転校生の彼が来て数週間という日々が過ぎた。
しかし、彼の人気は今でもずっと健在で、未だに人気は右肩上がりの上昇中というところだ。
彼にはとうとうファンクラブたるものが出来たとクラスの女子が言っているのを耳にした。なんでもそのファンクラブには既に学内の半分程の人数がいるらしい。そのメンバーは学内に止まらず、噂を聞きつけた他校の生徒までいるらしい。本当に恐るべき人気だ。
しかし、当の本人は毎日しれっとした涼しげな顔で登校し、授業中は爆睡、休み時間は誰とも関わらず一人イヤホンを耳に突っ込みながらの読書、そして帰りのHRが終わればさっさと下校をするという日々を過ごしている。
爆発的人気を持つということを彼は気付いているのだろうか。いや、きっと気付いていないだろう。彼は周りに全くといっていい程興味を持たない男だ。
そんな彼にファンクラブの奴らを中心としたメンバーが名付けた彼のキャッチフレーズは“孤高の王子様”。まぁ、彼にはぴったりなのではないだろうか。彼は“王子様”には変わりはないのだから。
周囲の者と関わりと持たない彼だが、その人気は女子だけではなく男子にもあった。毎日遊びの約束に誘われているのを見る。男共も“王子”との繋がりを求めていた。
そんな男共の中にオイラの友達である飛段もいた。だが、他の男共と違って飛段は純粋に、彼と友達になりたがっていた。
他の奴にはない純粋さを彼も感じ取ったのか、彼は次第に飛段と仲良くなっていった。
となれば、必然的に飛段の友達であるオイラも自然と話す機会が多くなる。
初めはとても緊張した。ここまでくるまでに彼とは色々あったからだ。次は何を言われるのか。それとも飛段にオイラの醜態を晒すのか。
オイラは飛段から彼を紹介されたとき、ドキドキしながら改めて自己紹介をした。しかし、彼はただ一言「よろしく」と言っただけで後は何も言わなかった。
「なぁ、デイダラちゃん今週の土曜日って空いてるか?」
「うん?なんだよ」
「サソリちゃんが遊ぼうって誘ってくれたんだよ」
「…ふーん」
「なんだよ、嬉しいだろ?だから三人で遊ぼうぜ」
「…うん」
飛段にそう誘われたとき、内心はとても嬉しかった。
しかし、自分が直接彼に言われていないので何だか実感が湧かない。本当に彼が誘ってくれたのだろうか。本当は飛段と二人で遊びたかったのではないだろうか。…その前に、オイラは彼と仲良くしていていいのだろうか。
だってオイラはまず彼とそんなに仲良くはないし、おかしな前例もある。純粋に仲良くしている飛段とは違い、オイラにはその他の彼に近付く男共と同様に純粋以外のものが混ざってしまっているのは確かだ。頭のいい彼のことだから、きっと気付いているだろう。
「あの、オイラやっぱり…」
「11時に駅前の時計台の下だってよ!遅れんなよ、デイダラちゃん」
「あ…うん!」
今回は断ろう、そう決めたが、飛段があまりにも嬉しそうに話すもんだからオイラまで笑って頷いてしまった。
優しいコイツのことだ。オイラが彼のことでこんなにも悩んでいると知ったらきっとコイツまで一緒に悩んでしまうだろう。それか「そんなことねぇよ!」と言ってオイラを励ますか。…多分今回は後者の可能性が高いのかもしれない。
結局、飛段にも彼にも断ることなんて出来ずに土曜日が来てしまった。
なんだかんだ言ったってオイラも嬉しいのだ。彼と遊ぶのが。彼と学校以外で会うのが。
休みの日は昼過ぎまで寝ている、遊びの約束があっても30分くらい前まで平気で寝ているオイラが今日は七時に起床してしまった。
実のところ、昨夜の寝つきはあまりよくなかった。まるで遠足前夜の小学生のようにワクワクして寝付けず、眠りに落ちたとしてもなかなか深くは寝れずにゴロゴロと寝返りばかり打ち、気が付いたら朝になっていたのだ。
しかし、目覚めは最高潮によく、パッと起き上がると部屋のクローゼットから数々の服を出しあれでもない、これでもないと鏡の前で一人ファッションショーを開催した。彼の私服はどういうものだろうか。この服ではラフすぎるだろうか。でもこれでは気合が入りすぎか。などと思考を廻らせているうちにいつの間にか時間は過ぎ、気付けば10時になっていた。
慌ててシャワーを浴び、やっとで用意出来た服に着替える。ドライヤーで髪をブローしながらいつものトレードマークである、彼曰く“ちょん髷”の形にセットをするとベッドに置き去りになっていた携帯電話が鳴った。
「…飛段?どうした?………あー、うん。そっか。大丈夫大丈夫、さっき起きたばっかだし。…………うん、うん。……いや、いいよ。オイラももう一回寝なおすわ、うん。………じゃあ、また月曜日学校でな」
半ば放心状態で電話を切る。こともあろうことか彼は当日の待ち合わせ時間の30分前にドタキャンをしてきたのだ。飛段からの連絡によると「風邪引いちまった」らしい。
早く着くために家を出ていなくてよかった。危うく一人で時計台の下まで行ってしまいそうだった。
携帯を再びベッドに放り投げると、鏡に映る自分に苦笑いを漏らした。
なんだ、この気合の入った格好は。これでは人生初めてのデートをする中学生と同じではないか。
しかし、もう再び部屋着に着替える気にもなれず、そのままベッドにダイブする。時計を見れば待ち合わせの時間の15分前をさしていた。
でもどうして彼は全部連絡を飛段に頼んだのか。誘いも断りも全て。一応飛段に紹介されたときに携帯番号とメールアドレスは交換した。だったらオイラにも直接連絡をしてくれたっていいじゃないか。
そう思えば徐々に腹は立ってくるものだ。だから風邪の病状も心配だし、少し元気なようなら文句もいってやりたいし、彼に電話をしてみようと電話帳から彼の電話番号を出した。
しかし、通話ボタンを押して呼び出してみても彼は一向に出ない。電話に出れないほど辛いのか。それとも寝ているのか。…それともオイラからの電話に出たくないのか。
より一層腹を立てたオイラは電話を切り再びベッドへボフンと豪快に音をたて横になった。
チラリと時計を見ればもう11時をとうに過ぎている。本来なら今頃楽しく遊んでいたのだろうか。待っているオイラの元へ彼が来てまた意地悪く笑いながら「今日はまた随分気合が入ってるみてぇだな、ちょん髷」なんて言ったのだろうか。
そう一人で考えるとなんだか部屋にいられなくなり、財布と携帯をポケットに突っ込んで家を出た。
歩いて15分程かかる駅前まで行く通りを歩いていると、前から来た同じくらいの年代の女が「さっきの人かっこよかったね!」なんて話しているのを聞いた。「誰か待ってるのかな?ずっと時計台の下にいたんだよ」とその女の友達が言ったのを聞くと、再び女の「えー、彼女かな?羨ましいー!」なんて声を背中にオイラはその場で地面を蹴り走り出した。
まさか、彼がいるはずがない。だって彼は今日風邪でって飛段が言っていた。だから遊べなくなったって。それなのに彼がいるなんて期待をするオイラは馬鹿だ。
息を切らして全力疾走で駅前まで行く。時計台の下まで着いたころには肩で息をする程までになっていた。
しかし、彼の姿はどこにもない。
いるはずがないのだ。
(オイラ本当に馬鹿だ)
自分で自分に呆れる。何をやっているんだ。
大きく溜息を吐き、時計台に背中を向ける。トボトボと重い足取りを進めるとオイラの携帯が時計台の広場に鳴り響いた。
慌てて画面も見ずに携帯に出ると、オイラの片耳にあの甘い声が直に入ってきた。
「絶対来ると思ってた」
(早くこっちにこい)
(今から二人っきりでデートしようぜ)
辺りをキョロキョロと見回すと、駅前の喫茶店の窓際の席から携帯片手にオレンジジュースの入ったグラスから出る赤いストローを咥えながら此方を見てニヤリと意地悪く笑っている“王子様”が見えた。