「…何が待たせるのが嫌いだ、うん」

俺は待つのも待たせるのも嫌いなんだよ、という言葉はアンタの口癖のようなもんだ。
この台詞を何回聞かされたことか。任務に行く時は勿論、買い物の時も、中にはオイラを部屋へ呼ぶときもその台詞はアンタの口から出てきた。
でも、そんな台詞を言うくらいだから、旦那はオイラを待たせるようなことはしなかった。オイラも時間前には旦那の元へ行くように心がけているが、それでも旦那はオイラより前に待っていた。待つのが嫌いという割にはいつもオイラを待っていてくれる。そんな優しい旦那は見習うべきいい男だ。
…と思っていたのに。

「ったく旦那の奴!もう30分も過ぎてるぞ!うん!」

いつもならアジトの前で待ち合わせ、というところだが、今回は特別だということで現地集合にしようと言い出したのはオイラだ。だって今日は年に一度の夏祭りという夏の一大イベントなのだ。ツーマンセルの相方であり、恋仲でもあるオイラとしては、その夏のイベントを大いに楽しみたかった。
旦那をびっくりさせようと思って小南に浴衣を着せてもらうことを頼んだ。その結果、なぜか小南のイタズラ心が擽られ、「サソリが喜ぶわよ」と上手い口車に乗せてオイラに女物の浴衣を着せ、髪までアップに結われてしまった。…まだ化粧を阻止出来ただけマシだ。

(…オイラは女じゃねぇんだぞ、うん)

小さな頃からこの髪と比較的女っぽい顔のせいで良く女に間違われることがあった。自分にとってそれはものすごい屈辱的であり、コンプレックスでもあった。
でも、このコンプレックスは旦那に出会って、旦那と恋をして徐々に解消できていたのだ。旦那が自分を可愛いと言ってくれるのに嫌悪感は全くなかった。寧ろ嬉しいと感じるのは、自分も旦那のことが大好きだからだろう。

「…にしても旦那遅いなぁ…」

もう40分近くになるだろうか。そう思いながら人混みの先を見つめていると後ろから肩をポンと叩かれた。

「旦那遅…」
「よぉ、姉ちゃん。一人で何してんの?」
「はぁ?」
「ずっと待ってるみてぇだな。そんな奴放っておいて俺達と遊ぼうぜ?」

旦那と思って振り向けば、そこに立っていたのは見知らぬガラの悪い男共だった。
先程の言葉から、こいつ等もオイラを女と勘違いしたらしい。…まぁ、今回ばかりは仕方ないかもしれないが。
それでも間違われたことに対してはイライラと苛立ちが募る。良く見てみろよ、オイラはれっきとした男だ。
話しかけてくる男共を無視してその場から離れるように歩き出す。しかし、男共は諦めてくれるわけもなく、当然の如くオイラについてきた。
何度もしつこく話しかけられるも、全て聞いていないフリをして歩く。だが、旦那との待ち合わせ場所であるこの場から離れるわけにはいかない。離れている間に旦那が来て待たせてしまうのは嫌だった。
そう考えていて少し油断してしまったらしい。連中の中の一人がオイラの腕を強く引っ張り強引に走り出した。まさかの出来事に身体が反応することが出来ず、そのまま引っ張られてしまう。

「何すんだ!離せよ!うん!」

必死に足掻き、抵抗するも、人数の多い男共はオイラを囲むようにしてそのまま人で賑わう露店の通りを抜け、人気のない草むらまで連れて行った。
この雰囲気は危ない。そう本能的に感じた時にはもう遅く、男共に両腕を拘束され、オイラの腕を引っ張っていた奴に顎を掴まれグイッと無理矢理そいつの顔を見させられた。

「お前、男かよ」
「…だったら何だっていうんだ」
「別に関係ねぇよ。お前が男だからといって易々と離すわけにはいかない」

無理矢理見させられた顔は旦那と違って凶悪な面だった。自分にはその男の顔がひどく醜いものに見えた。
汚い顔をこれ以上近づけるな。汚い手でオイラを触るな。旦那以外の奴には触れて欲しくない。旦那以外の奴には絶対に。
ぐっと唇を噛み締め、奴を睨みつける。

「…オイラに…」
「触るんじゃねーよ、俺のものに」

触るんじゃない、言おうと思ったその言葉は誰かの言葉に掻き消されてしまった。誰か、なんて考えなくても分かる。
この声の持ち主は、

「旦那…」
「悪ィな、遅くなっちまった」




この恋、何色。
(きっと旦那の後ろで打ち上がった)
(アンタの髪色みたいな真っ赤な色)





オイラを迎えに来てくれた旦那はあっという間に大勢いた男共をボコボコにとっちめてくれた。
その後、ものすごく申し訳無さそうな表情で「遅れて悪かった」と再び謝った。勿論オイラはすぐに「いいんだ、うん」と笑顔で返事をした。
だって、浴衣から伸びた旦那の白い腕にはいくつもの赤い切り傷やら、爪がくい込んだような痕が沢山あったから。


(今日も待っててくれて、ありがとう)




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