衣於様へサイト復活記念

ブライダルベール

 彼女と2人、自転車を漕ぐ。
 俺と彼女の間には何も会話はなく、自転車を漕ぐ度に自転車のライトを照らすためのジージーと低い音が聞こえる。あとは、2人の息切れした呼吸の音。

「ねえ、まだ、なの?」

 はあはあと激しく呼吸を繰り返したながら、彼女は俺に訊ねてきた。

「もう、少し! この坂、登りきったら!」

 俺も息切れ切れに答える。
 緩やかな山道でも、ずっと長く続くとこんなに大変だなんて。俺は以前車で親に連れて行かれたところへ彼女を案内するために、必死に道筋を思い出していた。もうそろそろ着くはずなのだが……。

「あ」

 小さな彼女の声が聞こえた。

「どうした?」

 俺は後ろの彼女を振り返る。そこには自転車を止め、仁王立ちになりながら夜空を見上げる彼女の姿があった。
 俺は彼女の居る場所まで戻る。

「ねえ、綺麗」

 言われて俺も空を見る。そこにはきらきらと溢れんばかりの宝石を敷き詰めたように、星が瞬いていた。

「ちょっとしか、家から離れてないのに」
「そうは言っても一駅分は漕いだよ」
「一駅の差は、大きい」

 空を見上げたまま答える。彼女がふふっと笑った気がした。

「なんか、ここで充分じゃない?」
「あれ、夜景が綺麗な場所教えてくれないの?」
「人工のものと自然のものだったら、自然のものの方が綺麗だよ」
「それ、答えになってるようでなってないよ」
「ははっ、そうかも。でも──」

 星の光が地球からは見えるけど、もしかしたらその見えた星はもう光だけの存在で、星自体は無くなってるかもしれない。星はある、けどない。ない、けどある。そんなパラドックスが脳裏に思い浮かぶ。

「でも、何?」

 彼女は俺の顔を覗き込む。俺はその頬を両手で包み込んだ。彼女はハッと目を見開く。

「ねえ、なんでそんなに悲しそうな顔してるの」
「……俺、」

 言葉が上手く繋がらない。彼女は目をパチパチさせながら俺を見つめる。

「俺、俺、おれ……」
「俺ばっかりじゃ、わかんないよ」

 彼女の言葉に、スッと肩の力が抜ける。知らぬ間に緊張してたらしい。

「俺、ここから出たくないよ」
「そんなこと」
「もう大学も決まったし、下宿先も決まったけど」
「寂しいの?」
「……寂しい」

 彼女は俺の手を頬から離した。そして、手を握る。

「ばかやろ……」
「え?」
「寂しいとか、言うなよばかやろ!」

 あんたとこれから出来る距離に私がどんな思いでいたとか、寂しいとか我が儘言えないとか、知らないくせに!

 彼女の言葉に、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。
 俺は、寂しいと言っちゃいけなかったんだ。彼女が我慢して、俺を送り出そうとしてくれているのに、俺はそれに気付けなかった。自分が恥ずかしくなる。

「……ありがとう」

 俺は握られたままの手を、今度は逆にそっと、しかしギュッと握り返す。

「……そこは、ごめん、でしょ」
「ううん、ありがとう」
「もう、なんなのさ」

 俺は、彼女を抱き締める。すぐに離さなければならないと分かっては居ても、なかなかその腕を解くことは出来なかった。



ブライダルベール
花言葉 願い続ける



衣於様サイト復活おめでとう!
遅くなってごめんね


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