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お迎えの時間だよ
「字の書き方を教えて下さい!」
「──何で?」
いきなり私の部屋に来たと思ったら、ルイはそのようなことを言った。学校の課題をしていた私はただ驚くことしか出来なかった。
「ひらがな、の書き方を教えて欲しいんです。どこかの国の文字を書けるようになったら、嬉しくないですか?」
そう言うとルイはふわりと笑った。だがその笑顔に私は違和感を覚えた。──ルイはこんな笑い方する人だったっけ?
「良いですよ、私で良ければ力になります」
学校の課題を机の隅に追いやり、私は言った。
「ありがとうございます!」
今度のルイの笑顔は、普段から見る笑顔だった。
私はルーズリーフの上に五十音順にひらがなを並べていく。出来る限り美しく書いたつもりではあったが、不格好なひらがなが陳列されてあるだけだった。
ルイはその文字たちを目を輝かせて見ているので私は別に良いか、と思うことにした。
文字を指差して説明していく。
「これが"あ"ね。んで、次が"い"で、その次が"う"で……」
私の下手な説明を真剣に聞いてくれるルイに、私は嬉しくなった。
* * *
その日の朝も、至って普通だった。学校に行く私を母さんとルイが見送り、私は手を振って家から出る。その日も、いつも通りにそうやって学校へ向かった。
唯一、気になることがあるとすれば、それはひらがなの書き方を教えてと言った時のルイの表情だった。
やけに胸騒ぎがしてならない。時々キュウと胸が締め付けられるような感じがした。クラスにいた私は早く学校が終われと思うことしか出来なかった。
何故か、ルイの顔を見れば落ち着けるような気がした。
授業を受けていても、休み時間に友達と話していても、気になるのはずっとそのことだけだった。
「今日ずっとそわそわしてる。なんかあるの?」
学校でよく一緒に行動する友達にそう訊かれた。
「んー……特に何もないけどね」
私がそう答えると彼女はそう? と首を傾げた。
「うん、大丈夫だよ……大丈夫」
最後の呟き、果たして誰に対するものだったのだろうか。
* * *
自転車を家の前に停め、急いで家の中に入る。
「ただいま!」
珍しく私がそう言ってみてもなんの反応もない。家中が静まり返っていた。いつもなら聞こえてくるはずのルイの母さんの談笑の声が聞こえてこない。
私は不安になって、リビングのドアを開けた。
「あ……お帰りなさい」
泣きはらして目を赤くした母さんがソファに座り込んでいた。
「ルイはっ!?」
私がそう尋ねると母さんの目からはらはらと涙が滴り落ちる。そして私に、リビングの上に置いてあった手紙を渡してきた。
『いよさん、ちえさん、いままでありがとうございました。
いま、おれのからだはすけていて、もうこのせかいにながくいられないのだとおもいます。せめていよさんかちえさんがいるときにこのせかいからさりたかったのですが、さよならもいえず、ありがとうもいえず、すみません。
いよさんはおれのほんとうのかあさんみたいでした。いろいろはなしてくれて、おれをすこしでもこのせかいになじませてくれたことがとてもうれしかったです。
ちえさんは、じつをいうとさいしょはなかよくなれるかふあんでした。おれとちえさんはよくにてるとおもったからです。ですが……おれはもっともっとちえさんのことがしりたかったです。もっともっとちえさんとはなしがしたかったです。ちえさんがおれとおなじきもちならとてもうれしいです。
みじかいあいだでしたが、ほんとうにおせわになりました。
るい』
ルイからの手紙を読み終わった時、私の目から涙が溢れた。
「わ、たしだって……! もっとルイのこと知りたかったのに!」
人の生活の一部に入ってきたルイは私の生活の中からいなくなってしまった。
そう考えるとますます涙があふれてくる。
△ ▽