5
あ、また来た。
あの女の匂いが、微かに漂ってくる。甘い香りが川からくるマイナスイオンと混じり、爽やかな感じになっていた。
俺は最近、この香りを嗅ぐのが好きになった。特に意味はない。
ただ、好きな香りだというだけだ。
* * *
あの女が初めて話しかけてきてから、そいつは2日に一遍、俺の所に来るようになった。
俺なんかの所に来てなにが楽しいのだろう。流行のファッションやゲームを知っているわけではないし、それにそこらへんの人に比べたら常識のないだろう。
なのに何故、彼女は今も楽しそうに俺に話しかけてくるのだろうか。
「それでね、その友達ずてんって転んじゃったの! あれは痛そうだったな……」
「俺は見てないからよく分からないけど、痛そうだな」
「今度お祭りがあるの。仲の良い友達と行くんだ」
「そりゃ良かったじゃないか。楽しんでこいよ」
大体の会話がこんな風に進む。こんな具合だから話が続かない。
俺は話し上手でもなければ聞き上手でもない。
それなのに何故あの女はこんなに嬉しそうな顔をしているのか。その理由が俺には分からなかった。
でも、どんな理由であれ、この女が笑っているのなら良いだろうと思った。
* * *
ある日、あの女が一輪の花を持ってきた。その花からは、女と同じ匂いがした。
「これ、百合っていうの。ここ植えちゃだめ?」
「植えて枯れたらどうすんだよ? 百合と川の相性悪かったら最悪だぞ」
俺がそう言うと、その女は「そっか……」と落ち込んでしまった。
「だ、だからさ、俺が家に持って帰る、からさ!」
焦った勢いでとんでもない事を言ってしまった。
あの廃墟は薄暗いのに、育つわけないだろうがっ。
「あ、本当? それなら良いや、百合ちゃんがお世話になりまするっ!」
そう言って女は俺の前に百合を差し出し、ガバッと頭を下げた。
「え!? あ、え、おう……」
断るタイミングを失ってしまった俺は、仕方なく持って帰る事にした。
(俺がもっと考えて発言していれば……)
一輪の百合の花を
部屋があの女の匂いになってしまった……!
△ ▽
(←)