梅雨は嫌いだ、とお前は言った。
ジメジメしていると粘土が乾きにくいだとか、自慢の髪型がへたってしまうだとか、傘を持ち歩くのが面倒だとか理由は様々あるようだ。
反対に、俺はというと梅雨はそれほど嫌いではなかった。確かにジメジメした空気は憂鬱だが、俺の芸術には然程影響はないし、趣味程度にやっている絵描きのほうも、キャンバスを張るのに適しているのでいい。
逆に太陽の照りつける夏の方が俺は嫌いだった。どうにかなってしまいそうな程の暑さ、夏休みともなれば近所が子供で溢れかえり鬱陶しいときたらない。行く所行く所が人混み、交通機関はごった返し。いいところなんてないではないか。
俺は梅雨よりも夏のほうが嫌いだ。



「…雨、降るな」
「はぁ?こんなに晴れてんのにか?うん?」
「キャンバスの張りが若干緩んでる」
「…そうか」

今日は先日描いた油絵の仕上げでもしようと部室から持ってきたのはいいものの、キャンバスが湿気で緩んでいるのに気が付いた。ピンと張ったキャンバスが緩むのは湿気が帯びている時と決まっている。
晴れている空を見上げれば朝よりも雲が多く、その上風まで吹き始めていた。これは雨が降るだろうと予想し、呟いた。すると、デイダラは粘土を捏ねながら気だるそうな表情をし、同じように空を見上げた。

これ以上室内が湿気っぽくなるのが嫌で窓を閉めた。冷房のスイッチを切り替えて除湿モードにする。しかし、少し萎えてしまったキャンバスの縁をなぞりながら今日仕上げるのはやめようと考えた。やはり大事な仕上げはからりと晴れた日にしたい。
そう思ってテーブルに広げた絵具を再びしまうとデイダラは「やらないのかい?」なんて問いかけてきた。それに適当に頷けば相手も大して気にする様子もなく適当に返事を返し、再び粘土を弄り始めた。
窓へ近付きガラス越しに外を見れば、校庭ではサッカー部が懸命に走り回って汗を流していた。
そのまま近くの席に座り、カバンの中から文庫本を取り出して広げる。デイダラは何も言わなかった。


「あぁー!!」

暫くしてそんな声を聞いて本から視線を上げた。声を上げた主を見れば、窓の外を指差しながらわなわなと肩を少し震わせている。
指差された方を向けば、いつの間にか空はどんよりとした雲に覆われ、シトシトと雨が地面を濡らしていた。

「雨降るの早すぎだぞ!湿気のせいでこの美しいラインが歪んだらどうするんだ!うん!」

デイダラはそう言いながら形の出来上がってきた粘土細工を手で持ち部室へ避難しに走っていった。アイツは相当雨が嫌いらしい。
窓の外を見ると、校庭で走り回っていたサッカー部は用具を持ちながら慌てて室内へ入っていく。
どこの部活でも雨が降ったときのリアクションは同じだな、などと考えながら本を閉じ、カバンの中へしまった。

自分も出しっぱなしだったキャンバスや絵具などを片付けようと、それらを持って部室に入ればすぐ傍に粘土細工を持ったデイダラの金髪が下にあった。

「おい、こんなところにしゃがみこむな。邪魔だ」
「旦那ぁー…」
「なんだよ、抱きつくな」
「オイラの…オイラの芸術がぁー!!」

声をかけたらいきなり抱きついてきた相手に問えば、慌てて部室に粘土細工を際に躓いてぐちゃりといってしまったようだ。湿気のせいでまだ乾いていなかった作品は当然おじゃんというわけだ。
雨が降るぞ、と一応注意した俺の助言を聞かなかったのが悪い。俺が「ざまあねぇな」と言えば、相手は下唇を噛み締め「うぅ…」と小さく唸った。


未だしょぼくれるデイダラを引き連れ部室を出た。今はシトシトと降っているが、この時期の雨はいつ夕立という名の激しい雷雨になるか分からない。今日は早く帰ったほうがよさそうだ。

「デイダラ、帰るぞ」
「…あ、待って、オイラ」
「なんだよ」
「傘、持ってねぇ」
「あ?何してんだよ。今の時期傘は常備しとくべきだろ」
「だって今日あんなに晴れてたし…うん」
「天気予報では60%だった」
「そんなの知らねぇもん」

「購買まだ開いてるかな」と呟く相手にチラリと腕時計を見れば、下校時間近い時刻を差していた。購買はとっくに閉まっているはずだ。
靴を履き、玄関を出て二人で空を見上げる。空からは止まることなくシトシトと静かに雨が降り注いでいた。
デイダラは片手を前に伸ばし雨の降り具合を確認した後ニカッと笑い、「このくらいなら大丈夫だな!うん!」と言った。
大丈夫?何が大丈夫なのだ。そう考えているうちに、「じゃあな!旦那!」と言うとそのまま外へ飛び出した。
何を考えているんだ。この雨で傘も差さずに帰るなんて無謀だろう。先程の相手の言葉を思い出し一人で全然大丈夫じゃねぇだろ、なんてツッコミを入れた。
慌ててその身体を戻すべく片腕を掴み玄関へ戻す。雨に少し濡れてしまった身体は案外簡単にこちらへ来てくれた。

「なんだよ、旦那。うん?」
「…おい、バカダラ。傘を貸してやる」
「え、なんだよ。旦那傘持ってたのかい?」
「あぁ…だが…」




あいにく傘は一本しか持ってない
(だから今日は、)
(家まで送ってやる)





そういうとデイダラは意味を理解したのか、にっこりと人懐っこい満面の笑みを浮かべ頷いた。
広げた傘の中に入り、片側を開けてやれば、寄り添うように隣に並び「毎日こうやって帰れれば梅雨も嫌いじゃなくなるのにな、うん」なんて呟く相手に思わず頬が綻ぶ。
小さく呟くように頷いた俺の声を、アイツは雨音の中から聞きだせただろうか。




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