かたくり


 彼女は驚いたように俺を見た。
 まあ、そういう反応になるよな──と俺は心の中で嘲笑した。俺はたった今、彼女に自分の思いの丈を告白したのだ。

「あ、あの」

 話した事もない俺に言われて、彼女はかなり戸惑っているようだった。仕方ない。



 彼女を初めて見たのは、高校1年の頃だった。
 彼女は廊下を、友達と2人で楽しそうに笑いながら歩いていた。笑う時に口に手を持って行くような上品に見える仕草をしている訳ではないが、彼女の笑顔はとても上品に見えた。
 彼女は取り立てて美人ということでは無かった。どちらかというと可愛らしい女の子だった。
 彼女を初めて見てから、俺はよく目で追うようになった。
 彼女が男と居るところを見ると、どうしようもなくイライラした。俺は恋をしたことがなかったから、それが何か全く分からなかった。



 その気持ちに気づいたのはちょっとしたことだった。
 俺は高2になり、1つ先輩になった。
 2年になって間もなくした頃、1年に呼び出されたのだ。内容は言うまでもなく、告白だった。
 その後輩から“好きです”と言われた時に、俺は思わず声をあげそうになった。
 そうか、この気持ちが好き、なのかと妙に納得した。俺に告ってきた後輩は訝しげに俺を見ていたが、特に気にならなかった。



 俺が彼女に告白したのは、ダメで元々だった。彼女の隣にはいつもある男子がいたからだ。
 その男子が彼女のことが好きだということは明らかだった。だから、俺は2人は付き合ってるのだろうと思った。
 この漸く知る事が出来た気持ちを直ぐに棄てなければいけない、ということは俺には酷く辛いことだった。
 結局、彼女を諦めきれないままズルズルと何ヶ月か過ぎた。

「彼女、実は付き合ってないらしい」

 この情報を俺に教えてくれたのは親友だった。毎日が暗い中、久しぶりに見えた光のようだった。
 それからの俺の行動は早かった。自分でもびっくりする程だ。とにかく、俺は彼女に自分の気持ちを伝えたかった。きっと端から見れば野獣だろう。



「付き合ってから、好きになることもあるらしいよ?」

 何気なく俺は彼女にそう伝えた。彼女の目が、更に揺れる。
 結果は余り期待出来るものじゃないな。俺はそう思うと、彼女から目線を外した。
 まあ、伝えられただけでも良かったとするか。頑張ったよ、俺。お疲れ様。そう頭の中で考えても、心はチクチクと痛む。

「あ、あの!」

 彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。
 どうやら世の中は、粘れば変わることもあるらしい。


かたくり
花言葉 初恋




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