高校生の夏というものはどういうものかとても短い。
正確に言えば、短く感じる、というものだ。
よく、高校生は一番楽しい時代だとか、青春だとか世間で言われているが、まさしくその通りだ。楽しいが故に時間が経つのが早い。それだけ充実しているという証であろうが、それはそれで結構寂しいものなのだ。
過ぎ去っていく季節は止まることを知らず、もう二回目の夏が終わってしまった。


久しぶりの教室。久しぶりのクラスメイトたち。夏休み前に煩いくらいに鳴いていた蝉はもう一匹もいなくなっていた。
久しぶりに再会したクラスメイトたちはいつもよりも心なしかテンション高く喋りまくっている。夏休みに何があった、こんなことがあった、俺は彼女が出来た、私はひと夏の恋をした、そんな会話が飛び交う。
さすが青春真っ盛りの17歳。会話の半分以上が恋愛話で持ちきりだ。
しかし、目の前にいるこの男は相変わらずの無表情で頬杖をつきながら文庫本を読んでいる。こいつにもひと夏の思い出というのものがあったのだろうか。どっかの女と出会って恋をしたりしたのか。いや、こいつは女に負けねぇくらい綺麗な顔をしているからもしかしたら…。女だったら仕方ないが、残念ながらこいつは女にまるっきり興味がない。…となれば、だ。心配するのは野郎共の汚らわしい手なわけで。そう考えると、無性に目の前の男のことが心配になった。

「…おい、何見てやがる」
「え?あ、何でもねぇよ」
「ジロジロ見るんじゃねぇよ、胸糞悪い」
「悪ィ悪ィ」

前にこの男に「お前は本当に男なのか」と問いたところ、自分の顔面に鉄拳が飛んできた。彼にこの質問はタブーらしい。
でもそう問いたくなるくらい目の前にいる男の顔は女のように綺麗で儚かった。それは、この夏の日差しに紛れて光と共にどこかへ消えてしまいのではないか、と幾度も心配になるほどである。でもその儚さがまた彼を一際綺麗に見せているのではないだろうか。
…俺にはよく分からないけど。

「なぁ」
「なんだよ」
「サソリちゃんはさ、この夏何かあった?」
「別に」
「本当に?」
「何を疑ってるんだよ、テメェは」
「いや…その…」
「ハッキリしろ」
「サソリちゃん…恋とかは!?」
「…は?」

ハッキリしろ、と急かす彼に言わされるがまま一番聞きたかったことを問えば、当の本人はきょとんとした表情でこちらを見るばかりだ。
無性に頬に熱が集まっていく気がする。暫しの沈黙の後、彼が小さく口を開く。しかし、その口から出た言葉は「あー」だとか「んー」だとか何とも煮え切らない。先程ハッキリしろといったくせに、自分はそんなあやふやな返事しかしないのか。
徐々にじれったくなる返答。残暑の暑さのせいか、それとも焦る気持ちのせいか、背中にはしっとりと汗を掻いていた。

「…恋、なぁ…」

彼の口の動きがやけにスローに感じる。その反面、耳に届いた声はハッキリと、しかしエコーのほうにぼんやりと聞こえた。ごくりと唾を呑む音が自分の体内によく響いた。

「…していない、とは言えねぇな」
「え!?」
「休みの間、なぜかそいつのことが頭から離れなくて…少しでもいいから会いたいとまで思っちまったこともあった」
「…そうか…」

彼も恋をしていたんだ。その事実が突きつけられると、目の前にいるはずの彼が妙に遠くに感じた。いつもと違う優しげな表情で話を進める彼はまるで別の誰かのようで寂しさまで感じる。
彼は誰に想いを寄せているのだろうか。同じクラスの奴か、それとも同じ部活の奴か、それとも俺の知らない他の誰かか。
すると、寂しい気持ちの奥からフツフツと怒りにも似た感情が湧き上がる。俺じゃ駄目なのか。こんなにずっと一緒にいるのに、俺じゃお前を満足させることができないのか。
「サソリ」と彼の名前を呼べば、思いの外低い声が出てしまい自分で驚いた。だが、彼は俺のそんな心配も知らず、一人で話を進める。
もう一度名前を呼ぼうと口を開いたら、あの無表情の多い彼がにこりと笑いながら、俺にだけ聞こえるように甘い言葉を小さく呟いた。




あなたの笑顔はいつも突然で、俺は息もできない
(もう息なんてしなくていいから)
(その笑顔はどうか俺だけに、)





高校生活はあと半分。
俺の青春はまだ始まったばかりだ。




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