雪柳


私はぽうっと前を見る。誰かを見つめるわけでもないけど、ただぼうっと前を見る。そしてほうっと溜息を吐いた。
「ねえ」
 名前を呼ばれて振り返る。
「あそこ、何て書いてある?」
 後ろの席の男の子が私に問うた。視線は黒板を向いている。睫毛の長さが強調されていた。黒い髪の毛に黒い瞳がよく映える。
「クリームパフェが食べたいなあ」
「絶対そんなこと書いてないから」彼はふふっと笑った。
「んじゃあ、クレープ」
「そういう問題じゃないって」
 そんなこと良いから教えてよ。彼は笑いながら言った。
「ええとね…“嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しきものとかは知る“だよ」
「……そっか」
 彼はふいと顔を逸らした。
「書かなくて良いの?」
 私は後ろを向いて彼のノートを覗き込む。――あれ?
「そこ、前向けよ」
 先生に注意されて、彼に尋ねる間もなく前を向く。
 でも、ノートには確かに……確かに、すでにあの短歌は書いてあった。なら何故、私に訊いたのか? その疑問だけが脳裏を過ぎる。
 先生が短歌の解説をしていくのを聞き流しながら、再びぼうっと考え込んでしまった。
「好きな男を待ちながら夜を過ごす彼女の思いが丁寧に表現されていますよね」
 先生の言葉が、何故かストンと私の気持ちに嵌った、気がした。
(好きなのに、その気持ちが届かない……っていうことなのかな)
 私は悲しくなった。
(好きなのに、気持ちが通じなかったら寂しいよね)
 ツンツン、と背中を突かれて顔だけ後ろに向ける。
「――」
 彼の口の動き見て、私は頬が赤くなるのを感じた。

(俺の気持ちはあの短歌だよ)

 誰に対して、何て訊けなかった。



雪柳
花言葉 静かな思い








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