雨の日に俺の家に転がり込んできたサソリちゃんはよく出来た男だ。
朝は俺より先に起き、朝飯を作る。次に、時間通りに俺を起こし、俺が顔を洗いにいっている間にテーブルの上に美味そうな食事を出す。その食事もいかにも栄養バランスの取れてそうな色とりどりのものだ。食事が終わると、俺の着替えの手伝いをする。そして、よく磨かれた革靴を履き、彼がこちらへ来て俺のネクタイを綺麗に結び直す。最後に作られた弁当を俺に渡し、唇に軽くキスをして見送るのだ。
コンビニ弁当やカップ麺、外食といった不健康な食生活ともおさらばし、乱れることなく着こなされたスーツ姿を見て角都は「どうした、女でも出来たのか」なんて妙に真面目な顔で言った。それに苦笑いで返した俺に角都は心底不思議そうな表情を向けたが、どうしたものか、俺はそれ以上彼のことを口に出せなかった。
だっておかしいだろ。雨の中、公園で1人佇む少年を持ち帰り、そのまま一緒に暮らしているなんて。その少年が彼女のような行動をしてくれて、女のように可愛くてドキドキしてしまっているなんて。

(その上寝る場所がないからって一緒にベッドで寝ているなんて角都に言ったら絶対殴られる…!つーかクビ切られちまうかもしれねぇし…)

とにかく、この特殊な生活を人に知られてはまずいのだ。それは、いくら他人からバカだバカだと言われている俺でも分かる。しかし、もし知られたからって彼を家から追い出すなんて考えは全くなかった。



「いってらっしゃい」
「ありがとな。…あ、そうだ。今日帰り遅くなると思う。だから寝てていいぜ」
「………あぁ」

今日は会社の帰りにイタチやデイダラちゃんと飲みながら食事をしようと前々から約束をしていたのだ。それを言えば、サソリちゃんは少し表情を曇らせ呟くように返事をした。
ピカピカに磨かれた革靴を履き、塵1つ落ちていない玄関を出て行けば、ドアが閉まる隙間から寂しそうに眉根を寄せる少年がいた。その表情が頭から離れなくて、今日はいつもより少し重い足取りで会社へ向かった。



「でさぁ、その後輩がいつもうぜーんだよ。センパーイ!って付きまとってきて、オイラが芸術的に仕事を片付けると何かしらミスを見つけてパクリだなんだ言ってからかってくるんだ、うん」
「こっちなんか同僚が鮫だそ。ナンセンス中のナンセンスだ」
「皆大変なんだなぁ…」

居酒屋でイタチとデイダラちゃんに久しぶりに会えば、皆で一気に溜め込んでいた話を話し出した。その殆どが会社の話だが、皆それぞれ苦労しているようだ。雑用をこなすだけの俺は、意外といい待遇なのかもしれない、なんて改めて角都に感謝せざるを得なかった。
話が進むにつれ、どんどん酒を飲むピッチも上がる。そうすると、時計の針が進むのなど目に入らないものだ。気が付いた頃には、長針と短針が頂点にもうすぐ達してしまう時間になっていた。

「俺はそろそろ帰るぜェ」
「飛段、もう帰るのかい?うん?」
「夜はまだ始まったばかりだぞ」
「いや…その…まぁ、帰る」

帰る上に煮え切らない返答をすると、デイダラちゃんもイタチもぶーぶーと文句を言ってきたが、それを尻目に居酒屋を後にした。なんだかんだ文句を言ったところで、後は何も追及しない2人は本当にいい友達だと思う。つくづく俺は対人関係に恵まれてるなぁ、なんて感心してしまった。

(角都もイタチもデイダラちゃんも皆いい奴だしなぁ…)

暫くそいつらのことを考えながらしみじみと嬉しさに浸っているも、次第に家で待っている彼のことが気になって歩く足が速くなっていく。今朝、あんなに寂しそうな顔をしていたんだ、今頃拗ねて眠っているだろうな。明日は土曜で休みだから、朝飯は俺が作ってやろうか。どうせトーストくらいしか焼けないけれど、きっとそれでも少しは喜んでくれるだろう。


足早に家まで帰ると、マンションの前に何人かの人影が見えた。エントランスホールから漏れる明かりに照らされる人影は、近付くにつれ次第にハッキリと浮かび上がってきた。金髪の長い髪の女が2人。どちらも胸元が大きく開いた服を着ていて、大きな胸や長い足がこれでもかというくらいに露出されていた。そしてもう1人は赤い髪の細身の子だ。
…ん?赤い髪の細身?

「…サソリ!」

慌てて人影に近寄れば、赤い髪の子はやはり自分の家に住むサソリだった。2人の女に囲まれて地面に座り込むその手には、缶ビールが握られていた。

「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「お前…」

サソリが俺を見上げながら薄い笑みを浮かべて言えば、一緒にいた女が「帰ってきたね」「じゃあ私達帰るね、じゃあね可愛いボク」なんて言いながら立ち上がり、ひらひらと手を振りながら夜道へ帰っていった。
残された俺らは暫しの間、無言で見つめ合った。なんだか妙に居心地が悪い。サソリがこんな時間まで起きていて俺を待っていてくれたのは嬉しいが、見知らぬ女と今まで酒を飲んでいたというのが、なぜか無性に腹立たしいのだ。

「サソリ、何やってたんだよ」
「あぁ?テメェを待ってたんだろうが」
「でもこんな所で女と飲むことはねぇだろ」
「ククッ…ヤキモチか?」
「なっ…!ちげーよ!」

かぁっと顔に熱が集まる。頼むから、この顔は夜の闇に紛れて分からずにいて欲しい。そう願うが、サソリのニヤニヤとした妙に色気のある含み笑いからして、どうやら見えてしまっているようだ。
話を逸らすために、先程の女について聞いてみると、さっきの2人はつい数時間前に会ったばかりの年上女性のようだ。1人でマンションの前に立っていたところ、歩いてきた2人に声をかけられ、同居人を待っていると言ったら今まで付き合ってくれた上に酒まで奢ってくれたという。
彼の物言いに少し呆れて溜息を吐けば、彼は缶に残ったビールをぐっと呷った後、再びあの可愛らしい笑みを浮かべてこう言った。




「害がなさそうってよく言われる」
(俺は何もいっていない)
(相手が勝手にやってくれただけ)





「つーかお前ガキのくせに酒なんか飲むなよ!」
「あぁ?俺はとっくに成人してるぜ?」
「はぁー!?」

雨の日に転がり込んできたサソリ。
可愛い外見を武器に人を魅了する彼の謎はますます深まるばかりだ。





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