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あ、また来た。

あの女の匂いが、微かに漂ってくる。甘い香りが川からくるマイナスイオンと混じり、爽やかな感じになっていた。

俺は最近、この香りを嗅ぐのが好きになった。特に意味はない。

ただ、好きな香りだというだけだ。


 * * *


あの女が初めて話しかけてきてから、そいつは2日に一遍、俺の所に来るようになった。

俺なんかの所に来てなにが楽しいのだろう。流行のファッションやゲームを知っているわけではないし、それにそこらへんの人に比べたら常識のないだろう。

なのに何故、彼女は今も楽しそうに俺に話しかけてくるのだろうか。

「それでね、その友達ずてんって転んじゃったの! あれは痛そうだったな……」

「俺は見てないからよく分からないけど、痛そうだな」

「今度お祭りがあるの。仲の良い友達と行くんだ」

「そりゃ良かったじゃないか。楽しんでこいよ」

大体の会話がこんな風に進む。こんな具合だから話が続かない。

俺は話し上手でもなければ聞き上手でもない。

それなのに何故あの女はこんなに嬉しそうな顔をしているのか。その理由が俺には分からなかった。

でも、どんな理由であれ、この女が笑っているのなら良いだろうと思った。


 * * *


ある日、あの女が一輪の花を持ってきた。その花からは、女と同じ匂いがした。

「これ、百合っていうの。ここ植えちゃだめ?」

「植えて枯れたらどうすんだよ? 百合と川の相性悪かったら最悪だぞ」

俺がそう言うと、その女は「そっか……」と落ち込んでしまった。

「だ、だからさ、俺が家に持って帰る、からさ!」

焦った勢いでとんでもない事を言ってしまった。

あの廃墟は薄暗いのに、育つわけないだろうがっ。

「あ、本当? それなら良いや、百合ちゃんがお世話になりまするっ!」

そう言って女は俺の前に百合を差し出し、ガバッと頭を下げた。

「え!? あ、え、おう……」

断るタイミングを失ってしまった俺は、仕方なく持って帰る事にした。

(俺がもっと考えて発言していれば……)







部屋があの女の匂いになってしまった……!



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