今日は天気の移り変わりが激しい。
朝アジトを出た時は確かに晴れていた。任務の時も太陽は出ていたと思う。しかし、今は太陽は雲に隠れてしまい、どんよりとした雲が上空に広がる。そのせいで前を歩く男の被った笠の下から覗く金色の髪も今日はいつもよりくすんで見えた。
その男がふと立ち止まる。俺は危うくそれにぶつかりそうになった。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、そいつがあまりにも笑顔で此方を振り向くもんだからとうとうその言葉は口から出ることなく飲み込んでしまった。

「旦那!見てみろよ、うん!」

そう言った相手の指差す先を見れば、森の中に咲く白い花が一輪佇んでいた。それをチラリと見た後相手の方に向き返る。

「あれがどうした」
「あの花、オイラと旦那が付き合って初めて二人で出かけた時に旦那が連れてってくれた花畑に咲いていた花だ、うん」

にこにこと効果音が聞こえるくらいに笑顔を向けながら言ったデイダラを眉を寄せて見る。そんなことあったか?つーかよく覚えているな。

デイダラは俺と付き合っていることが余程嬉しいのか度々そういうことを口にする。ここは初めて出かけた場所、あそこは初めてキスをしたところ、あの日は初めて身体を重ねた日、この日は付き合い始めた記念日。
だが、俺にとってはそんなことどうでもよかった。過去に囚われて後々までそれを大事にとっておいて記憶を呼び覚ますなど好ましくない。そんなのくだらない。大事なのは今であり、過去は過ぎ去ったもの、つまり消えゆくものである。だから俺は過去を思い出にし、それに浸るなんてことはしなくなかった。

「…くだらねぇ。さっさと行くぞ」

だからいつものようにそう言った。本当にこれはいつものやりとりなのだ。俺がそういって足を進めればアイツも笑いながら着いてくる。隣に並んでその過去の思い出話を一人で楽しそうにするのだ。
だが、今回は違った。

「…くだらなくねぇよ」

俺の背中に低い声が浴びせられる。ゆっくりと後ろを振り向けばデイダラが此方を睨んで立っていた。

「旦那はいつもいつもオイラとの思い出をくだらねぇっていう。オイラとの思い出を一つも覚えててくれない。…旦那はオイラと一緒に居れればそれでいいのか?今だけがよければそれでいいのか?」

いつもの笑顔のデイダラじゃない男がそこには立っていた。彼は眉を寄せ口角を下げ俺を睨む。その瞳には怒りの炎が静かに灯っているのが窺える。彼が怒るのは今まで何度も見たことがあるが、感情的なデイダラがここまで静かに怒るのは初めて見た。しかし、そんな静かな怒りが逆に本当に心の底からの怒りであるというのは考えなくとも分かった。

「………いつもいつもオイラからで……旦那は本当に…、……オイラのこと、好きなのか…?」

最後のほうの声は震えていて、彼が今にも泣き出してしまいそうなのを感じる。しかし、唇を噛みそれを必死に我慢しているようだ。瞳は潤み、涙はもう少しでも揺らしたら零れてしまいそうで。そんな彼を見て俺の口は開くことを忘れていた。

「……旦那、聞いてんのか?」

静かに、ゆっくりアイツの口が開く。森の中をサァッと風が通り抜け、木々を揺らす。
それはアイツの髪をも揺らし、被った笠を此方まで飛ばしてきた。その笠を拾い上げ、ゆっくりと目を閉じそして相手を見上げる。アイツの青色の瞳は不安でいっぱいだった。
笠を差し出しながら目を伏せる。そして声を絞り出した。

「………さぁな」

その言葉がいつものように口から出た瞬間、激しく後悔した。
今回は駄目だ。いつものように接してはいけない。不安がっているアイツには逆効果なのは頭では分かっていた。分かっていたのに。

「…っデイ…」

差し出した笠を振り落としながら彼は俺の横を通り過ぎた。その瞳からは涙が伝い、走り去る勢いでそれは宙を舞い、俺の手の甲に落ちた。
慌てて振り返ると共に背後に相手の振り落とした笠が地面に落ち、カサリと音を立てた。
追いかければまだ間に合う、間に合うのに。俺の足は動こうとはしなかった。
静かに笠を再び拾い上げる。森に吹く風は俺一人の髪を揺らし、空からは光を一切遮断した分厚い雲が上空を覆っていた。



アジトに戻っても俺らには会話がなかった。会話がないというより、アイツがあれからずっと部屋から出てこないのだ。でも無理に入るわけにもいかず、暫くは放っておくことにした。
しかし、自室に戻ろうともアイツのことが気になり何も手につかない。お気に入りの三代目のメンテナンスも、薬の調合も、読みかけの本の読書も集中出来ない。
小さく舌打ちをしながら立ち上がり散らかった部屋の掃除でもしようとはたきが入っていたであろう箱に手をかける。中を手探りで漁るとはたきよりも細い棒を見つけそれを手に取る。

「…針金、か?」

身に覚えのないものだ。傀儡に使うわけでもない。一体これは何に使ったのだろうか。気になって箱の中を更に漁ると赤や黄、緑などのナイロン製の布のようなものが出てくる。その布はまるで造花でも作るときに使うようなものだった。

(…造花?)

自分で思った喩えに疑問が浮かぶ。なぜ自分は造花を?なぜこんなところに?
ぐるぐると廻る思考。頭の中の引き出しを開けて過去の記憶を懸命に探す。

「……!」

ようやく辿り着いた記憶に慌てて床に散らばった工具を足で退けスペースを作る。そしてそこに向かって箱の中身を引っくり返して全て出した。



慣れ親しんだ相手の部屋のドアを数回ノックしてから中に入る。部屋の主はベッドの隅で毛布に包まって小さく座っていた。
その隣に座り先程落としていった笠を相手に渡す。デイダラは小さく「ありがと、うん」と言った。
顔を見れば目元は赤く染まり腫れていてどこか虚ろだ。ずっと泣いていたんだろうと思うと胸がチクリと痛む。

「…デイダラ、」

なるべく優しく名前を呼び、笠と一緒に持ってきたものを相手に渡す。すると、虚ろだった目は見る見るうちに大きく見開かれ、生気を取り戻したような瞳で此方を見た。
被っていた毛布を床に落とし、受け取ったものを両手で持ちながら口をパクパクと動かす。そして驚いたような表情で俺とそれを見ながら「チューリップ…」と呟いた。

「さっきは悪かったな」
「…ううん、でもこれ…」
「…俺もお前との思い出を大事にしようと思ってな。…今日だったよな、初めて俺がお前にプレゼントを渡した日は」
「…旦那…」

彼は再び目を潤ませ受け取った花を両手で大事そうに握った後、机の上の花瓶に飾られた沢山の花の中にそれを差し入れた。綺麗に飾られた花は窓からの月明かりに照らされとても綺麗だった。
永遠に枯れることのないその花は、これからもずっと彼の部屋で咲き乱れるだろう。
そして、花言葉のように俺らの恋を永遠の愛へと導いてくれるだろう。




ライクなのか、ラブなのかということ
(それは明らかにラブで、)
(俺はお前を愛しているということ)





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