木陰から覗く、小さな人影。
オレがそれに気付いたのは、高校最後の年の、春の始まり。

最初は特に気に留めることもなかった。自慢じゃないが、周りからのミーハーな感情には慣れていた。一週間もしたら飽きるだろうと放置していたが、一ヶ月、二ヶ月が経っても、それが木陰から消えることはなかった。それでも、向こうはオレに声をかける気まではないのか、ただずっと見ているだけだった。次第にオレの方も気になり始めて、ある日、オレから声をかけてやった。その時のあいつの顔と言ったら、まるで茹蛸みたいに頬を真っ赤に染めて、嬉しそうに微笑んでいた。「可愛い」と、素直にそう思ったことを覚えている。
その日から、「デイダラ」と名乗った、ふたつ下の後輩を傍においた。よく笑うデイダラは人懐っこく、オレとは比べものにならない程に明るくて、くるくるとよく表情を変えた。年の割には身体も小さく、子どもっぽかった。それをからかっては、よく怒らせていた。オレの一挙一動に逐一反応して、笑ったり怒ったり。忙しい奴だと。けれどそれを見るのが、オレの楽しみになっていた。いつの間にか、オレはデイダラを「可愛い後輩」としてではなく、恋愛感情を向ける対象として見ていた。けれど、デイダラはオレを「面倒見の良い先輩」もしくは「友達」 か、良く言って「親友」としてしかオレを見ていないだろう。高校を卒業して大学に進んで、デイダラと過ごす年を重ねるごとに、オレの想いはどんどん邪なものになっていった。デイダラが、オレ以外の奴と話したり、笑いかけたりすることに苛立ちを覚えるようになった。デイダラを己の腕の中に収め、その身体を思うままに開きたい欲望に駆られた。しかし、こんな感情は利己主義以外の何物でもない。デイダラにも付き合いというものがあるし、オレと違って人懐
っこいあいつは友達も多い。駄目だ。オレの欲をデイダラに押し付けることだけは避けなければ。

けれどその抑制も、長くは続かなかった。あれはもうすぐ、オレ達が出逢って四年目になろうという頃だった。あの日、デイダラはイタチと一緒に談笑していて、それは楽しそうにしていた。
イタチはオレの中学時代からの付き合いで今でもよくつるむ、オレにとっては数少ない友達で親友だった。デイダラをオレの傍におくようになって、必然的にイタチとも知り合うことになった。優しいイタチにデイダラはすぐに懐き、事あるごとに甘えるような仕草をみせ、イタチもそんなデイダラを可愛がった。そしてあの時二人はただ、会話を楽しんでいただけだ。他愛のない話。だがオレにとっては我慢ならないことだった。溜めに溜めた感情が一気に沸点まで上がって、抑え切れなくなった。今までの自制心などどこかへ捨て、オレはその夜、部屋に遊びに来ていたデイダラを犯した。


『やぁ…!やだぁ!』
『嫌じゃねぇ』
『いた、い…たい、よぉ…』
『我慢してろ。やめるつもりはない』


押し倒し、状況が飲み込めず困惑しているあいつの唇を無理矢理に奪い、恐怖させ、抵抗できないよう冷たく言葉を浴びせた。何の労りもなく、自らの雄を抉るように捩込み、奥深く突き立てた。その痛みは半端なものではないだろうことは、経験などしなくても分かる。泣きじゃくるあいつを見ながら「やめろ」と脳内で声がする。けれどどうしても、その声に耳を傾けることができなかった。どんな手段を使ってでも、手に入れたかった。

この腕にデイダラを抱くようになって、強制的に居住区をオレの部屋へと移させた。篭の鳥にして、自由さえも奪った。とは言っても監禁しているという訳ではなかったから、もちろんいつも通りに大学には通わせたし、オレ以外の人間との係わりは必要最低限許した。そして講義が終わって帰宅してから、また、デイダラを犯す。毎晩、毎晩。オレのものだと、刻み付けるように。次第に行為に慣れてきたデイダラの身体は、オレの欲望に快楽を感じ始めた。艶かしい声を発するようになって、最初の頃は萎えっぱなしだったデイダラの雄も、白濁を飛ばすようになった。それに気を良くして、オレは何度も何度も、時には血を流すまで欲望を打ち付けた。この身体、存在だけでもいいと思った。心はもう永遠に掴めない。そう考えに至って気にもしなくなっていた。

デイダラに「好きだ」と言われたのは、この関係が始まって半年が経った頃だった。



*****



「頭は冷えたか?」
「…多分な。デイダラは?」
「寝てる。昨日ここに着いてからも、殆ど眠りっぱなしだ」


ここ半年、おそらくはあまり睡眠をとってはいなかったはずだ。オレのところへ引っ越させてから、家事も炊事も洗濯も、全てデイダラがしてくれるようになった。それだけでもかなりの労働なのは、それまで自分もしていたことだから分かる。分かっていながらも、毎晩気の済むまでデイダラを犯し続けた。明け方近くまでが当たり前。酷い時は一日中掻き乱した。それでもあいつは文句一つ言わず、ただ黙って、オレの言いなりに…


「お前、デイダラをどうしたいんだ?」
「どう、って…」
「あの子をずっと篭の鳥にすることが、お前の望みか?」
「違う!そんな訳あるか!」
「なら、ちゃんと話し合うんだな」
「今更、オレには何も言う資格なんて…」
「そう思うなら、何故来た?」
「それは…」
「デイダラは最初から、お前しか見ていない。応えてやれ」


自然に起きるまでは寝かしておけよ、そう言ってイタチはデイダラが眠る客間まで案内してくれた。それは奥の離れで、人の出入りが少ない部屋。初めからこうなると分かっていて、デイダラにこの部屋を与えたのだろう。どこまでも気の利く男だ。

あの晩、オレの腕の中でオレに「好きだ」と言ったデイダラは無意識だったのか、我に返ると叫び声を上げて暴れだした。オレも予想だにしていなかったデイダラの言葉に動きを止め、軽く放心していた。デイダラよりも正気に戻るタイミングが遅れ、暴れるあいつを押さえ込めなかった。情けないことに突き飛ばされ、デイダラは上着だけを掴んで裸足で飛び出していった。オレも慌てて服を来て追いかけたが、既にデイダラの姿はどこにもなく、一晩中探し回った。けれど探し回る必要なんてなかった。デイダラには友達が沢山いるが、頼るとなったらイタチしかいない。しかし、それすらも気が動転して頭が回らず、イタチから連絡をもらうまで全く考えもつかなかった。すぐに迎えに行くつもりだったが、イタチに先手を打たれた。既にデイダラを連れ、父親の実家に帰省した、と。オレ達の関係が妙なことになっていることに半年前から気付いていたイタチは、デイダラから事情を聞き、オレには会わせられないと言ってきた。頭を冷やせと、実家の場所は頃合いをみてまた連絡すると告げられた。
夜が明けて、昼が過ぎて、イタチから連絡が来たのは夜も更けた頃だった。


「ごめんな、デイダラ…」


チリン、チリンと風鈴が鳴る。爽やかな風が吹き、空気もとても澄んでいる。いいところだ。デイダラの頬にかかる柔らかい金糸を梳いてやると、規則正しい寝息が聞こえ、穏やかな寝顔が。思えばデイダラのこんな表情を見るのはいつぶりか。最近はいつも、汗で金糸はへばり付き、疲れ果て、泥のように眠っている。それでも毎朝時間通りに起きて、オレの為に飯を作ってくれる。

お前を失うことばかり考えていた。心は掴めないと自己完結で片付け、それならば身体だけでもと、自分のことばかりだった。お前は最初からオレを見て、想ってくれていたのに。お前はオレの為に全てを委ねてくれた。どれだけ血を、涙を、流させた?辛かったろう、苦しかったろう。オレはお前を「玩具」だなんて思ったことは一度だってない。
二度とお前を傷つけるようなことはしたくない。お前が拒絶するなら、二度と触れることもしない。他の誰かと一緒にいることで、微笑みを取り戻してくれるならそれでも構わない。





けれど、もし赦されるなら
(一緒にいたい)
(オレにはお前しかいないから)




どこまでも蒼く、碧く、藍いあの空と同じものを持つ向日葵の鳥を。篭の外へ、自由に羽ばたかせよう。




- ナノ -