アンタはずるい。
美しい芸術を貼り付けてオイラに近付き、いとも簡単にオイラの心を奪っていった。
それだけでは物足りないのかアンタのモノになってしまったオイラの心を弄ぶかのように、舐めるように見つめ、中に入り込み溶けるような舌で一舐めする。どろどろに溶けきってしまったオイラの心は、アンタの舌の上で跡形もなくなくなってしまった。
しかし、アンタはオイラの溶けきった液体を飲み込んで体内に入れるような真似はしない。そのままプッとオイラに吐きかけ、口端に付いたものだけを親指で拭いペロリと舐め、ニヒルにニヤリと笑うのだ。
吐きかけられた液体はオイラの頬から顎へと伝い落ち、そして地面へ落ちる。そこにオイラの心以外の液体が混じっているなんて、そんなこと、自覚したくなかった。

好きだと言ってしまえばどんなに楽だろうか。しかし、それを言った途端、アンタの瞳はもうオイラのことを捕らえることはなくなってしまうだろう。
人の心を自分のモノにしてしまうこと。人を魅了してして翻弄させること。それがアンタの快楽だということは、オイラが一番分かっているんだ。



「旦那…あ、」
「なんだよ」
「あっ、悪い。メンテナンス中だとは思わなかったんだ、うん。今すぐ出てくよ」
「別に構わないぜ。お前には何回も見せたしな」
「あ…うん」

旦那の部屋へ尋ねたら、生憎旦那は自分の身体のメンテナンス中だった。なんだか悪い気持ちになったので去ろうとしたら、別にいいとの返事だ。
アンタには別にそんなつもりで言ったのではないことは分かっている。でも、自分の脳内ではさっきの言葉が良いように数複され、結局旦那の部屋に居座ることになる。
自分が特別扱いされているように感じる時は多々あった。本当に旦那はそういう自覚はないのかもしれない。しかし、好きな奴にそんな風にされてしまうと嫌でも意識してしまうものだ。これも全部仕組まれたことなのだろうか。旦那の快楽の為の序章にすぎないのだろうか。
もうオイラは旦那、アンタに落ちているよ。だから、だからどうか、これ以上オイラの心をかき乱さないでくれ。

「…よし、終わったぜ。用はなんだ、デイダラ」
「え?」

自分のメンテナンスを終えた旦那は外套を着ると、オイラのほうへ向きなおして座った。きょとんとしたオイラに一瞬眉を顰めたが、すぐにその口元は薄っすらと弧を描き、綺麗ににっこりと笑った。

「用はないってか?…ククッ、そんなに会いたかったのか?」

早く逃げなくては。このままでは危ない。そう、瞬時に感じた。
どろどろに溶けた液体は地面に落ちる。その液体の塊をアンタの足が踏み潰し、びちゃっとした水音をたてて辺りに飛び散らせた。
逃げなくてはいけない。これ以上ここにいたらオイラの心はおかしくなってしまう。アンタへの想いで、アンタへの欲望で、壊れてしまう。
しかし、身体は動こうとはしない。動け、動け、なんて思ってもびくとも動かなかった。
オイラが心と葛藤している間に旦那の手がオイラを掴まえ、頬を触れる。そして優しく撫でた。
「デイダラ?」ともう一回旦那はオイラの名前を呼ぶ。からかったのに反応しないオイラをおかしく思ったのだろう。不思議そうな旦那の目がオイラを見つめる。

もう限界だった。
一人でこの想いを抱えるのも、一人で泣くのももう限界だ。オイラはこの人が欲しい。この人の心が欲しい。オイラだけを見て、オイラだけを愛して欲しい。
頬に触れられた手を上から重ね、握り締める。握り締めたとき、震えてしまった手の振動が伝わってしまったかのように涙までも零れ落ちてしまった。

「旦那…好き…、好きだ…っ!」

涙のせいで声まで震えてしまったが、想いは伝えられた。しかし、その瞬間、オイラの背中には鈍い痛みが走った。
旦那の背後に見える天井を見て、あぁ、押し倒されたんだな、なんて案外冷静に考えられた。
そうか、もうオイラはアンタの快楽ゲームの終了ボタンを押してしまったんだ。ゲームのクライマックスは肉体関係を結ぶこと。心を落としてしまえば、身体なんか簡単だ。そうして身体を重ねてしまえばもうおしまい。アンタは二度とオイラを見なくなる。
でもそれでもよかった。この想いを自分の胸にずっと秘めているよりは幾分ましだ。たとえ、アンタがオイラに目を向けなくなってしまったとしても。

「…ったく、遅ぇんだよ。どれだけ待ってやったと思ってるんだ」
「…え…?」
「じろじろ色目使って見てきやがって…分かりやすいんだよ、テメェは」
「…うん」
「そのくせにお前は俺のことを見ているようで全く見ていなかったようだな」
「え?それってどういう…あっ!」
「身体で分からせてやるよ」


アンタはずるい。
最初は心から、次は身体、そして最後に再び心をどろどろに溶かしていく。
しかし、前と違うところは、今回は全て受け留めてくれたということ。吐き出すことはなく、体内に飲み込んでくれた。心も身体も想いも涙も欲望も、全部。
それともう一つ。
溢れんばかりの愛の言葉を囁いてくれたということだ。




ほんとは好きでしたなんて、そんな今更
(でも泣きたいくらい嬉しいから)
(だからオイラも全身でアンタを受け留めるよ)





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