転校生の美少年はあれからも人気が途絶えることも劣っていくことも知らないかのように人に囲まれていた。
いや、転校してきた時よりも人気は上がったのではないだろうか。


よく“美人は中身が悪いのが多い”なんて言うのを聞くが、それを言い出した奴には謝ってもらいたい。
彼は見た目は完璧だ。
どこの女にも男にも負けないくらいの美貌の端整な顔を持ち、それをまた飾り付けるかのように真っ赤な少し癖のついた可愛らしい猫っ毛ともいえるフワフワな髪に、少し小柄な身体をも持ち取り舞っている。
…一つ外見で欠点をいうなら、小柄故に若干背が低いということだろうか。まぁ、それも周りからはチャームポイントの一つとして見られているから欠点とは言えないかもしれない。
そんな美少年の彼の中身が学内で徐々に明らかになってきていた。
勉強をやらせればどの教科の先生も驚くくらいに出来る。授業中はいつも机に突っ伏して寝ているというのに当てられた問題はなんなくこなし、テストをすればいつも百点だ。また、スポーツはあまり好きではないのか体育の時間はほとんど動かないが、それでも自分がやらなくてはいけない場面ではしっかりと完璧にこなす。チーム戦でも彼がいるチームは必ず勝つ程だ。
とにかく彼は完璧だった。
有名なイタリア絵画から飛び出してきたと思っていた少年は、中を開ければ少女漫画から飛び出してきた王子様のような、そんな少年であった。
だが、内面の欠点を挙げるとしたら性格そのものが問題だ。
とにかく彼はぶっきらぼうで必要以外は口を開こうとはしないし、ほぼ無表情だっだ。
しかし、決して悪い性格ではない。
隣の席の女の子が落としたペンをさりげなく拾ってあげたり、野郎共とのチーム戦では求められたハイタッチを返したりと優しい性格の持ち主のようだ。
でもオイラは知っているんだ。
先日の美術室での一件以来、彼のことをこう見ていた。
“少女漫画の王子様”ではなく、“単なる俺様”だと。

「デイダラちゃん昼飯食おうぜー」

昼休みになった途端飛段が弁当を机の上に出しながらそう言った。
オイラも昼飯を机の上に出して広げる。いつもなら素早く食べ始める飛段がモタモタしている様子からして今日はなんだか疲れているようだ。

「もう俺腹減ったよ。まさか数学当たるなんて思ってねぇし頭使った分いつもより腹減ったぜ」
「お前よく分かったな、うん」
「今日かぁ?全然分かんなかったぜ?」
「でもちゃんと答えて当たったじゃないか。うん?」
「アレはな、サソリちゃんの席のほうからポーン!って紙くずが飛んできて、中広げたら答えがあったんだよ」
「…ふーん」

サソリちゃんに感謝だな!ゲハハ!なんて機嫌よさげに豪快に笑った飛段は机の上に広げた弁当をようやく食べ始めた。昼飯を前にもう疲れもぶっ飛んだようだ。
オイラはなんだか腑に落ちなくて口をへの字にしたまま弁当のおかずを口に運んだ。
勿論、オイラがこんな顔しているということを飛段は弁当に夢中で気付かないだろう。


そんな話題の彼はいつも昼休みはどこかへ消えてしまう。
大方、昼休みくらいゆっくりしたいのだろう。登校から下校まで騒がれてちゃ誰だって嫌になる。
一度だけ、昼休みに彼を見つけたことがあった。
彼は小さな菓子パンと紙パックのジュースを持って廊下を一人で歩いていた。そしてざわめく人混みを避け、ほとんど誰も使用していない旧校舎の階段のほうへ向かっていったのだ。
思えば教室を出る時、彼の手にはいつも菓子パンが握られていた。寧ろそれ以外を見たことがない。
女の子に色々と差し入れを貰っているのは目にするが、彼はいつもそれらを片っ端から全て断るんだ。

(…そんなに菓子パンが好きなのか?)
「デイダラちゃん、何難しい顔してんだ?」
「うん?いや、なんでもないぞ、うん」
「なんだよー、つれないなぁデイダラちゃん。なんか悩んでんなら相談に乗るぜ?」
「…うーん」
「なんだ?」
「…飛段悪い。オイラ明日の昼ちょっと用足しに行って来る、うん」
「…?とりあえず了解したぜ。じゃあ明日は角都のクラスにでも行くかなァ!ゲハハ!」



翌日、オイラは昨日飛段に告げたとおり席を立った。
片手には脱いだブレザー、そしてもう片方の手にはおにぎりを詰めた鞄を持って。

以前彼を見かけた旧校舎の階段付近に人はいなかった。
まぁ、旧校舎は美術室みたいな特別教室しかないから利用する人は少ないんだが。
階段まで行くと、直感的に“この先立ち入り禁止”と書かれた古びた落書きだらけの看板を飛び越えて上へ向かった。
なんとなく、なんとなくだがこの先に彼がいる気がして。
きっと今日のような青空の下は彼の真っ赤な髪や白い肌をより一層綺麗に見せてくれるだろうから。

(…お願いだ、いてくれよ)

屋上へと続く鉄製の重い扉を開くとそこにはオイラの待ち望んでいた景色が広がっていた。
フェンスに寄りかかり菓子パンの袋を開けようとしている学ランを着た赤毛の少年。
この学内に学ランを着ている奴は彼しかいない。それでなくても彼の一番のチャームポイントの髪の毛を見間違えるはずはないだろう。

「……ちょん髷じゃねぇか」

ドアに立ち尽くすオイラに彼は再びオイラを特別な固有名詞で呼んだ。しかし、オイラを見る目は先日と違って少し驚いているように大きくなっていた。
彼の発した言葉にオイラは返事が出来なかった。今声を出したら変に緊張して上ずった声になりそうで。そんな声を発したら最後、きっと彼にニヤニヤと笑われるだろう。
オイラは黙って鉄製の扉を閉め彼のほうへ歩み寄った。
そして彼と少しだけ距離を取ったところに腰を下ろし、そのまま鞄から今日の昼飯のおにぎりを取り出す。
自分で作ったおにぎりは、かっこ悪いくらい見た目が不恰好で少し情けなくなる程であった。


屋上に暖かい春風が吹く。
それによって左に垂らした自慢の金髪が右に流れて視界が金色一色になってしまった。
「わっぷ!」なんてなんともいえない間抜けな小さい声を上げながら流された前髪を避ける。
すると、いつの間にか手に持っていた不恰好なおにぎりは手元から無くなっていた。




「俺のため、だろ?」
(随分芸術的なおにぎり作るんだ)
(こんな形、なかなか作れねぇぜ?)





初めて話した美術室での光景を思い出させるようなニヤリと意地悪く笑うその顔で彼はクスクスと笑った。
オイラの手元には彼の袋を開けたクリームパンがあった。





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