大学卒業内定率が過去最低とも言われた本年度。俺は運よく会社に内定を貰い、今春から社会に出ている。
運よく、というか俗にいうコネ入社というものだ。今の世の中コネも実力のうちだと誰かがいった。本当にその通りだ。俺のようなバカなら、尚更。
そんな俺をコネ入社してくれたのがこの中小企業の社長の角都だ。会社は主に金融会社と同じ職種であり、俺には全くといっていいほど興味もないし、理解も出来ないものだ。しかし、この会社に拾ってもらわなければ俺は生きていけないわけで。
毎日仕事が出来ない俺は社長の角都に仕えて茶を入れたり、コピーをとったり、荷物持ちをしたりという雑用をこなしていた。
角都のほうも俺をバカだバカだといいながらも結構気に入ってくれてるらしく何かと良くしてくれている。だからこそ俺も社長のことを角都と呼んだり、軽い口答えをしたりするのだが。
まぁ、今の生活は謂わば人生の転機とでもいうようだ。
でもそんな雑用でも、いや、雑用だから疲れるということも多く。今日も角都に仕えて同じ中小企業の社長のペインという奴との会合に行ったりしたもんだから帰りは相当疲れていた。
電車を降りると会社を出るまでは降っていなかった雨が地面を濡らしていた。俺は傘を買って帰ろうと駅内のコンビニに入る。傘を買うついでに食料も買っておこうか。何だか腹が減った。豪快に肉でも食いたいところだが、それは週末にご褒美として取っておこう。デイダラちゃんやらイタチやらを呼んで3人で飲みながらそれぞれの会社の愚痴でも話そう。きっとデイダラちゃんなんか煩いにちがいない。
週末の予定を立てながら安易に想像がついてしまう仲間を思い出し自然と口元が緩んでしまう。そんな週末を思い浮かべながらとりあえず大量のカップラーメンとおにぎりをレジへ運んだ。これで明日の朝飯、昼飯も確保だ。
コンビニを出れば雨は先程よりも強く降っていた。買った傘を広げ足早に家に向かう。既にスーツの足元は道路から跳ね返った雨水で濡れて色が変わっていた。
家の近くの公園の前を通ると外灯に照らされて人影が見えた。この雨の中傘も差していないようだ。
一人でボーっと真っ暗な夜空を見上げている。年齢は俺より下だろうか。赤く濡れた髪に整った顔をしていて、濡れてくっついた服から小柄で華奢な身体のラインが見える。足元には小さな鞄。こんな時間に一人でいるなんて、家出でもしてきたのだろうか。
「……」
自分でも驚くくらいその少年の顔が近くにあって此方を見上げているのを自覚したとき、俺自身が無意識にその子に近付いていたのが分かった。
瞬時に立ち止まり相手と少し距離を取ると、その少年が俺を上から下までじっくりと見つめた。綺麗な、でもどこか寂しげな瞳が俺の瞳を捕らえる。
そのままじっとして相手を見つめていたらふと自分の身体に濡れた冷たいものがあたっているのに気付いた。
「…っ!なっ、なにして…っ!」
「………て」
「え?」
「…拾って」
自分に抱きついてきた少年が此方を見上げ、切なげな表情で、切なげな声でそう呟いた。
少年が抱きついてきた拍子に驚いて落としてしまった傘は地面に転がり身体が雨に濡れる。それによって自慢の銀色の髪のオールバックに整えた髪が乱れ、前髪が少年の髪に落ちた。俺の銀色の髪は、彼の真っ赤な髪には勝つことを知らずにそのまま彼の髪の毛と同じ真っ赤な色に染められ、まるで俺の髪まで赤くなっているようだった。
思えば、この時染められたものは俺の乱れ落ちた前髪だけではないのかもしれない。
俺自身の心までもきっとこの時、彼に落ちてしまっていたのだ。
「適当に座ってていいぜ。…あ、まずシャワー浴びるか?」
「…あぁ」
「じゃあ廊下の二番目の扉だ。先行ってていいぜ。タオルとか用意しといてやるよ」
「…あぁ」
なぜ彼を連れ込んだのかは分からない。でもあの時の彼の表情は捨てられた子犬のようで。
どうせ家出かなんかなら、機嫌が良くなれば帰るだろう。あの雨の中あそこにずっと彼を置いていくわけにはいかないし、それにあの少年なら危ない大人にいけないことをされてもおかしくはない。
(…俺は危ない大人じゃねーけど…)
タオルを用意し脱衣所に持っていってやる。
浴室から聞こえるシャワーの音に曇りガラスに映る赤い髪に白い身体。それにドキッとして慌てて脱衣所から出た。…何焦ってんだ。これじゃあまるで俺そのものが危ない大人じゃねぇか。
「それにしても…ガキのくせに妙な色気だよなぁ…」
そうなのだ。少年は絶対俺より年下だ。少なくとも五つくらいは差があるだろう。それなのに妙に艶やかで色気を帯びているのだ。その色気がどこからくるものなのかは分からない。でもその色気に少なからず自分もやられてしまったのも事実であった。
「……なんだかなぁ…」
ソファーで背もたれに背中と後頭部までをも寄りかからせながら彼のことを考えて頭を抱えれば、後ろのドアがガチャリと音を立てて開くのを感じた。
「…っ!!」
その音に後ろを振り向けば体格のせいかブカブカな俺の服を着て髪から雫を垂らして立っている少年がいた。その頬はシャワーの熱のせいか上昇して微かに赤らんでおり、なんだか艶めかしい。
それだけなら俺も言葉を失わずに済んだ。なぜ俺がここまで動揺しているかというと、それは彼の格好に問題があった。俺は確かに脱衣所に上下の服を持っていった。それなのに彼は今上の服しか着ていない。無防備な細い綺麗な足は何も身につけずにそこにあるのだ。
なんでズボンを履かないのか教えてもらいたい。そりゃ俺のじゃ多少大きく、丈も長いのかもしれない。しかし、いくら男同士だといっても普通は履いてくるものだろう。
どんどん上がっていく身体の熱に気付かぬふりをして「あぁ、じゃあ俺も入ってきちゃうな」と言い残し彼の横を通り抜けてリビングを後にする。
未だにバクバクと大きく高鳴る心臓に手をあて深呼吸をして落ち着かせる。一体どうしたんだろうか、俺は。仕事で疲れすぎて少年にさえときめいてしまうのか。
足早に入った浴室のドアに寄りかかってそのままズルズルと力なくしゃがみこむ。いつも使っている浴室には自分の知らない香りがした。
「…角都ぅ…何しても俺をクビにしないでくれよぉ…」
手で顔を覆い声を絞り出せば何とも情けない声が浴室に響いた。
シャワーを浴び、ようやく冷めた熱に安心してリビングに戻ると俺は驚きのあまり口をあんぐりと開けたまま立ち尽くした。
「なっ!ななな、何、何、して…!!」
「あぁ?人に世話になるんだから当たり前だろ?」
「はぁ!?」
「これが礼儀ってもんだ。知らねぇのか?」
「はぁーーー!?!?」
俺がこんなに驚いている理由。それは目の前の少年が先程の格好とはまた違う妖しい格好をしているからだ。
その格好は謂わば男のロマン。
でも、
「裸エプロンはねぇだろ!!」
思わず頭を抱え込み叫ぶ。
もう顔が爆発してしまうのではないかと思うほどに熱い。
少年は「なんだ、裸エプロンは趣味じゃねぇのか」とか「次にするべきことはなんだったけな」とか一人ブツブツと言っている。誰に教わったんだ、こんなこと。
そんな俺に追い討ちをかけるように少年は俺に近付き少し背伸びをして俺の唇にキスをした。
人生にこれほどまでに顔を赤らめたことがあるだろうか。それほど俺の顔は赤く、先程触れた唇は溶けるように甘い香りを残してジンジンと焼けたように熱かった。
「俺がかわいいからだと思う」
(これからよろしくな)
(可愛いご主人様)
なんで彼を連れ込んだんだろう。そうポツリと声を漏らした俺に彼は、サソリちゃんはにこりと可愛らしく笑ってこう言った。