんと旦那の、へ、部屋に!だから…!」
「もういい、デイダラ」


言葉を遮る。これ以上、デイダラにあんな言葉を吐かせたくはない。だが、これも全てオレのせい。オレがデイダラを傷つけ、泣かせ続けたせい。


「デイダラ…」
「…っ!」
「……安心しろ。何もしない」


長く沈黙が流れ、先にオレが動く。名を呼び、手を伸ばすとデイダラはまた身体に力を入れる。呼吸は若干荒く、震えていた。ああ、そうか。オレはもう、デイダラにとって恐怖の塊でしかないのか。後悔ばかりが押し寄せる。デイダラを安心させるように、できうる限り柔らかい声色で話しかけた。イタチには話し合えと言われたが、こんな状態ではそれすらままならない。


「すまない、デイダラ」
「だん、な…?」
「オレはお前を、そんな風に傷つけたかった訳じゃねぇんだ」
「……オイラ、は…別に、傷ついたなんて…」
「いや、傷つけた。身体も、心も」

デイダラに触れたい。オレだけのものにしたい。心が無理なら身体だけでも。欲望を打ち付けて、縛り付け、閉じ込めてオレだけしか見れないように。そんな利己的で邪な感情の為に、お前の全てを傷つけた。取り返しもつかない、オレの一生涯の罪だ。


「お前を失いたくなかった。ただ、それだけだった」
「旦那…それ、は…」
「お前が望むなら、オレはお前の前から姿を消す」
「…っ、旦那!」
「これ以上、デイダラを傷つけたくねぇんだ」
「いや…」
「デイ?」
「そんなの嫌だ!」



*****



誰かがオイラの頭を撫でてる。労るように優しく、そっと。とても温かい掌。すごく安心する。この感じ、前にどこかで…ああ、そうだ。サソリの旦那だ。旦那はよく、オイラを「良い子だ」って言って頭を撫でてくれてた。今のオイラは良い子じゃないから、旦那が頭を撫でてくれることはなくなったけど、久しぶりにいい夢が見られたな。そっか、きっとイタチだ。オイラを気遣って、イタチが頭を撫でてくれてるんだ。

そう思って、夢現にイタチを呼んだ。でもそれは違って、オイラが感じた通り、やっぱり頭を撫でてくれていたのはサソリの旦那だった。布団から飛び起きて、咄嗟に辺りを見回した。イタチの家だ。間違いない。無意識に確認の声を出すと、旦那から肯定の声が返ってきた。勝手に身体が震えて、息がしにくい。どうして旦那がここに?なんて、考えるまでもない。逃げ出したオイラを連れ戻しに来たんだ。それか「好き」だなんて気持ちの悪いことを言ったオイラにもう帰って来るな、って言いに来たのかな…

でも予想に反して、旦那から出たのはオイラへの謝罪の言葉だった。旦那に謝罪を受けることは何もない。むしろ謝罪をしないといけないのはオイラの方なのに。旦那はオイラを無理に抱いたことを謝り続けた。傷つけてすまなかったと。ただオイラを失いたくなかったと。それって、期待してもいいのかい?旦那はオイラを…

これ以上傷つけたくないと、旦那はオイラが望むなら、オイラの前から姿を消すと言った。そんなこと望む訳ない。それだけは絶対に嫌だ。


「オイ、ラは…旦那と、離れたくない」
「デイダラ?」
「例え旦那にとって、オイラが玩具でも、オイラは…」
「オレはお前を玩具だなんて思ったことは一度だってない!」
「……っ、ぅ…ほ、ほんと?」
「オレもお前を、デイダラを離したくはない」


旦那がオイラを抱きしめてくれている。そういえば、抱きしめられるのは初めてかもしれない。トクン、トクンと旦那の鼓動が聞こえて、とても温かい。涙が、


「好きだ。デイダラ」


零れた。
オイラ達はお互いを想い合い過ぎて、そして失うことが怖くて、すれ違ってしまったんだね。旦那は優しいから、オイラを傷つけたと、きっと一生後悔していくんだろう。でも大丈夫。オイラは旦那と一緒なら必ず幸せになれるよ。


「だん、な…っ、すき!」


何度も何度も。「好き」と伝えた。今まで抑えていた分を全部。旦那は黙って、けれど時折相槌を打ちながらずっと聞いてくれた。旦那の腕の中でいっぱい泣いたから、旦那の服を濡らしてしまった。何回、何分言ってたかわからない。オイラが身体を少し離すと、涙の跡をそっと拭ってくれて、それからキスをしてくれた。甘くて優しい、温かいキスを。これも初めてだ。何だか初めてがいっぱいだねオイラ達。





これからもいっぱいの初めてを
(ふたりで見つけていけるよね?)
(当たり前だろ)




あなたに出逢えて、オイラは幸せになりました。
ありがとう。




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