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健気に笑う
今日は日曜日。久々に部活が休みだということもあり、部屋で横になって本を読んでいた。久しぶりにだらだらと過ごせる、そう思うと嬉しくて仕方がない。
私の部屋に響くのはページを捲る音だけだった。シン、そんな言葉が似合いそうなほど静まり返ったこの部屋に、コンコン、となんとも不釣り合いな音が鳴った。
「どーぞ」
本を手に持ったまま返事をする。ガチャリとドアが開き、一人の男が入ってきた。相変わらず色素の薄い髪の毛はサラサラしており、蛍光灯の灯りをキラキラと反射していた。
「あの、お願いがあるのですが」
「何?」
私がそう尋ねるとルイは少し俯いた。そしてそのまま続ける。
「お、俺と買い物行きませんか!?」
「え?」
「今日の夕飯の材料が足りないらしくて、その……伊代さんに買ってこいって頼まれたんですけど、スーパーの場所が分からなくて……」
ルイは顔を赤くしてそう言った。私は本に栞を挟んで机の上に置く。
「……良いですよ、案内します」
* * *
「何を買うんですか?」
スーパーのカートを引いているルイに私は尋ねた。
「ええと……バターと牛乳と、キャベツと……」
ルイはメモを見ながら答える。その紙に書かれた文字は私が今までに目にしたことのない文字だった。
「その字……」
「ん?」
ルイが首を傾げた。
「その字、ルイがいた世界のものなのかな、って思って……」
私がそう告げるとルイはああ、と笑った。
「俺の世界のですよ。この世界の文字に比べるとおかしな形をしてるでしょう?」
この世界の文字はカクカクしてますよね。そう続けたルイの言葉は私の頭の中に入ってはこなかった。
"俺の世界"。その言葉がやけに耳についた。私とルイは住んでいた場所が違うのだということはまざまざと見せつけられたようだった。
同時に、私のいた世界を否定されたような気分になった。"この世界"とルイは言った。"今俺がいる世界"とは言わなかった。そのことがどうしようもなく嫌で、目頭が熱くなる。
私は今ルイがいる、私が住んでいる世界を"ルイの世界"として認めてもらいたかったのだと気付いた。今私がルイと過ごしている時をルイに否定されたくなかったのだ。
「……大丈夫ですか?」
ルイに声を掛けられ、私は慌てて頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
ルイの手には買い物袋が下がっていた。私はそんなに長い間ボケッとしていたのかと思うと恥ずかしくなる。
「すみません、私考え事してて……お手伝い出来なくて」
「いえ、大丈夫ですよ? 俺が無理矢理連れてきてしまったのだし」
ただ、と彼は続ける。
「何かあればいつでも言って下さいね? 話をきくくらいなら出来ますから。独りで抱え込むのは良くないって言いますし」
「そ、ですね。じゃあ、また何かあったら聞いてくれますか?」
彼は微笑んだ。
「もちろんですよ!」
* * *
家に繋がる県道沿いの歩道を二人で並んで歩く。その様子は、端から見れば恋人のように見えるのだろうか。思わずそのようなことを考えてしまい、頭を振る。こんなことを考えてしまえば、後に辛くなるのは誰でもない、自分なのだ。
「どうしたんです?」
「いや、あの、ええとその……こ、この世界にいて寂しくなったりしないんですか?」
急に声をかけられ、どう返事をしたら良いのか分からずに思いついた言葉をそのまま口に出してしまった。ルイはキョトンとして私を見る。
「あ、あの、なんていうかその……べ、別に答えなくても良いというか」
「そうですね、寂しい時もありますよ」
私の言葉を遮ってルイは答えた。
「特に、まだ来たばかりのころは……。ですけど、今は結構大丈夫ですよ! みんな、俺に優しくして下さるんで。俺はみんなから見たら身元が分からない不審な者なのに」
ルイはそう言うと少し俯いた。前髪で目元が隠れたが、口元は見ることが出来た。
彼はたしかに、笑っていた。
私は彼の手を取り一緒に歩くことしか出来なかった。
△ ▽