まあ良いや、帰ろ。
 忘れちゃうってことは大したものじゃなかったんだろうし。
 そう思いながら、私は八木くんに声をかける。

「……大したものじゃないと思うから、帰るね」
「そう?」
「うん。……じゃあ、また明日」

 私はカバンを持ち、教室から出る。
 すると、八木くんも廊下に出て来た。

「どうしたの?」
「いや……」

 八木くんの目は窓の外へと向けられていた。

「外、暗いし……送ろうと思って」

 八木くんの視線は外へ向けられたままだった。
 私の方を向いたわけじゃないけれど、照れた表情が嬉しい。

「八木くんって、可愛いね」

 つい出てしまった言葉に、八木くんは目を丸くする。

「か、可愛い!? バッカ、男にそんなこと言っても嬉しくともなんともねーよ」

 八木くんは赤くなっていた。頬が、熱そうだ。

「だいたいなあ、そんなこと言ってっと明日の小テスト落ちるぞ?」
「あっ、小テスト! 忘れてた、勉強しなきゃ」

 そう言ってから、私はハタと立ち止まった。そういえば。

「私が忘れてたの、ペンケース! 取りに行くから先帰ってて!」

 私は走って教室まで戻った。教室のドアを開けると、闇で包まれていて真っ暗だった。

(うー、怖)

 カバンをギュッと抱き締める。そうすると少し安心出来た気になった。
 私は教室の中へ足を踏み入れた。なんだか恐ろしくって、ドキドキと鼓動が高鳴る。
 パチリと教室の電灯をつけ、席まで行く。机の引き出しの中からペンケースを取り出すと、ホッと溜め息が出た。

(さっきまでここで……)

 視線は隣の席へ行ってしまう。今では誰もいないのに、つい先程までここで八木くんと話していたのだと思うと嬉しくなる。と同時に、悲しくもなった。

(何も、話してた証拠が残ってない)

 八木くんが“無愛想”ではない、という証拠がないのは居たたまれなかった。しかし、逆に考えればむしろ好都合なのかもしれない。──私しか、八木が無愛想じゃないって知らない。

「なあ、早く帰りません?」

 廊下の方から声が聞こえ、私の体はびくりと震えた。

「八木くん」

 待っててくれたの? そう訊くと八木くんは当たり前だろ、と答えた。

「送って行くって言ったじゃん」
「……そうだったね」
「男に二言はありませんよ」
「そうらしいね」

 じゃあ、帰るか。八木くんの言葉に私は頷く。
 暗くて怖かった廊下は、全然怖くなくなっていた。


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