旦那は奥手だ。
そんなことに気が付いたのはつい最近だ。
約一ヶ月前にオイラは旦那に告白した。「ずっと前からアンタのことが好きだった」と。ハッキリしない曖昧な態度はきっと嫌いであろうアンタの為に、シンプル且つハッキリと、そりゃもう芸術的に決めてやった。旦那は白い頬を赤く染めながら小さく頷いてくれた。
しかし、付き合ったところでオイラ達の関係は変わらなかった。いや、反って少し距離が出来たのかもしれない。2人っきりの時には少し離れて座り、会話は必要最低限しかない。目が合おうもんなら露骨に反らされてしまう。デートをしたって特にそれらしい行動はないし、肩を抱いてみたら旦那の肘が腹へめり込み、キスをしようとしたら拳が頬を抉った。
なんだ、旦那ってこんなに奥手だったのか?オイラは旦那は何でも手の早い人間だと思っていたのに。この調子じゃ手を握ることすら難しいのかもしれない。なら、キスは半年後?身体を重ねるのは1年後?
(まぁ、奥手は奥手で可愛いが…)
そんなことを部屋で1人悶々と考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、中に旦那が入ってきた。
「デイダラ」
「うん?なんだい、旦那」
「今から買い出しにいくんだが…その…」
「あぁ、オイラも行くよ、うん」
「そうか。なら一緒に連れてってやる」
「ありがと、うん」
あぁ、なんて可愛いんだろう。自分では上手く誘えない不器用ささえも愛おしい。
付き合って数週間のうちは、不器用な旦那をからかって遊んだりもしたが、それだと旦那は更に強情になり、頑なに自分から行動に出ないということが判明した。それからは、なるべく旦那が言い出す前に、旦那の言おうとしていることを言わずともオイラが言ってやることにした。そうすれば、旦那は少し上から目線だが、事を了承してくれたし、何より恥ずかしそうに誘ってきて、オイラがオッケーを出せば微かに嬉しそうな表情をするという反応がとても可愛いのだ。
そんなことを言ったら皆は盲目だ、なんて言うかもしれないけれど。
「旦那、何買いにきたんだ?」
「足りない部品があってな、それを補充に」
「へぇ…」
「何か欲しい物があれば言え。買ってやるよ」
旦那は奥手。それ以外に分かったことは、旦那は案外年上面というか、彼氏面というか、そういうものをしたがるということだ。
(それも可愛いんだけどな…うん)
だが、オイラは旦那にそんなことをして欲しいわけではない。どちらかと言えば、こちらがそうしたいのだ。そんなことを言ってしまえば旦那は意地でもその座を譲ろうとせず、再び頑なに拒むに違いない。だから今はまだ、何も言わない。可愛い年下の男を演じながら、旦那の思う通りに進むように、オイラは手助けしてやるだけだ。今はそれで十分。今は、だが。
「…にしても人多いなぁ、うん」
「繁華街だからな」
「これじゃあはぐれちゃうよ、旦那」
先程から旦那の肩は他人にぶつかり、何度も身体を揺らした。繁華街の中心に行くに連れ人の数も増え、旦那の眉間に深く皺が寄っていった。
このままでははぐれてしまうのではないか、と不安に思って告げれば、旦那も少し不安に思ったみたいで「あぁ」と呟いた。
少しだけ小さい旦那の身体が揺れる。あぁ、そうか。旦那は人の目も案外気にするタイプだったな、なんて頭の片隅で考えた。
瞳を泳がしながら周りをキョロキョロと見回す旦那。その手は下でぎゅっときつく握られている。
「旦那」
仕方ない。ここはかっこいい年下の彼氏が人肌脱ぎますか。
不服そうに差し出された手、放してなんかあげないよ
(キスまでのステップは)
(もうちょっとだけ待っててやるよ、うん)
旦那は奥手だ。
だが、そんなアンタだから、オイラは大好きなんだ。
差し出された小さめの手を握ると、旦那は耳まで真っ赤に染めた。