スイカズラ


 部屋の扉を開けた私は、思わず目を覆いたくなった。でも、こみ上げてくる吐き気に、口を手で覆う。

「お嬢様!」
「バ……」

 私のところに走って来た執事の名前を呼ぼうとして口を開くと、本来口から出て来てはならぬものが吐き出される。

「大丈夫ですか!?」

 彼は私を優しく介抱しながら、私が今し方見たものを見た。

「……これは……」

 彼も思わず手で口を覆う。私はまた、吐瀉物を吐き出す。

「お嬢様、ここに居てはなりません。早くこの屋敷から出なければ──」

 煙が、辺りに立ち込めていた。炎の影が、見え隠れする。

「……死ぬ、かしら」
「お嬢様を死なすなど、私がそんな過ちを犯すとお思いですか」

 彼は無理やり笑顔を取り繕う。

「でも……私が死にたい、と言ったら?」

 私は吐き気を抑えながら、目の前にある部屋を見る。──そこには、両親の変わり果てた姿があった。首は胴体から離れ、床に転がっている。腕はあらぬ方向を向き、足は片方無くなっていた。

「そんな事……言わせません。あなた様がいらっしゃらなくなれば私はどうやって生きていけば良いのです?」

 彼は、私の顔をグイと引っ張り、アレをなるべく視界に入らせないようにした。仕方なく、私は彼を見る。

「あなたには、私と一緒に死ぬっていう選択肢は存在しないのね」

 彼は驚いたように目を見張った。その様子を見て、私は苦笑する。当たり前だわ。彼はもうすぐ家庭を持つのですもの──。

「無いことは御座いませんが……」

 彼は視線を泳がす。
 今にも炎に呑み込まれそうなこの状況で、目の前には両親の死骸があるこの状況で、なんとも呑気な話をしている私たちを、私はさぞかし不思議に思った。

「私の仕事は、お嬢様にお仕えする事でございます。それはあなた様のお父様にいただいた仕事、いえ使命にございます。さすれば、それを放棄する事など出来るはずもなく」

 彼はじっと私を見つめる。

「そして、私の目が光っているうちはお嬢様を殺すなんてこと絶対にさせ……っ! ゴホゴホッ」

 咳き込む彼の背中に、私は手を置く。

「バート、大丈夫!?」
「使用人の分際で、お嬢様のお手を煩わせてしまうとは……ケホッ、まことに、申し訳ありません」

 彼はそのまま激しく咳き込んだ。私は、その場に座り込む。
 よく考えれば、この執事は、炎の中私を探してくれたんだわ……。私より煙を多く吸い込んでいるのも、当たり前。

「バート、ここから早く出ましょう。じゃなきゃ、あなたが死んじゃうわ」
「……御意」

 彼はフラフラと立ち上がると、私の腕を強く引っ張り廊下を疾走した。
 私はチラリと両親の居る部屋を見る。今更ながらに涙が溢れた。

 * * *

 屋敷から出て、建物全体を見渡してみると、窓ガラスがいくつも割れていた。紅く燃え上がる炎は、まるで両親の血のようにも見え、私は再び吐き出しそうになってしまう。
 隣ではバートが激しく咳をし、座り込んでゼェゼェ唸っていた。

「大丈夫? 横になってて良いわよ」

 彼は私の言葉に苦笑する。お嬢様の前で、そんなはしたない姿見せられません、と笑う。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないわ。……それに」

 溢れてくる涙を抑えきれない。

「それに、あなたが居なくなったら私、どうやって生きていけば良いの……」

 彼は私の頬に手をやり、涙を拭く。

「お嬢様にこんなに頼りにされて、執事になった甲斐があったものです」

 フッと微笑んで、彼は目を閉じた。
 私は彼を横に寝かせ、涙を拭う。
 そして、メイドを探す。

「ローレン! ローレンは居ないの!?」

 彼の妻となるはずだった女性の名前を叫ぶ。

「ローレン、ローレン! どこなの……」

 また涙が溢れそうになる。

「お嬢様!」

 男の声に、急いで涙を拭い振り返ると、シェフがいた。

「お嬢様、ローレンは……」

 シェフはボサボサになった白髪頭を横に振ると、私を見た。

「そんな……嘘よ、嘘でしょう!」
「わたしゃあ、ハッキリとこの目で見てしまったんです、旦那様を殺した奴らに銃で撃たれたところを……」

 シェフの真面目な顔に、私は言葉が出なかった。わめき散らすことしか出来ない。

「嘘よ……嘘に決まってるわ! だって昨日まであんなに楽しそうに、嬉しそうにバートと喋ってたのよ?」

 シェフは、静かに私を見守ることしか出来なかった。

 * * *

 静かに注がれた紅茶に、ゆっくりと手を伸ばす。口へ運んだそれは、美味しかった。

「紅茶、美味しいわ」

 そう言ってニコリと微笑めば、淹れた男は嬉しそうに破顔した。しかし、何も言わない。
 私は男から視線を外し、テーブルを見つめる。いつ見ても、変わらず綺麗だ。白いテーブルクロスが、皺なく広げられている。
 私たち一家は、結局私とバート、シェフの3人しか残らなかった。今はあの焼けた屋敷の土地を売り払い、3人でもともと一族の所有物であるタウンハウスへ引っ越した。

「ねえバート」

 何でしょう、と言うように男は首を傾げた。

「私の傍に居て、辛くならないの」

 私は彼を見上げる。
 私は椅子に座り、出てくる料理や飲み物を待ち、食すだけ。
 方や男は、私の一歩後ろに常に控え、恭しく腰を折り、家専任のシェフが作った料理を私の前に置き、またその仕事は絶える事がない。
 しかしその男は首を傾げるだけだった。
 私はその男がそうする事しか出来ないのを知っていながら、男のその行為に苛々した。激しく不満だった。

「あなたは本当ならもうとっくに結婚だってして、幸せな家庭だって築けたわけでしょう。それなのに私の傍に居て、しかもその所為であなたは声を失って──」

 男はブンブンと首を振った。それは何かを否定しているようだった。

「何が、違うの? 全部その通りでしょう。あなたには、愛する人がいたわ。でも、私の所為で、私の傍に居なければならなかった所為で、あなたは声どころか、愛する人まで失ってしまったわ」

 男は、暫く動かなかった。そして、緩やかに首を振る。
 男は何かを言おうとするように、口をパクパクと動かした。しかし、ひゅうひゅうという風の音しか出てこない。

「……バート?」

 男は自分の唇を指差した。まるで、この唇を見つめて、と言われているかのようだった。
 私は彼の唇を見つめた。再び、彼の唇が動かされる。

『私はあなた様の傍に望んでいるのです』

 時間をかけて男の言いたい事を理解した私は、思わず泣きそうになった。

「どうして? 私には、もうこの家しかないのに」

 お金は、両親が残してくれたものがある。そして家がある。逆に言えば、それしか私の手元にはなかった。
 何もかも無くなった日のことを思い出し、私は身震いした。
 男が、私の頭をそっと撫でる。
 男の方を向くと、再び唇が動いた。

『言ったでしょう。私はあなた様がいらっしゃらなければ、生きていく術が分かりません』

「バート……」

 私は男に、バートに、縋ることしか出来なかった。



スイカズラ
花言葉 献身的な愛


カオスです
笑うしかありません
完璧自己満ですよー
うん



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