いつも見る風景は不自然に感じ取れるくらい、やたら輝いていた。
しかし、その輝きは意図して人工的に作られたものであり、とてもじゃないが魅力的には見えなかった。同時に、生きているという感覚がほとんどなく、どこか幻想的な空間でもあるこの場所から、一分でも一秒でも早く抜け出したいと常に思っていた。
でも、ここからは自分の意思で出ることは出来ない。
手を添えた透明で分厚いガラスの向こうは、すごく明るく見えた。


kaleidoscope:B


今日も画面の中から見た世界は楽しそうに見えた。
自分が今いる空間とは対照的に、リアリティに創芸された世界。そして、生きている人間それぞれにある様々な感情。それらは俺にはあってないようなものであった。いや、あっても出してはいけないものであったといったほうが正しいのかもしれない。それ故に、生きているという感覚さえも感じられないのだろうか。
決められた感情、決められた表情、決められた言葉。用意されたシチュエーションに、永遠にループされるストーリー。代わる代わるに相手とほとんど同じ恋愛をし、そして飽きられたら終わる。
画面を見つめる側からすれば、ここは理想の塊であり、一種の楽園のようにも見えるだろう。しかし、実際狭い狭い空間の中は、襲い来る絶望感に耐えて暮らす、牢獄のようだった。


新しく作られた部屋はいつもと同じ空間で、部屋の広さも天井の高さも世界を隔てる一枚のガラスの位置も全く同じであった。ただ、違う点を上げるとするならば、前の部屋は隣も、その隣にも、その隣の隣にも、同じような部屋が並んでいて、たまに隣の部屋の様子を見たりすることが出来た。しかし、新しい部屋の周りは寂寞としていて、何も無いという点であろうか。
綺麗に磨かれた分厚いガラス越しに外を覗けば、そこに広がるのは見慣れない風景だ。
白い壁に天井、茶色のフローリング、そしてその上に敷かれた深い赤色、というより臙脂色に近いカーペット。締め切られたカーテンの隙間から漏れるオレンジ色の夕日。お世辞とも広いとは言えない室内の端には、積み重なったダンボールが沢山置いてあった。
しかし、室内をどんなに見渡しても、部屋の主は見当たらなかった。

(パソコン付けてどっか行っちまったのかな…)

ガラスに両手を付け、顔をギリギリまで近付けて目を凝らしてもやはりそれらしき人物は室内にいないように見えた。
無意識に口から漏れる溜息。期待した分だけ、いつもよりも深い深い溜息であった。
期待。そう、今度の相手は誰だろう、そんな期待。いや、そうではないだろう。きっと、自分を選んでくれるかもしれない、そして自分を大切にしてくれるかもしれない、そんな淡い期待を自分は抱いていたのだ。
しかし、パソコンを付けてDVD-ROMをインストールしたまま放置してしまうような相手だ。あまり過剰な期待をするのはよくない。
そう思ってガラスを背に引き摺るようにずるずると腰を下ろした。背中越しにでも分かる冷たい感覚。それは、ただ単にガラスが冷たいだけか、それとも心中に抱えるどこか冷酷な感情が反映でもしてしまったのだろうか。なんてことを考えて、自分でも馬鹿みたいだ、と嘲笑してしまった。

(助けて、ほしいな…)

誰か、俺を。
この隔離された牢獄から解放してほしい。鎖を付けられて決められた言動だけをするロボットのような俺を自由にしてほしい。
この空間にいる以上、シナリオにない限り涙など出るはずもないのに、無性に泣きたくなった。
泣いて、泣いて、どうせならその涙の海の底へ沈んでしまうか、もう出なくなるまで涙を出してしまって枯れ果ててしまいたい、そんな考えさえ思い浮かぶ。そんなことは、出来るはずないのだけれども。

「…どうすればいいんだろ…」

その時、画面越しに声が聞こえた。後ろを振り返ると、こちらを覗き込む男がいる。片手に携帯電話を持ち、困ったような表情をしていた。
男はこちらを真っ直ぐ見つめる。真っ黒だが全く重たそうに見えない細い髪の毛のお世辞も言えないような特に特徴のない髪、あまり外に出ていないのか綺麗な白い肌をしており、顎を描くラインはとてもシャープだ。決して派手な顔ではないが、とても端正な顔立ちをしている。同時に、開かれた双方の瞳がとても印象的だと思った。綺麗な深い赤色の瞳は奥底で控えめにキラキラと輝いていて、透き通ったそれは純粋そのものであった。汚れたものを知らないとでもいうような、そんな瞳。彼はその瞳で、今までどんなものを見てきたのだろう。

「名前入力…えーと…レ、ッ、」
(…レッド…)

男はレッドという名前だった。
その名前を聞いた瞬間、まるで真っ暗な闇に挿す一筋の光のようなものが見えた気がした。
そして、その光に、俺はこの手を延ばした。




絶えず変化するかたち
(鎖を外して手を差し延べてくれたのは)
(他でもない君だった)





画面の向こうはやっぱりリアリティなもので、自分のいた空間とは比べ物にならないほどに輝いていた。
そして、目の前に寝ている一人の男もまた、眩いほどに輝いて見えた。
再び延ばした指先に触れた白い頬からは、今まで自分が感じたことのないような温もりを感じた。


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