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きっと、気の迷い
シャッとカーテンを開ける。私は思わず目を細めた。薄暗い部屋の中に明るい朝日が差し込んだ。
さあどうしようか、と思った。布団にはある男が寝ている。昨日玄関の前で倒れていたところを拾ったのだ。
その男はルイと名乗った。私と大して変わらない年齢に見えた。ルイは変わった身なりをしていた。なんと説明すればいいのか分からないが、とにかくおかしな服装だった。思わずコスプレかと本人に尋ねてしまったほどだ。
中世ヨーロッパみたいなすごくモコモコした服の上にマントを羽織り、腰に剣を吊していた。普通ヨーロッパなら肩に剣を掛けろよ、とは思ったが敢えて突っ込まないことにした。剣が本物だったからだ。機嫌を損ねるとすっぱり斬られるかもしれない。それけは勘弁して欲しかった。
「……ん」
小さく呻いてルイは体を起こした。そしてぐぐっと伸びをする。
「おはようございます」
私が声をかけるとルイは驚いたように私を見た。
「あ、おはようございます。起こしに来て下さったんですか?」
「ええ」
私がそう笑みを作ると、彼は困ったように笑った。
「すみません、泊めていただいたにもかかわらず迷惑をかけてしまって……」
シュン、という擬態語が似合いそうなほどルイは肩を落とした。
「いえ、私の母が勝手にしたことですから、お気になさらず」
「ですが……」
「大丈夫ですから、ね?」
ルイはチラリと私を見た。そして、すぐに目を反らす。
「あの……昨日俺が言ったこと、どう思いますか?」
彼の色素の薄い髪の毛が、朝日に照らされてキラリと光った。
「昨日……異世界から来た、ってやつですか?」
「ええ」
布団の上に座っているルイは上目遣いで私を見てくる。こういう表情をされたら、大抵の女の子は好きになっちゃうんだろうなと思った。
「正直、まだ信じれないですけど……」
「そ、そうですか」
あからさまにルイの肩がストンと落ちた。その目は布団を見つめている。
昨日、ルイは私たち親子にどうやら俺は異世界から来たらしい、と話した。母さんは笑って、あら、それは大変ねと言っていたが私はどうしても信じる気になれなかった。異世界? そんなもの聞いたことも見たこともないのにどうやって信じろっていうの?
「あ、あの! 俺、なんとかして異世界から来たっていうの証明しますんで!」
「あ、はい」
彼はふわりと笑った。
そして、ムクリと起き上がる。彼は父のパジャマを着ていた。
「あ、着替えますよね。出て行きますね」
私は思わずルイから目を逸らした。
「そんな必要ないですよ?」
「え?」
驚いて彼を見上げると、彼はまたふわりと笑った。目線を下げると、彼の服装が目に入る。しかし着ていたのパジャマではなく、昨日私と会った時に着ていた変な服装だった。
「どうしたんですか、そんなに驚いて」
「だ、だって、いつ着替えたんですか」
「いつって、今ですけど」
「どうやって着替えたんですか」
「魔法でちょちょいと」
ルイはそう言うと、着替える時は普通にしますよね、と付け加えた。
「ま、魔法使い……?」
「ええ。もちろんあなたもですよね?」
ルイは首を傾げた。それが少し可愛く見えて、私は頭を振った。
「もしかして、使えないですか?」
私はコクンと頷くことしか出来なかった。
「"この世界"じゃ、魔法を使える人なんか居ないです。多分」
私がそう告げると、今度はルイが目を見開いた。
ガチャリ、とドアが開いた。
「あら、どうしたのそんなに深刻そうな顔をして」
母さんは私とルイの間に立つ。ルイはぺこりと頭を下げた。
「ルイが、魔法を使えたの」
「そうなの。──じゃあ、もう決まりじゃない」
母さんは私を見た。
「ルイが異世界から来たっていう、証拠になるじゃない」
ルイも私も、同じように目を見開くことしか出来なかった。
「そうね、ルイ。帰れる時が来るまで、この家にいて良いわ。あなたが外に出ても行く宛などないのでしょうし」
母さんはそう言うと笑った。
「でも、母さん」
「その代わり、ね」
私の言葉を遮って、母さんは続ける。
「手伝えることは手伝ってちょうだいね」
ルイは破顔した。そして大きく頷く。
「はい! ありがとうございます!」
私は溜め息をつくしかなかった。
「ね、良いわよね!」
今更同意を求められても。そう思いながらも私は肯定するしかなかった。
△ ▽