スイートピー


 長い長い下り坂を彼女と2人並んで歩く。別に恋愛関係であるわけではない。いつの間にか、2人で帰る習慣が出来ていた、それだけだ。
 彼女との出会いは確か、小学生の頃だったはずだ。出席番号の近い俺と彼女は、初めて同じクラスになった時に隣同士の席になり、そこで初めて言葉を交わした。最初の会話は多分、よろしく、だとか、隣だね、とか、そんなどこにでもある当たり障りのない会話だったと思う。
 中学校も同じ区域に住んでいたため当たり前のように一緒の公立中学校に入学した。そこでも何度かクラスが同じになり、その度に隣の席同士になった。その頃になると交わす言葉は、また隣がお前かよ、に変わっていた。
 高校は別に意識したわけではないが、同じ学校に通うことになった。そして再び彼女の隣の席に座った俺に、彼女が心底嫌そうな顔を向けてきたことは記憶に新しい。
 しかし、彼女と一緒に帰るようになったのはいつくらいのことだっただろうか。小学のころのような気もするし、中学のころのような気もする。だが、高校からではないのは確かだった。

 何百回、もしかしたらそれ以上かもしれない彼女と登って下った坂道を思うと、胸をギュッと締め付けられたような気持ちになる。ああ、もう彼女とこの坂道を通ることはないのだな。彼女はこの町から出て、都会の大学へ行く。俺は地元に残って、働く。
 そして卒業式は、明日だった。

 隣を歩いていた彼女がハタと立ち止まる。俺もつられて歩みを止めた。

「……綺麗」

 俺が彼女へ顔を向けたのと同時に、彼女が言った。

「すごく、綺麗」

 彼女の視線は真っ直ぐと前に向けられていた。俺は彼女の視線を辿って前を見る。
 そこにあったのは、大きな夕日が沈みかけた俺たちが住んでいる町だった。夕日に照らされ、町全体が光の部分と影の部分に大きく分かれていた。その光景が俺にはなんとも幻想的に見えた。

「今までいっぱいこの道を通ったのに、こんなに綺麗って知らなかった」

 彼女は溜め息混じりに言う。俺はうん、と相槌を打つ。

「この坂が町を見渡せるくらい高いところにあるのも気付かなかった」

 俺は隣にいる彼女に視線を戻した。
 彼女の顔にも、体にも夕日は照りつけ、光陰に分かれていた。彼女の顔、髪の毛は光によってキラキラと輝き、背中は光によってより深い闇となっていた。
 思わず、抱き締めてしまいそうになる衝動をグッと抑える。この衝動がどこから来ているのか分からない俺は、衝動をきっとこの腕の中に綺麗なもの、美しいものを閉じ込めたいのだという欲望なのだとした。それくらい彼女は美しく見えたし、またこれ以外に説明のしようがなかった。

「明日で、これも見納め」

 彼女は自分に言い聞かせるように言う。

「明日で、一緒に帰るのも終わりだよ」

 そう俺が言うと彼女は泣きそうな顔になった。何故? その問が気持ちを埋める。

「寂しい、なあ」
「寂しい、の?」
「……うん。寂しくないの?」

 彼女に訊かれて考える。
 俺は寂しいのか? ──さあ、分からない。
 では、彼女とこの坂を通ることがなくなるのは? ──よく分からないけど、胸が痛い気がする。

「よく分からない」

 思ったままを口にする。彼女は泣きそうな顔のまま笑った。その表情はむしろ泣いているように見えた。

「帰ろ、か」
「……ああ」

 俺は先に歩き出した彼女を追うように歩く。
 この後ろ姿を見ることもなくなるのだと思うと、再び胸がギュッと締め付けられた。



スイートピー
花言葉 門出、別離




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